謎の大型犬の群れと大倉鏡花の「Silent Warrior(沈黙の使者)」(前編)
晶子と鏡花は迷子になっていた。
それに当然の豪雨に降られ、二人はびしょ濡れだ。
それでも二人がすぐに雨宿りのできる場所を見つけられないのには理由があった。もちろん鏡花は生まれた時から藤の町におり大体の地形から道まで把握していたのだが、二人が今いたのは町外れの森の中、廃墟と化した病院の中だ。
それも天井の抜け落ちた部屋、恐らく食堂だっただろう場所の無造作に生えた草むらの中。昔は観葉植物のための花壇だった場所に雑草の生え乱れたところだ。
二人はあるものに追いやられ、止むを得ず身を隠していたのだった。
「あんなに凶暴な大型犬の群れがこの町にいるなんて。」
「鏡花さんでも知らなかったのですか…?例えばこの近辺の番犬だったとかは…」
「番犬の残党だったら私達はもうお陀仏です。鼻も効くでしょうから。なぜか統率は取れているようですがそうではないと考えますね。
私が確認したのは五頭ですがあの犬っころども、一頭を除いて目も鼻も、口すらありませんでした、潰れていたと言った方がいいかもしれません。奇形です、本当に犬なのかすら。」
「本当に生き物…?」
「それも分かりません、ただ私たちにとって危険です。それにこの雨で私の携帯電話も故障しちまいました、どうします?晶子さん。」
「ど、どうするって…」
二人は背の高いかやの草むらの中、小声で話していたが明らかに怯えている晶子とは逆に鏡花は不思議と冷静だった。
温室育ちのお嬢様である晶子にはこんな状況に陥ることなどまずなかったし、そもそも雨の日に傘なしで外へ出るという経験もなかった。土や草の匂いのすごくする場所にこうしてじっとしていると、頭痛がした。
ぐっとこらえていたが、本当は泣きわめいてしまいたかった。どうして自分が部活の旅行できただけの町でこんな目に合わなければならないのだ、きちんとこの町のことを知らなかった鏡花が自分を無闇に連れ回したせいでこんなことになったのではないか、と。
「晶子さん、何事もなくここを抜け出したいと思いますか?」
「なにか方法があるのですか…?」
怒りを抑えながらなんとか晶子は返事をした。
その時、一匹の犬が草むらの中の二人めがけて飛び込んだ。
晶子はなすすべもなく縮こまって丸くなりもうおしまいだということを覚悟したのだが、すぐに犬のにぶい鳴き声が聞こえてゆっくり顔を上げてみると少し離れた場所の床の上に横たわる犬の姿があった。
犬は横たわったまま起き上がる様子がなかった。
息をしていることから、眠っているらしい。
一瞬目の中に入った奇形の犬の姿が晶子の心に一抹の恐怖心を植え付けた。
「ちっ…見つかりました!走って!」
立ち上がることすらできるか不安だった晶子だったが、鏡花に強く手を握られてなんとか立ち上がり、走ることができた。
立ち上がると自分たちの隠れていた草むらが犬の群れに囲まれていたことがわかった。
しかし一頭の犬が吹き飛ばされたことでなにかあると犬の群れは危険を察したのか、様子をうかがっているようで次々と飛びかかってくるようなことはなかった。
その吹き飛んだ一頭が役を担っていたであろう円陣の一点に向けて鏡花は晶子を引っ張って導き、なんとか円の中心から二人は抜け出すことに成功した。
すぐに群れのボスであろう犬の遠吠えが響くと、残りの三頭が二人を追いかけてくるのが振り返った晶子には見えた。
「後ろを見ないで!まっすぐ早く!」
わずかな差で二人は院内の一室へ潜り込むと、強く鏡花が扉を閉めた。
「鍵が壊れてる!何か持ってきて!」
鏡花が体で扉を押さえ込みながらそう叫んだのを機に、丁度扉の前に置いてあったテーブルの端を晶子は持つとすばやくそれを扉に押し付けた。
晶子は自分がテーブルほどの重さのものを一人で持てたことに驚いた。
しばらく犬の群れが扉に体当たりをかけたり、吠えたりしていたがやがてそれは止んだ。二人は束の間の休息を得ることができた。
やっと屋根のついた部屋に入ることのできた二人の濡れ切った洋服からは雫が垂れ、急な運動による吐息がしきりに漏れていた。
二人はその息切れの中話した。
「鏡花さん…一体あなたは…?」
「内密にしてもらえる?なんてこと言っててもしょうがないですね。してください。
いいですか、この町にはこのような怪奇現象が山ほどあります。それもこの頃多い。この間は真夜中、突然高校生の不良集団が消えました。その原因はこの町のとある神社で満月の毎夜開かれるブラックマーケット。私も利用者の一人です。」
「怪奇現象…?でも今日は満月の夜ではないでしょう?」
「ですね。あくまでブラックマーケットは根本的な原因、そこへ招待された人間は一つだけ異能力を手に入れます。信じられないでしょうが恐らくあの犬っころどもを差し向けたのも招待された人間の一人、誰かはまだ検討なんてつきやしませんがね。
ちなみに私がさっき犬っころを吹き飛ばしたのもその恩恵でありやがります。名をSilent Warrior(沈黙の使者)、要は無敵の透明人間を操れて、それで触れた生き物を眠りへと誘う能力です。」
「能力って…よ、よくわからないしわけもわかりませんけれど!そんな能力だったら逃げ隠れしなくても!」
鏡花はここでため息をついてゆっくりと首を横に振った。
「透明人間の顕現時間は十秒、再使用できるまでに一分、能力を使用した相手の睡眠時間はせいぜい一分。つまり眠らせてから殺さない限り各個撃破は不可能。相手も犬っころのくせして頭がいいやつらのようですから、一気にやるのも無理でしょうね。特に鼻も耳も効きそうなドンにはねぇ…」
「透明人間のくせに匂うんですか…?」
「はい、実はなぜかあいつ、プラスチックの匂いが。あと食事もするので今は夕飯の匂いも若干。」
「はぁ…?」
全く晶子には訳のわからない世界だった。それにその鏡花の能力について聞けば聞くほど自分たちは八方塞がりなのではないかと思われた。
「もう何もできないなって呆れ顔しましたね今?私の能力ダサいアホ雑魚間抜けって思いましたね?いいですよ一緒にのたれ死んでも。それよか私は今ここであなたを眠らせて外にほっぽり出し、ワン公共が楽しい晩餐にふけって群れている時畳み掛けて私はせぇーっふ。ってしてもいいんですよ?」
「そ、そんなダサいとか考えてませんから…!物騒なこと言わないでください!」
晶子が必死に訴えかけているのとは裏腹に鏡花は口を尖らせて体育座りした体を揺らしていた。
「はいはい、お嬢様はおバカさんですね、冗談ですよぅー。でも打開策、ちょっと無茶ですけどこれしかないってのがありますから。いいですか?」
「それしかないのでしょう…?」
晶子はろくな答えが返ってくることを期待しなかったが、息を飲んで聞いた。
「単純です、犬っころ共のボスを眠らせちゃえばいいんです。奴が群れの目であり耳であり司令塔。それで逃げます。ただ、問題が三つ。どうやって取り巻きをかいくぐるかと私の透明人間の攻撃がことごとく回避される可能性。あとはここからどうやって出るか。」
「実は私、恐ろしいことを考えていて自分を馬鹿だと思いますが簡単なのでは…私が囮になって後ろから指令を出すドンをあなたが不意打ちすればいいのです…
必ずやつらは行動する時、一頭の遠吠えがあってから動きます。だから恐らく今もこの扉の外で陣形を組んでいるはず。私がそこの窓から外へ出て一旦上階へ上がり、回ってここへ来る、いつ気づかれるかは分かりませんが遠吠えが合図です、あなたは私が死ぬ前に対象を仕留めてください。」
「お嬢様にはそんな探検じみたことの経験はあるんですか?ここは三階落ちればお終い、助かったとしても気づかれてアウト。さらに私が仕留められなければあんたは死にます、結果私も。」
「他に案がありますか?仕留めるお役目、お任せしてもいいですか?」
今の今まで鏡花の能力の脆弱さに落ち込んだり、草むらの中で怯えていた態度からは想像もできない目を晶子はしていた。何かしなければらちがあかないとか、理解力と決断力はいざとなれば高い女性のようだった。
さっと鏡花は立ち上がった。晶子の案に彼女も賭けてみる気になったようだ。
「おーけい戦うお嬢様。私もばっちり任されました。」
晶子は鏡花にそう言われて少し微笑むと、昔は介護部屋だったであろう部屋の窓を開け救護用のはしごが壁にかかっているのを見つけると、それを使い窓の外へ消えた。




