水野晶子の新生活
さて、話は一旦藤の町へ戻る。水野晶子はイッテシマッタ男爵と少年と共に、とある住まいに来ていた。ボロアパートの一室、そこからはどれほど男爵らが経済的に困窮しているのかが見れた。晶子はそろそろ、本当に今一緒にいる人たちがブラックマーケットを利用してお金を儲けているのか疑い始めている。悪い人たちなのかということも。
しかし今回の目的は彼らに危害を加えることではなく、ブラックマーケットの存在をよりよく理解し、あわよくば転覆させる機会を見出すことだったので良しとした。
それならば良い人たちであってくれたほうが助かる。
「あー、悪いな。散らかってないんだけどさ、狭いしあんたは俺たちと同じ部屋で寝ることになるし、ここにいるんだったら。ま、あんたが来た時に備えて簡単な仕切りはカーテン、そう、買っておいた。
男爵が寝相わりぃんだよ、それに夜突然歌いだしたり笑いだしたりするから。嫌だったら俺たちが夜野宿するよ。なんでも言ってくれ。」
やっぱりいい人たちなのかもしれない。イッテシマッタ男爵は帰ってきてからずっと、しきりにもじもじと体をくねらせている。なんだかちょっと可愛い。
晶子は本気で安心し始めた。もしかすると、
「ブラックマーケットを一緒に潰しましょう。」
とか言ってしまったほうが早いのではないかと思わせるほどだ。
「いえ、いいですから…気にしないでください。そういえば皆さんはお夕飯を済ませたのでしょうか?私は済ませましたが、まだでしたら私が何か残り物などでこしらえますよ。冷蔵庫、開けても?朝ごはんも私がお作りします、良ければ…住まわせていただいている身になりますから。」
「あ。
いや、いいよ。それは嬉しいか、な。」
男爵と少年は顔を見合わせた。
晶子がそれを聞いて、彼らの仕草を不思議に思いつつも冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中身。
某クリーム色の缶を持つビール20缶
キャベツ4玉
焼肉のタレ塩味1瓶
晶子はそれを見て一瞬固まり、苦笑いで男爵らの方を見る。
「あの…皆さん、一体こ、れ、は…?」
少年も苦笑いして答える。
男爵は能のお面を依然、脱がないまま俯いた。一体いつになったら男爵はお面を脱ぐのだろう…
「いや、それはさあ…キャベツ?が?美味しいし…一玉皿に置くじゃん、焼肉のタレかけるじゃん、塩キャベツじゃん…いいおつまみだよなあ、って…」
「男爵はいいとしてあなたおいくつですか!ダメですダメです、ぜっっ、たいに!しかもキャベツだけってどんな生活してるんですかあなたたちは!」
晶子は冷蔵庫を見るために屈んでいたのが立ち直り、男二人に接近して説教を始めた。少年もたじたじながら弁明を始める。
「いやいやいや、俺はいいんだよ過去の人間だから!過去からきてるから多分もう三千歳超えてるし!?俺の王国では生まれた時に赤ちゃんに神酒をぶっかける習慣があったよ?
カップ麺とかも買ってくるときは食物繊維プラスみたいの買ってくるし!?一週間に三回くらいは贅沢して外食するし!?ほら、回転寿しに定食屋、ファミレス…とか…」
とんでもない新事実がここで明らかとなったわけだが、晶子は怒り続ける。男爵は竦み上がっていた。
「年齢の問題ではなく体の問題です!いいですか、私が食生活のなんたるかをあなたたちに叩き込みますから!」
「いや、でもほら、金がないんだ俺たち…頭に金を不当に巻き上げられる不憫な部下としてはだな…」
「は?お金がない…?」
男爵は涙目でいるらしい。なんとか仮面の間からハンドタオルを入れて目元を拭いている。お金の話になって、男爵たちはどんよりとした雰囲気に包まれた。
「ああ…うちの頭がな、突然どっかの国の主を決める選挙で成ってほしい人に寄付するとかな、惚れた男に自家用ジェットプレゼントするとかな、アフガニスタンの地下深くに孤児院建てて防弾ガラスで覆い尽くすとかな、その他もろもろな…俺たちはよく海外出張したりして、結構健全にお金稼ぐわけだよ。まあ健全とは言い難いのかもわかんないけど、日本で言うのは…
しかし俺たちの現状はこれだ。頭の方針に異論はないよ、でもこゆこと。」
なんだかんだで苦労している人たちのようだ、しかし多大な額の金銭を稼いでいることに違いはないらしい。段々と驚きからくる怒りも冷め、晶子は判断ができるようになってきた。
「とりあえず私がいるからには、もう少しきっちりとした食生活をお約束しましょう…そんなにお金を使わずにやりますから。」
「ああ、まあそれなら嬉しいよ。」
それ以上は晶子も、もう夜遅かったので疑問を投げかけたりすることはよした。例えば本当にマーゴを排除するのかとか、ブラックマーケットがどういったものなのかとか。
晶子自身も相当な眠気に襲われていたのだった。すぐに仕切りを用意してもらい、まだ少し起きているという男爵と少年の傍、晶子は眠りについた。




