奇妙な協力関係
鏡花と晶子は夕食の時間まで空いている客室で話し合うことにした。
「それで私が眠っている間にイッテシマッタ男爵とやらに会ったわけですね?』
「はい…彼は私の身柄を欲しがっているようでした、そしてマーゴさんのことも。」
鏡花は座布団の上に接客時の態度とは一転して無作法に座っており、それに対面する形で晶子は正座している。正方形の机を隔てていた。
「マーゴさんは分かります、でもなぜあなたを?藤に来たのは初めてでしょう?」
「もちろん初めてです…男爵はマーゴさんを排除できる人間が私だけで、その素質が私にあると。
ところでどうしてマーゴさんを?彼女は一体どんな方なのですか?」
「マーゴ・ジニエステは異世界の王女。どうして彼女が日本のここへきたのかはわからないけれど、早くもブラックマーケット入り、受けた力は通称裁きの銃。能力を消滅させる力です。それが果たして再生できるかは知らないですけど…
いい?ブラックマーケットは世界の均衡を保つための場所なの。例えば恋人が欲しい、お金が欲しい、学校や会社に行きたくないって、そういう気持ちを発散できるのが私たちの能力。別に人を傷つけるための能力じゃないんです、本来は。だから私も能力の行使によって一種の酩酊状態に入ります。
マーゴジニエステは言わば私たちの憎しみや悲しみを通過に取ってしかるべき能力を与えるブラックマーケット、という観念的商業組織が派遣してきた警察みたいなものだと思っています。彼女の能力は原理が私たちと全く逆ですから。
だからおそらく男爵というのはブラックマーケットの能力を逆に使って商売をしてきた人間でしょう、私だってやろうと思えば普通の警察官にでもなってお金を稼ぐことくらいできるでしょうから。その男爵がどうして金儲けしてるかは知りませんがね。
総括します。ブラックマーケットから恩恵を受ける男爵、マーケットの需要が男爵の行う営業行為や商品の乱用によってガクンと下がる、それを見かねてマーケットはその管理にマーゴジニエステを当てた、それを好ましく思わない勢力の出現。ってとこでしょうか、憶測ですがそんなもんだと思うですよ。」
晶子は少し間の所々置かれる鏡花の話を理解した。ブラックマーケット側と人間側は一種の競争状態にあるらしい、それをお互い管理し合うために争いが生じているというのだ。
どこにでもある一般的な経済感覚の話だったが、取引されているものがこの世のものでなかったり、観念的だったりするので一大事なのだろう。
「ところで鏡花さんは勢力とおっしゃいましたが…男爵は何か組織的なものに属しているとお考えなのですか?」
「でしょうね、金儲けの規模に応じて人数も要ります。そこまで悪徳な能力者がこの街にいるとは思いたくないですが、私の知っているだけでも同質の能力者が一人いますから、関係があるとみていいでしょう。」
「同質?何か性質が?」
「ですね。もちろんマーケット側は我々の提示する負の感情の大きさに応じて能力を割り当てます、もちろんマーケットでの交渉の回数に限りはありませんです。また負の感情の質で受け取る商品も違います。
私の能力は寂しさの顕現。これは行動に制限をかけるとか、支援系につきます。
私の知っている同質の能力者というのは憎しみを顕現させていますから、殺すまでとはいかなくても攻撃はします。今回私たちが受けた攻撃の主が男爵なのであれば、それも攻撃的でしたね。」
「それで私の能力や素質がどうのこうのという話も成り立っていたのですね。」
晶子は鏡花の話を整理し、記憶した。鏡花の側がそれで話を少し中断したので、何か間が必要なのだと思い晶子は部屋の冷蔵庫から飲み物を出すことにした。
「鏡花さん、何を飲まれますか?」
「あぁ、ここの部屋のものを取っちゃっていいですよ、わざわざあなたの部屋から持ってこなくても。それじゃあ私ビ…いや、オレンジジュースください。」
「ビ…?まさか鏡花さん飲酒を!?」
「いやいや違いますって!厨房の冷蔵庫にはび…びぃ…ビフィズス菌入りのヨーグルト味飲料水があるんですが、言っちまいかけて客室にはないこと気づいたですよ!」
「本当に…?」
「オレンジジュースくださいって言ったら前に酒はダメなんで。ってつくじゃないですか、嫌だなあ晶子さんは…」
「ネタ古いですね。でもオレンジ果汁120%なんてないですから。」
「反応してもらえたのが驚きです、恐縮です…」
すぐにオレンジジュースが二つテーブルの上に並べられた。もう氷の入った飲み物が置かれると夏が感じられるような温度の夜だった。
鏡花が話の続きを始める。
「で、私たちがどうするべきかですが。実を言うと戦うお嬢様こと晶子さんには、その男爵の話に乗ってもらえたらなあなんて思ってます。
実を言うと私自身ブラックマーケットにはいい印象を持ってないですよ、 潰したいとすら思ってます。要らなければ要らないと言ってしまえるものですから、ない方がいい。それにそれを利用して不当な利益を上げるものが出てきたとなれば尚更。
あなたに協力して欲しいんです、きっとブラックマーケットの内部事情をよく知って商売できる人間の集団の中からなら。破壊は容易だと思うんです。」
「つまり私にスパイになれと鏡花さんはおっしゃるのですか?」
夏の夜の、虫の声が外から部屋の中へ、しきりにしていた。
「そう。この町から東京へ市場の拡大がされる可能性も否めない…資金さえあれば、まあその資金がどういうものになっているのか知りませんが。東京ほど格好の場所はありません、あなたの住む町です。いつあなたの友人や家族にそれの撒き散らす危険が降りかかるかわかりませんです。」
「あなたがやればいいのでは?」
「私はダメなんですよ、もうさっき話した同質の能力者ってのと腐れ縁でして。」
「すみません、ちょっと話が大きくなりすぎて…少し考えさせてもらえませんか?」
「確かにあなたに危険の伴う話ですから、もちろんです。でも少しって、あなたは明後日帰るので?」
「いえ、その心配は要りません。長めに滞在することになりそうですから。それに私、多分行かなくてはならないんです。
京介さん、まだ帰ってきてませんから。」
鏡花はハッと気がついてゆっくりと頷いた。晶子は大体鏡花の話に乗っかるようだ、昨日の戦闘時と同じく、この二人には奇妙な協力関係がもう成り立っている。
「私は夕飯の支度に入っちゃいますね。またお話ししましょ。」
「それでは私はお風呂へ…」




