王女様、今日は普通に日本で一日を過ごせるようです
次の日の午後、藤の公立高校、講堂に集まった人間は大勢いた。
一般的な高校の講堂の広さで、席は大体百くらいのものだったがほぼ満席となる。もちろん昨晩はよく眠ることのできなかった鏡花や晶子は参加したし、マーゴ、悠、みゆき、盲目の男も当然居合わせた。盲目の男は別の席で知り合いの先輩といたようだが、別の三人は並んで座った。この町に住む生徒の家族も大勢が参加しているようだ。
まずマーゴの目についたのはみゆきの父親であり、初めてこの町にやってきた時お世話になった警官の田代だ。
「あら、マーゴちゃん。あなたもう学校に来てるの?元気そうね、うちの娘もお世話になってるみたい、昨日あなたの絵を娘に見せてもらったわ。」
「はい、私もみゆきの画才には驚きましたわ。おかげさまで元気にやっております。」
「悠ちゃんがなにか危ないことに首を突っ込みそうだったら連絡ちょうだいね。」
横にいた悠は少し不機嫌そうな眼差しを田代に向けたが、特に彼女と田代の間で言葉が交わされることはなかった。みゆきもじぶんの親を周りに見られるということで照れ臭そうにそっぽを向いていたので、マーゴと田代が簡単な挨拶をすませるに止まった。
マーゴには家族がこの町にいないのでよかったが、他の二人は人に自分の親を見られるということがある程度嫌なようだった。もちろん悠の親や兄弟もいたので、みゆきへの挨拶をしにやってきたがすぐに離れた。
ところで、鏡花は晶子と同学年の人間であったのでこの三人とは別にいる。この三人と鏡花の間にはこれといった関係がなかったけれど、盲目の男とは面識があるらしく彼と鏡花は並んで座っていた。二人はしきりに何か話し合っている。
案外すぐに京介の弁論は始まったし、マーゴは昨日話した京介からは想像もできない口調で話す彼を見ているとなんだかむず痒い思いでいた。そもそも「いじめ」という題材が彼の口から出た時から失望した気になったし、どうせ彼は本気でやっていないなというのが彼女には感ぜられた。
話の筋は通っていたが演技ったい彼の口調に腹が立ったくらいだ。
彼の話はある意味完成されていた、論理としてマーゴがつき崩す隙はない。それは個人的な体験や考えを基にして綴られているから、できたとしてもただの感情論としてだけで、
「嘘なのでしょう?」
と言ったところでそうではないと言われてしまえば終わりだ。通俗的に正しいとされなければならない「いじめはいけない」という考えなので正しく見えるし、
「その悲しみや温かさの本当の意味を聞いてもいいですか?」
と聞けばそのままだと言われるに違いない。そこへ食い込めば弁論の域を出て哲学や文学の領域に達する、場違いである。マーゴは弁論というものに質疑の余地なしと思ったし、なんと高慢で意味のないものなのだろうとも思った。
皮肉にもその定義はうまくできすぎている。
なので要所要所だけ聞いていたマーゴにとって、ことはすぐに終わったようにも思われたのである。彼女は弁論という競技にもう少し真面目なものがあると推測していたのだが、やはりそれが公式に勝敗を決める競技となっている以上真面目に話す人間はいないものだなと考えた。
しかしマーゴらが無関心でいたのは別に各々、個人的なことを考えながら聞いていたからかもしれない。
質疑応答の部に参加したのもマーゴたちではなく、他の町の住人や生徒たちだった。
実を言うと京介もマーゴが思っていた通りのことを理解して弁論というものを選んだ身であったので、それを軽く流してマーゴを名指しで呼ぶとかいうこともなかった。
昨日の掛け合いは弁論を主軸にしたものというより、それを脇に抱えてお互いへの思いをぶつけただけのものであったようだ。
「悠はどうお思いになって、彼の演説。」
「いやぁ。私は好きじゃないよ、ああいうのを言葉に出して言うの。だって曖昧だし、誰がどう悪くてそれで誰かが苦しいとか。あと苦しかったのを自分は糧にして生きてるってストレートに言うのって、支離滅裂だよね。いけすかないしかっこ悪いと思うな。質問で出しちゃう?」
「いえ、多分そもそも弁論がそういうものですわ。私も嫌いです。みゆきは?」
「えっと…好き嫌いより多分向こうの彼のこと、絵にしたいと思わないし少なくとも綺麗なものじゃないと思う。」
三人はどうしても独自の世界に生きていて、そこから人の言葉を吟味する人間らしい。マーゴは自分の周りにこういう人間がいることを安心としたし、おそらく京介という人も好きでやっているわけではないと少し考えた。
昨日話した限りではひどい勘違いをした人間のようには思えなかったのである。
ものの十五分ほどで一連のイベントはあっけなく終了した。
ーーー
その後は高校生同士の親睦会が行われることとなった。盲目の男とみゆき、悠は特に用事もないというので帰ったようだ。別にその三人は今日の演説に特別な興味を持ったわけではない、夕食でも楽しくして帰るという旨がマーゴに伝えられた。
それで他の皆は、各々の気がかりになる人間の元へ散っていった。
「マーゴさん、あなたからの質問が聞き受けられなかったのは残念でしたね…」
「あんなものにどうして私が質問できまして?質問できないようにお話しされたくせに。」
「それはもっともですね、ははは。」
京介は昨日までマーゴのことを面倒だと思っていてものの、きちんと自分の弁論に質問の意味などないということを理解してもらえて喜んだ。もっとくだらない質問をしてくるのではないかと思っていたわけだが、それはなかったし、もう今日限りで会うことはない女だ。京介とって、これで万事問題なしというわけだ。
マーゴもすっかり今日の演説で興が削がれてしまい、この男はとっとと帰ってしまった方がよろしいというふうなことを思っていた。
いや、本当は自分の「裁きの銃」でいっぺん撃ってやらなければならないのかもしれないとすら考えた。
これがマーゴと京介の会話である。
「あの、鏡花さん、こんにちは。昨日は大変お世話になりました。」
「父の料理を気に入ってもらえたようで幸い、昨晩の散歩も楽しんでもらえたようでこれまた幸いです。」
「散歩の方はちょっと…」
「お世話になったってそれだけですか?あなたが伝えたいのは。」
「いえ、今日この後旅館に戻ってからお話ししたいことがあります。」
「了解です。それではそれまで。」
晶子は一日中昨日のことを考えていて、決断の期限は一週間と言われたものの帰りは明後日にする計画だった。その決断を早めるためにはどうしても自分より、この町のことに詳しい、そして「ブラックマーケット」というのを知っている人間から話を聞きだすのが一番だろうと考えたので声をかけたのである。
昨晩は戦闘中に少し聞いただけで整理のできていない部分が多々あったし、「イッテシマッタ男爵」のことも一人で吟味するには大きな問題すぎた。
これが鏡花と晶子の会話になる。
この親睦会も五分くらいでお開きにされた。
京介と晶子は職員への挨拶があったが、鏡花もマーゴも全員それぞれのタイミングで帰るべき場所へと帰っていく。
マーゴは自分の夕食はどうしようと考えた。




