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異世界王女がやってくる!  作者: 橘麒麟
New Coat of Paint(この街を塗り替える)
35/70

黄昏を見せる赤い女、ローラ・ジニエステ

二人はニューヨークの夜道を歩いていた。なるほど、確かに摩天楼だ。日本の妖怪より恐ろしそうな人々が道を平気な顔で歩いている。


「なあ、なんかこの毛皮のコートムズムズすんだよ…それにあんたいつ着替えた?」


なんの動物の毛皮だろう。大きめのコートは京介の鼻や肌をしきりにくすぐった。でも温かい、動物の毛皮は温かかった。だからかろうじて不快感をやりきった。


女は赤いコートに今度は黒のシルクハット、その上に青の小さいコートをもう一枚着ており、下は赤だった。夜の街に、彼女の赤を基調とした服装が生える。

香水の匂いは、日本で人から感じるよりきつかったが下品というわけではない。むしろ京介はその匂いが好きだった。


丘の上で心地いい風を感じるような、突然思い立って汚いものへ立ち向かっていかなければいけない不思議な情熱のような。その二つはひどく似ていたから、下品ではなかっ他と感じるのだろう。

それは、当然イランイランとラベンダーを混ぜてみました。みたいなものとは違うのだ。日本はそんな国だった。だから京介はこの匂いに惹かれたのだ、惹かれる以上に。


「は?男には悟られないように服を着るのがおしゃれなのよ、そこも含めてオシャレね。

それとあんたの服は上着、血がついてんだから我慢しなさいよ。貸してやってんの。しかも学生服とかダサい。やめてよ、こっちの町で日本の服とか。」


学生服は、やはり思っていた通りダサいと思われてしまうらしい。当然アメリカには学生服なんて概念はないのだ、その考えに京介は好感を持ったが、突然転移してきた彼はただただ服装に限って困るばかりである。


「そいや、あんた、あの男とはどういう関係だったんだよ?」


色々と疑問は持っていたけれど、その質問を発端として探ろうと考えた。目の前にいる女性を美しいと感じたから、野暮に長い質問をかけるというのは汚いものだろう。

どうせ、それくらい小さな質問でも相手は察してくれる。これは高慢だったかもしれないけれど、違えば日本へ帰せと言えばいい。


それができないのはつまり、信頼関係ということだ。


「ゴーン?ああ、私、あの人の弾くピアノ好きだったのよ。素敵だった、あの人のし上がってきた人でね、初めは怖いと思ったんだけど。綺麗になった。ちょっと私は息子を見守るみたいな気持ちかな。

でもね、あの人の麻薬の売り方は好きじゃなかったのよ。あの人は人に認められてすぐ、そういうものに手を染めた。別に魔が差したとか、アンチテーゼとか、欲が出たとかダサい話じゃないのよ。

だから遠い恋人として一喝したかったのよ私は。そんだけー。」


「あぁ、そうかい。あんたそれじゃあ、あばずれとか呼ばれても仕方ないわけだ。」


「そそ。」


今は二人で、ゆっくりと大通りを歩いている。追われていた時や、空を飛んでいた時とは大違いだ。でもその後だから、今、町をゆっくりと歩いても心地よく感じる。そういうものだろう。


町の人の訛りがかかった喧騒、来る物乞いをひらりと魅力的にかわす目の前の女、よくデザインされた劇場やブランドものの店。すべて美しいと京介は感じた。


「なあこれ、尾崎豊の声。なんでニューヨークで?もう古いだろ?」


「古い?馬鹿だね、ほんとあんたって。日本にはあんなことわざあるでしょ…ええと、温故知新だ。好きだよニューヨークの町は、ユタカ。人じゃないね、町だね。

私も好き、ユタカ・オザキの音楽は。」


「どっから流れてんの?」


「ほらあそこ、ビル。映像も出てんじゃん。」


「ああ…」


確かに、女に指差された場所には高層ビルがあり、そこに貼り付けられた大画面にはライブ映像が映し出されていた。

しかしその画面に映った、現在の日付を見て京介は唖然とする。


「おい、なあ、今って…何年の何日だよ?」


「2035年、十二月。ちなみにクリスマスはもう終わってる、町はニューイヤー気分だね。」


京介はバッグから学生証を取り出して確認した。やはり、自分の学生証は未来のものだ、飛び級でもしていない限り書かれている年に高校の学生証が発行されているはずはない。


自分は、未来の人間だった。未来のどこかから来ている。


「なあ俺、未来の人間らしいんだけど…」


「え、そうじゃないの?」


「は?」


「いや、あんたの体臭、時間狂ってるからさ。どうせ未来か過去からきたんだろうと思ってた。でもあんた、どっかで何か知ってる感じしてたろ、ゴーンのこととか。

だからさ、自分がゴーンに日本へ行けって言った時、あれはあんたがあいつに日本で会うお膳立てをしてたんだ。って気づいたんだよ。

でも心配しなくていいじゃん。未来も過去も絡み合って、ほつれて、関係してるもんだよ。私が今未来のあんたに影響されて、あんたが帰らなきゃいけないあんたの今。そこに影響してたって驚かないよ。そういうもんだもん、普通。」


嫌になるくらい、京介は今の女の説得に納得した。


確かにいつ、どんな人間の影響を受けたっておかしくない世の中だ。話す人間、触れ合う人間、全て魂の話をするなら時間なんて関係ない。今目の前にいる人間がどんな時代からきたのか、そういう感覚は今までもあったような気がする。


「あぁ、そうか。段々遠目に自分がどんな人間かわかってくる気がするよ。」


「そいつはよかった。」


女はいつものように笑う。


「そういえば俺、この曲名知らないよ。」


「日本人なのに?Noon、だよ。直訳すると黄昏時、でも日本じゃ秋風って曲名だろ。」


「そうか。なあ、あんたどうして自分の能力のこと空白って呼ぶんだ?なんか悲しいだろ、黄昏とかのほうがいいのに。」


「残念ながらアメリカ人に黄昏時の感性はないよ。未来の私は日本で黄昏とか言ってた?」


「いや、だから俺記憶ないんだって。」


スキップでもするような女の会話の切り口や、歩き方に。また間が置かれると目がいった。女の方は違う土地へ行けば、自分の能力も幾分関わったりして、違うものを味わえるかもしれないと喜んでいるようだ。


今度は女の方が切り出す。


「あんた、恋とかしたことないの?」


京介はしきりに、町の風景を見つめていた。通りすがっていく人々の吐息から、安物のウィスキーの匂いがしている。気持ち悪くなりはしなかったけれど、自分がうまくいかない時のようなことを思い出すようだ。一体、自分はどんな時にうまくいかないと感じたのだろう。


それとも、うまくいかないと思うことがなかったのかもしれない。そんな疑惑が、町を歩いていると仕切りに入り込んできた。


「ないよ、だから思い出せないんだ、何も。ってお前は言いたげな目だな。お前も俺の携帯見ただろ。」


「そっか。そっか。でも本当に?幼い頃の母親の記憶とか、初恋の記憶とかない?」


「ないな。でも好きだった、母さんの匂いと側で通り抜ける風の匂い。嗅げば思い出すよ。」


「じゃあそれがあんたの恋の記憶…かな?」


ちょっと目の前の女のことを京介は嫌だと感じた。


ーそう


ー誰か知っている、誰なのかわからなくても、この憎たらしい感じ。同じ匂いがする、どれだけ香水で飾り立てても、どこかで会っている。

仕草、この女にどこかで会っている。

香りと言葉、この女と似ている人にどこかで会った気がする。


まるで日本の古びた祭典の中で、鈴のような音を聞くかのように京介の中で思い出の波が起こった。


「お前、家名はジニエステ…?」


「ああ、そうだよ。なんだってそんな藪から棒に。」


「妹って言ってたよな。名前は…コウコ?いや、違うな、妙子、ううん、違う!麻友、ええと、これも違くて。真子だ!お前の妹、真子っていうだろ!ジニエステ・マコ。そうだったら会ってる。俺は会ってるんだよ。」


「なにそれ?でもいい線いってる…あんたの未来まで、あたしが妹の処理できてないってのは、ちょっと悲しいけど。

そうだよ、でもマコじゃなくてマーゴね。どう?覚えある?」


「いや、すまん…忘れた…」


「いいよいいよ、記憶ってそんなものだし。でも関係あるのかもね、あんたとあたしの妹。」


「どうして…お前はその妹を殺さなきゃならないんだ?」


「尻拭いってやつ。いいね、そこまでえぐってくれるんだ、なかなかいい男じゃん。

うちの妹は犯罪者なの。だからせめて、姉の私がやってやんないとね。」


京介はまた一つ、記憶の糸口を掴んだ気がした。


やはり、本能のまま目の前の女について行けば未来の自分に帰れる。未来の自分というものがもう一人いて、勝手にやっているかもしれないが女と一緒にいることは確かに有益だ。それは確信できた。


「そいえばあんた、酒飲めんの?ゴーンのことも終わったことだしさ、パァーッとやろうよ、あたし金持ちだし。いいの飲ませてあげる。」


「それはあんたの香水より高級なのか?」


「あ!お上手!そうだったら付き合ってくれる?」


女は戦闘時見なかったタバコをポケットから取り出すと、咥えて火をつけた。吐き出す煙がゆっくりとした時間を作る。


「いいよ、一口だけな。酔い潰してなんかするとかは、やめろよ。」


「ちゃーんとお姉さんに任しときなさい!」


やっぱり、ほとんど女は笑顔でいる。夜中の街並みに、京介はまた飲むのかとか思っていたのだけれど、真っ赤な洋服が綺麗に映えた。


ひらひらと影を反射する赤の色は、ニューヨークの町でとてつもなく綺麗だった。ところで、京介はこんなにも美しいものを見ても、一つも記憶を掘り越せない。憎たらしいと思う感情でしか記憶の蘇らない自分のことを悔しく思った。

もっと、素直に生きていけばよかったな。


女は京介の手をとってニューヨークの街並みを、赤色を周りに撒き散らしながら走り抜けていくのだった。

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