王女様、血と火薬の匂いがしますよ
マーゴが白川家に帰ると家の中は大変なことになっていた。散乱した洋服、オモチャにドタバタとしきりに大きな足音がしている。
マーゴの顔にクマのぬいぐるみが当たった。
「ただ…いま…」
一体白川家で何が起こっているのかマーゴにはさっぱりだった。
「あ!マーゴごめん!いま鬼ごっこ中!とりあえずおかえりっ!それじゃ!」
「一体なにがあったんですの…」
思わずマーゴは独り言をこぼしてしまった。悠が走り去ると子供達が後に続いた。
とりあえず靴を脱いで家の中に入ると、なんだかとてもいい匂いがした。白川家で夕食を食べてきたマーゴにはいつもの夕食の香りと違うことがわかった。
玄関に知らない人の靴がおいてあったので誰か客人があるのだと悟った。
マーゴはため息をついて家に入った。風邪を患って熱まで出しているのに、若干良くはなったのだがこれは迷惑だ、自分が居候の身とはいえ。
ぐっと息を吸い込む。
「いいかげんになさい!!!家の中で遊ぶものではありません!全員居間に直れっ!」
これにはさすがに遊んでいた六人が驚いた。
それもものすごく大きな声で怒鳴られたものだから、しょんぼりしながら各々マーゴの前を謝りながら通り、居間に正座することとなる。
それもそのはず、異世界のものとはいえ本物の革命家が普段の声音からは全く想像もできないような調子で怒鳴ったのだから。
ーーー
六人が下を向いて座る中、マーゴが制服のまま全員の前に立った。
「あなたたち、私が居候の身であるとはいえ物申させていただきますわ!家が壊れたらどうするのです!それにこの散らかった家の中を片付けるのがどんなに大変か!特に悠!」
「は、はいっ!」
「子供達はまだしも、あなたは最年長のくせに学校までサボってなにをやってるんですの!?」
「えーとそれは…ちょっと走り回りたかったていうか…?それに学校行かなかったのは大事な理由があったわけだし…」
ぶーぶーと悠は口を尖らせている。明らかにそんなに怒らなくてもいいじゃないかというふうだ。
「あなたは小動物ですか!!はぁ!?行くべきところに行く以上に大事なことなんてありません!!おふざけも大概にしなさいな!この間も補導されて…!」
「でもその…やっぱり大事な人が旅から帰ってきたらお迎えに行きたいじゃん…?」
「そもそもその人はなぜ平日に帰ってきますの!?いけません、あなた達はたるんでおりますわ!」
「えっと、それは私たちが学校へ行きたくないからなんだけど… あのぅ…ところで質問があるんだけど…」
ここでマーゴは三度目のため息をつき、気を改めて少し落ち着いたようだ。子供達が半ば涙目になっているのに気付いたからだ。
「はぁ…すみません、私も疲れていて怒鳴りすぎました、ごめんあそばせ…いいですわ、どうぞ、質問なさいな。」
「えっと、マーゴさんはどうしてそんなに日本語がお上手なのでしょう…」
あっとマーゴは思った。自分が日本語をこんなに流暢に話せるようになったのはつい先ほどのことだ。それでは悠が驚くのも当然だろう。
「それは、なんだか突然に…ですわ。」
「突然に?」
「そう、突然に…」
「なにもなく?」
「私は日本語の精霊に憑かれたようですわ。」
「あ、あはは…そうでございましたか…」
実はマーゴも自分がどうして日本語を突然流暢に話せるようになったのか完全に理解はしていなかった。
ただ、仮定としてみゆきと心象世界の中で刃を交えたことによって、みゆきの中のものがマーゴの必要性に応じてインストールされたものではないかと考えていた。
マーゴはとある精神学者の本において殺意とか、憎しみとかいうものが人との密接な交配に関わることだと読んだことがったのでそう思った。
とにかくまだ、「ブラックマーケット」という場所や自分の所持する「裁きの銃」などについては謎が多い。
マーゴはそれについて決して良いものとは思っておらず、それをどうにかして破壊することができればそうしたいと考えていた。
現段階で理解に及ぶものは以下である。
ブラックマーケットでは自らの暗い部分や信条が通貨となり、それに見合った商品を与えられる。商品の種類は自分の潜在意識によって決まる。例えばこの世界を変えようとするマーゴの「裁きの銃」や、誰かを完全に自分のものとしたいという欲求の表れであるみゆきの「Bird Land(鳥籠)」など。
白い狐のメフィストフェレス、めふという者がいてブラックマーケットの開催日は月の周期に左右されるとしていたがマーゴが能力を得た次の日にもめふが現れたことから奴の出現条件はその限りでない。そして奴は一定の権力を持つこと。
今のところ現世で「死」と判断される状態にまで人間を追いやる能力を持つ商品は確認されていないこと。また商品の能力の発現には一定の感情の高揚感や、商品を持つもの同士が出会うなど特殊な状況が揃わねばならないこと。
ブラックマーケットに招待される人間はある程度、問題を抱えているというのもあるがなにか感受性や芸術的才能を持つものであること。これはマーゴの憶測だ。
等が挙げられるがやはり「ブラックマーケット」というものを明確に定義するには至らない。自分の安心を支えるだけだ、あそこの存在が人の生死に関わることがないことなど。
「そういえばみゆきは元気だった?なんだかあの子変でさ、この頃。」
悠はもうマーゴの中に強い怒りのないことを悟り、話を進めた。子供達もだいぶマーゴが落ち着いてから、落ち着いたようだ。
「はい、とっても素敵な方でしたわ。もちろん元気で。」
「それはよかった。この頃なんか悩んでるみたいなんだよね。」
「大丈夫、彼女は。ところで知らない人の靴が玄関にありましたけれど…」
「あ、そうそう。私が今日駅まで迎えに行った人、今日ご飯作ってくれてるの。目は見えないんだけどね、料理上手なんだよ。」
盲目ということでマーゴはみゆきが言っていた盲目の男のことや、悠の言う大事な人というのが彼のことなのだとわかった。
噂をすれば、というふうに盲目の男は調理を終え、温かい料理の乗った皿とともに出てきた。やっぱりマーゴにとっても、目の見えない人間が自由に歩いていたり料理をするというのは不思議だった。
「あなたが鏡の国の王女様…?うん、異国の香りがするよ。初めまして、旅人さん。」
彼は食卓に皿を並べながら簡単に話し始めた。
「僕がこうしているのは不思議でしょう?悠の家はもう何度も来ているから、歩くのに不自由ないんだよ。それに自分のよくやっていることは一人でもできる、時々悠には助けてもらうけど。王女様、僕はチェロだって弾けますよ。」
盲目の男もさっきまでのマーゴの話を聞いていたようで、もう無理に英語を話す必要はないことが分かっていた。そして皿を配置するのにかがんだついで、マーゴに耳打ちした。
「王女様…ところで。」
「はい?」
「ちょっぴり物騒なものの匂いがしますね。心当たりは?これは火薬と血の匂いだ。」
「いえ、ありませんわ。」
「失敬、僕の勘違いですね。」
マーゴはこれを指摘されたことで自分の匂いを嗅ぎたくなるのを抑えた。すぐに制服から寝巻きに着替える旨を伝え、寝床のある部屋へ行くとそこで初めて自分の匂いを嗅いでみた。
確かに言われた通りの匂いがした。傷は残っていなかったけれど、匂いだけは戦闘時に行った異空間から引き継ぐらしい。マーゴは着ていたワイシャツで自分の匂いを落とす努力をし、着替えてからすぐ戻った。
全員で食卓につくと、マーゴは初めて「クラムチャウダー」というものを味わった。これが海外の食べ物であるためか、その味でマーゴは自分の故郷のことを思い出しながら、温かいそれをゆっくりとすすった。
子供達や悠もみな、楽しそうに会話しながら食事を進めた。マーゴにはこれで盲目の男がどれだけ白川家に、家族のように迎え入れられているかを感じた。
少し、うらやましかった。




