Mr.Gone(イッテシマッタ男爵)
パチ…パチ…
拍手の音が聞こえる、雨は静かになった。
「お嬢様方…お見事っ!本当に見事なお手前でございます、それにそこの起きている君は…「黒の商店街」の顧客ではないですね。それなのによく頑張られた、そう自分でも思いませんか?」
晶子が鏡花を横で見守っている時のことだった。
彼女はずっと不思議に思っていた、鏡花は一連の犬の騒動が恣意的なものだったと言っていたにもかかわらず、仕向けた張本人は出てこない。本気で二人を殺してしまう気ならば、本人まで出てきて加勢すればよかったのである。
戦いの中で犬以外に人が一人でもいたとしたら自分たちは確実に死んでいたという自信があった。
しかしそうしなかった。晶子は一連の戦いの中に不自然なことが多々あるのを見抜いていた。大型犬の群れも不自然だった、群れの長を除いて完全に生き物としての機能を失ったものばかりだったのである。
「あなたは?なぜ私たちをこんな目に?」
「Mr.Gone(イッテシマッタ男爵)とお呼びください。ちょっとだけ招待に来たのですよ。」
男は日本の古美術の展覧会にでも飾ってありそうな能の仮面を被っていたので、晶子に彼の表情を読み取ることはできないのであった。さらに彼の体つきには中性的なところがある、胸の突起や女性を強調する服装はなかったが、嫌味なほどに物腰が女性的だ。
暗いせいか、見間違いか、そいつの体はうねうねと動いているような感すら起こさせた。
「そこのもう一人のお嬢様が起きてしまっては厄介です。早々に話を済ませましょ。またこんな目に晶子様は、あいたいと思いますか?」
晶子はすぐにこれが宗教勧誘のような、不気味な正体であることに勘付いたが興味のないわけではなかった。
「いえ、そうは思いません。しかし、まずこんなことがどうして起こっているのかから話してください。」
「マーゴ・ジニエステ…彼女の存在です晶子様。簡単に言えばこの町の裏の守り人である我々にとって、ひじょーに厄介な女なんですよ。晶子様、どうして町というものが存在できるかご存知?」
仮面の自称男爵は話を続けた。
「本当に簡単に済ませますよ、光あるところに闇あるから、です。長らくこの町は白い狐という神に見守られ、その均衡を着実に守ってまいりました。旅人が来た時も、引っ越してくる人がある時も。しかしあの女は特別、異国の概念を持って入ってきた人間です。しかも遥か遠くのね、さらには…闇を光へと還元する能力まで得てしまった。これはいけません、我々が長年かけて組み立ててきた均衡が崩れかけている。
例えばですよ晶子様、いいですか。例えば娼婦を禁止するという法律が全世界に発布され、律儀にそれが守られたとします。娼婦を殺す権利が全人類に与えられるものとします、それは汚れたものだからといって。あれれ?じゃあそれを糧に生きてきた人々はどうなるの?
社会的に善人と見られていた人々の本性が露わになります、それを糧に善人であり得たのですからね。まあ打開策があるとか代替手段があるとかいう話は置いといて、結果人々の幸せを脅かすことになるわけです。
で、その秩序を「憎しみ」を通貨に保っているのが「黒の商店街」なわけです。あのマーゴジニエステという女はつまり、我々の通貨価値を自由自在に操れてしまうというわけですよ。これはいけませんね。
聡明なあなたにはわかるはずです…例えばこの世界で円高と円安を自在にコントロールできるような人間が現れたら社会がどんな措置をとるのか…」
「それで、あなたは結局私に何の用があるのですか?」
「晶子様ぁ…あなたには素質があります。社会的な異端者を排除する素質が…そこで、あなたには我々の組織に加担して欲しいのです、この町の均衡を取り戻すために。」
「私の素質?あなたは何を言っていらっしゃるの?勝手にやっていればいいのでしょう、私たちだって殺しにかかったのですから、単純に。」
「晶子様は勘違いなさっているようです、我々「黒の商店街」の顧客に殺すなんて能力はありません。結果的に我々の能力が原因で人が死ぬようなことは一切ありません。心が入れ替わるとか、一生異世界で暮らす羽目になるとか、どこか違う土地に飛ばされるとか、それだけですよ。
思っているのでしょう?そこの眠っている少女の能力もなんて陳腐なものなんだろうって。」
確かにそうだ、誰もが人を殺せるような能力を持つのなら今回の戦闘も鏡花と晶子は苦戦することがなかった。それにこの男爵が変な話を晶子に持ちかける理由もない。
男の話は筋が通っている。
「では、イエスと答えた場合私に何をしろと?」
「満月の晩に「黒の商店街」へご参加いただきます。それでジニエステの女を元いた世界へ返してもらう、多分ちょっと肩に触れるとかその類の行動になるはずですよ。ここで承諾くだされば、いえ、一週間以内に…
それまではジニエステが能力を行使するのは我々が抑制いたします。早めにご決断くださればまあ、すぐに「黒の商店街」へ行く方法もございますから。」
「本当にそれだけでいいのですか?」
「はぁい。それで私はあなたに嘘をついていませんし、無理やり拘束したりとか、今日のようなことがあったりとか、なくなりますから。」
「一週間以内に決断ができた場合はどこへ行けば?」
「ここへ夜の十時以降、来てください。私がお迎えにあがりましょう。
あちゃ、そろそろ一分ですね。そこのお嬢様が起きてしまいます!それではぁ、お待ちしておりますよ晶子様。」
「イッテシマッタ男爵」は晶子の前から姿を消した。どうして突然旅先で自分がこんな事態に巻き込まれているのかはともかく、男爵の話はよく分かったし知り合ったばかりのマーゴという女性の危険性についてもよくわかった。
ただ馬鹿にしたりするのではなく、よく吟味する必要があると思った。
ほどなくして眠っていた鏡花が起き上がると、晶子は何事もなかったかのように振る舞った。
二人はすぐに旅館へ帰ることとした。




