男爵と少年と藤の町
「あ、消えましたね。」
「ああ、消えたな。ざっとこんなもんだ。」
「ところであなたの能力って人をどこへ消すんですか?」
「知るか、俺にも分からん。」
夜の駄菓子屋の前でイッテシマッタ男爵と少年が話し合っていた。
「これ本当に大丈夫なんですかねえ…」
「それは心配ないさ、男爵。この頃使ってなかったからとんでもなく遠い場所へ飛ばされたはずだ。でもそうだなあ、お頭で検証したことがある…一秒で5メートルくらいだったかな、一ヶ月使ってないから…遠いな。確実に本初子午線か赤道は越える。」
「えぇ!それって言語の通じない国や海のど真ん中ってのもあるわけで…あぁなんてかわいそう!」
「男爵さ、俺思ったんだけどさ。別に彼じゃなくてもよかったよな、いなくなるの。お頭に使っちゃえばよかったよな。そういう意味では悪かったよな。お頭なら死なないし。」
二人の間にぎこちない間ができた。二人とも、ものすごく穏やかな顔をして星空を眺めていた。
「そうですねえ…でも叱られますよその後。」
「でもお頭怒ってもそんな怖くないし次の日機嫌なおるじゃん。あの人旅好きだし。
ああそういえばそれで思い出した、あの人沖縄で失恋したから海外に飛ぶってよ。明らかに酔っ払った文面でメールがきた、探さないでくださいって。今度はどこ行くんだろうな。というより俺たちの金ほとんどお頭が使ってるよな。しかもさあ…
悪の組織の代表が、安いホテルに泊まる。恥ずかしいと思いませんか?
ってさ…」
「とりあえず我々は夕食を…いつもの定食屋さんで食べましょう。」
「まあそうだな。でもさ、なんだろうな。世の中理不尽だよな。」
ーーー
二人が向かったのは藤の町の小さな定食屋だ。ガラス戸をガラガラと開けて入る。
美味しそうな、家庭料理風の匂いがするとともにまず手書きのメニューが目に入る。もう夕食どきは過ぎていたのでそこまで人は多くなく、カウンター席などに座るものはなかった。四つあるテーブル席の一つに三人の団体が一つあった。
二人は一番奥の食卓に、向かい合って座った。
「なあ男爵、俺の斜め前に座るのやめろよな。スペースあるんだから真ん前に座ればいいだろ。」
少年は連れの座る位置にこだわりがあるようだ、しかし男爵は動かず、諦めた少年である。
なぜか男爵は照れている。
「そう言われてもじもじするのもやめてくれ…」
二人はカレーライスを二つ注文した。男爵は追加でビールを注文する。
一体男爵って何歳なんだろうと少年は考えた。
「今日のさ、都会から来た人!めっちゃイケメンだったよね!」
「そうそう、頭も良くて優しくてイケメンで…スポーツもできちゃったりするのかな?都会ってあんな人がいるんだね!」
「でもさ、付き添いの女の人いたじゃん?やっぱりもうできてるんじゃない?」
女子高生の団体らしい、やはりうるさい。それよりこんな真夜中に定食屋に来て脂っこい料理にがっつく女性というのはなんだかガッカリするものだ。
少年たちは都会から来た人というのが、今さっきどこかへ飛ばしてしまった藤実京介だと気づいていた。
「なあ男爵、あんたがどこの国からきたかとか知らないけどそっちの女性にあんな下品なのはいたか?」
「いえ、私はずっと都会の人間なので知りませんねえ。結構若い頃は都会でも下の方にいたものですが、やさぐれた人間はいても下品なのはそういませんでしたよ。みなさん真面目に悲しんでましたし。ちょっと懐かしいですねえ。」
「ああそっか、やっぱ整備されすぎてると出てくるんだなああいゆうの。って下の方って、男爵スラムとかそういうとこから来てんの?」
「あ、ハイ。私実は都会の隅の孤児院の出でして…ジャズ弾いて生計立てたり孤児院に寄付したりしてたんですよ。私のグループのcdまだ売ってたりすると思いますよ。」
「そうなのかあ。男爵も大変だったんだな、初知りだ。」
二人はあまり自分のことを話したりしなかったし、なにがどうだったからこう思ってね、というコミュニケーションを嫌っていたので出自のことを話す時になると初めて知ることが多かった。
「ところであなたの国は?いや、いいんですよ話したくなかったりしたら…」
「話したくないことがあるほど惨めったらしく見えるか俺が?俺は男爵が下なら上の方の人間だったよ、お頭に会うまで金のことには困った試しがない。絵描きをやってた、裸婦とか風景の画みたいなので展覧会もやれるくらいだったんだが、専ら絵本を描いてたよ。好きだったんだ。
売れたので「緑色の少女」とか。」
「あ、私それ知ってますよ。あれで楽曲作ったことあります。孤児院の子達が読んでいたので、それで…
いたく感動させられましたよ、特にあのタッチで描かれた女の子が涙ながらに、綿密に描かれた金色の木下でボロボロのチェロを弾く場面…私も涙をほろりと。孤児院の子供達にとってあなたの描く絵本は希望でした。」
「おお。そうか、それは良かった。
そのために描くもんだからな、絵本。一端の画家として至上の喜びさ。意外なところでつながりがあるもんだなあ。だから男爵とはこんなに能力の相性がいいのか。」
食卓に並べられたカレーライスを食べながら少しずつ彼らは会話していく。男爵は目の前にいる少年が一体何歳なんだろうと考えた。男爵は一気にビールを飲み干した後だったので二人の間の会話はいつもより弾んでいたかもしれない。
顔がほんのり赤いのを見ると、男爵はあまり酒に強い人間ではないらしい。
「そういえば美希は彼とどうなったのさ?」
「彼?ああ、別にそんなんじゃないよ。」
「えー!でもめちゃめちゃいい雰囲気じゃん!もう付き合ってんのかと思ってた!あの人もめっちゃかっこよくて狙ってる子多いけどさ、美希なら釣り合うよ!」
「ううん、あの人はそんな人じゃないもの。男も女も関係なく誰にでも当たりいいけど一線置いてる。恋人作って幸せ、って、思うタイプの人じゃないと思うよ。」
一人、女子高生の集団の中で頬杖をつきながら他の話を聞き流す感じの女性がいた。黒い長髪を無造作に垂れ流す、細身の女性である。
「でもさ、私たちあの人を悠とかいう女に取られちゃうのは嫌なんだよねー。やっぱ美希みたいな人なら満足できるっていうか?白川は気取ってるよねー、イタイし。」
「だから取る取られるって、そんなことないってば。仲良さそうに見えたりしても、実際誰も彼とはそういう関係じゃないから。彼自身そういうの、嫌だと思う人なんだって。」
「えー?マジ?」
「そ。だからあんたたちも馬鹿な真似したりしないでよね、面白半分で彼に何か言ったり、白川さんになにかしたりしたら許さないから。くれぐれも女ってあんなことするんだ、みたいなこと思われないように。」
「まあ美希がそういうんなら?はぁーい。」
「それより向こうの席のお面の人が気にならない?ね?」
女子高生の集団は突然男爵と少年の方を見た。依然男爵は、どこへ行くにもお面をかぶったままである。
「ん?なんだよ?」
少年は振り返って見返す。
「こんばんは。
いえ、ただあまり見ない方々なのでどういった方なのかと…少し興味があるんです。教えてくださいません?画家、ピアニスト…とお聞きしてしまいましたが、この町に公演でもしに来たんですか?」
「いや、違うよ。ってか盗み聞きとは趣味悪いな。そっちで話しながらこっちの話聞いてたってわけだ?器用なお嬢さんだことー。おほほ。
なんて。まあいいんだ。こっちきて話す?男二人だとむさ苦しくてさ。」
女は頷いて周りの友人と少し言葉を交わしてから、自分のカツ丼定食を持って少年と男爵のテーブルにやってきた。
「異国の方ですか?この町はお気に召していますか?」
「ああ、素敵な神社があるしね。住んでもいいくらいだよ。」
「神社?夜の神様の。あそこはいいですよね、私も好きです。特に満月の日がいいって知ってます?」
「知ってるさ。ちなみにそこでオドオドしてるお面の奴も知ってる。で、何しに来た?世間話じゃないんだろ?」
少年のいるテーブルの空気が変わった。男爵もモジモジしなくなった。
「あなたたちはお金を稼ぐ集団なのでしょう?それも短期でうまくいけば多くの。私はアルバイトの応募にきたんです。」
「アルバイト?あのなあ、そんな綺麗なもんじゃねえよ。まずお前がなんでそんなこと知ってるんだ。
それにしくじりゃお縄ってバイトだぞ。俺たちは能力上そうならねえけど、あんたはどうなんだ?」
「聞いたんです、盗み聞きです。試験くらい受けさせてもらっても?」
「あー、いいよ、それくらいなら。なんかてきとーに考えて自主的にやってくれ。そんなこと聞くな、目的さえ一致して協力できる力関係にありゃいいってだけの話だよ。小難しいことじゃない。
な?男爵?」
男爵も頷いた。話しながら食事を食べ終えると彼女は自席に戻った。先にその女子高生の集団は店を出て行く。
「なあ男爵、あいつどう思う?」
「別にどうも思いませんが…いいんですか?水野さん捕まえに行ってしくじられるとか、そういうのはごめんですよ。」
「いや、水野は自主的にこっちにくる。
手を加える必要もないよ、今あいつの足取りが俺の能力に伝わってる。今水野のお嬢さんは男爵が昨日行った廃病院にいるよ。飯食ったら二人で行こう。
ところでここの定食屋なんでこんな遅くまでやってんだろうな。いつも不思議だわ。」
今日はもう水曜日。丑三つ時が近い。




