藤実京介の憂鬱と楽しみ
晶子と京介の二人はもう顧問の萩原が手配した旅館に入っていて、懐石料理に手をつけ始めた頃だった。
高値の旅館だったので出される料理は非常に上等なものとなったわけだが、どうしても京介は自分が昼にあんなにお好み焼きをがっついていた女性と二人でそんな食の席に着く、ということがシニカルに思えて居心地を悪くした。
もちろん、出されてくる料理が嫌いだったわけではない。ただ、逆に満足しているとも思わない。
まあ、あらかじめ萩原の方に自分の料理は薄味で注文しろと注文していたので、その通り、単純で脂っこいものよりかはいいなと思っていた。
京介は、晶子は学校では化けの皮を完璧にかぶってこそいるものの、ものすごく子供っぽい人だなと感じている。それは晶子にとって京介の前でだけ見せる姿ではあったが、自分以外の人間と二人きりでいる姿を見たことのない京介にとってそんなことを知るよしもない。
このように京介もひどく頑固で、晶子のような者と話す時は自分との相似を感じ嫌になることがあったが自分のプライドを表に出さないだけマシだと割り切った。
「そういえば京介さん、先程お話しされていた方は…?あまりいい雰囲気には見えませんでしたが…」
「留学生のマーゴ・ジニエステさんです。あれは…明日の弁論に向けて僕も熱くなってしまいましてね。」
マーゴのことを思い出す京介は内心不機嫌になった。
萩原を始め、高校生活を始めてから嫌な人間によく出くわす。進学校で出会うならまだしも、こんな辺鄙な田舎町に来てまで自分のことをかき乱す人間が現れるというのは驚きだった。
どうせ藤の町から出て仕舞えば会う機会など二度とないのだろうから、できるだけ距離を置いて早く帰ってしまおうと思っていた。
「そうでしたか、でも大変日本語の流暢な方でしたね…それにしぐさも日本慣れしているようでしたし。どこからいらした方なのでしょう?」
「さぁ…それは聞きそびれましたね。」
さすがに彼女は鏡の国から来た王女様だそうですとは言えなかった。
もちろん京介はそれを信じていなかったし、なにか異国の冗談の類だろうと思っていた。それでも彼女が至極真面目な顔をして話していたのを思い出すと、少し気にかかった。
そういえばかぐや姫やらの物語はただのおとぎ話なのだろうか、ただ確かに現代に迷い込んだ時代遅れの人間や思考がとんでもなくメルヘンな考えをする人間はよく芸術家にいる。
彼女はその類の人間だろうか、そういう人間は言語の取得も早いというし。
それにしてもどう考えようと、初対面の人間に突っかかってくる人間が面倒でない人間のはずがなかった。やはり、彼女が実のところどういう人間であったとしても明日も彼女に会わなければならないというのは憂鬱だった。
あんなふうに挑発したのは間違いだったなと後悔した。マーゴは京介にとってとんでもなく嫌な奴だった。
料理がやってくるたび二人はお辞儀をした。だいたい二人は大学生くらいのカップルか何かとでも思われているのだろう。
少し無言で食事をしていると、着物姿の若いウェイターの女性が二人に話しかけてきた。彼女はアルバイトだろうか。
「今日はお二方はどちらから?」
これには京介が答えた。
「東京ですよ、僕らは高校生で明日向かいの学校でちょっとしたプレゼンテーションをやるんです。」
「あ!藤実京介さんと水野晶子さん!私も向かいの学校の学生なんですよ、私はここの料理長の娘でして…大倉鏡花です、一年生の。
同学年ですよね?明日、楽しみにしてますね。私も見に行くし、一般公開で町のみんなも楽しみにしてます。」
「それは嬉しいことです。僕も張り切ってやりますよ、お楽しみに。それと料理も味が良いとお伝えください。」
「はい!頑張ってくださいね。」
黒く長い髪を肩の下で結わえた、お淑やかながらも快活そうな少女だった。京介は珍しく、あまり着飾ったところもないのにマナーのしっかりとした彼女に好感を持った。
すぐに彼女はお辞儀をして個室の食事場から出て行くと、京介はすぐに晶子の方を見やった。
「水野先輩?一般公開とは?」
「京介さん、ご存知なかったんですか?」
「僕はまんまと萩原さんに騙されたようですよ。」
京介はため息をついた、弁論の大会でも視聴者は学生だけとはいかないものの、観客に田舎町のノリで来られるのはいささか嫌なものがあった。
質疑応答の時間が今からも憂鬱に思えた、弁論の場ではある程度の知識人がその競技のマイナーさ故か集うものなのだが、田舎町のちょっとしたイベントともなれば別だろう。
浅はかな質問を数多くさばかなければならないことも覚悟しておかなければならない。
「でも、色々な人の意見を聞けるのはいいことだと思いますよ。そう思って先生も計画してくださったんでしょうし…万人受けする言葉で、万人受けする弁論ができなければなりませんから。」
京介は万人受けする言葉というのに長けていたわけだし、嫌々自分で話していると気持ち悪くなったりするような論題について弁じることもあったのだが、この頃変な人たちが周りに現れ始めて気分の重くなる中またそういう人が増えるかもしれないと考えた。
もうちょっと穏やかに、波風立たない立場で生活したいものだ。
「水野先輩、僕の代わりにやってくださったりしません?」
「ご冗談を。」
これもまた珍しく、京介の口から冗談が飛び出した。晶子にとってもこれは予想外だったようで、彼女は笑顔になった。京介も笑った。
それで大方楽しく、二人は食事を済ませることができた。
京介はデザートに出てきたホイップクリームのほどよく乗った抹茶プリンを、本当に美味しいと思った。鏡花がこれを最後に運んできて、
「父もお褒めに預かり喜んでおりました、これ、私の好物なんです。本当はうちはデザートは出さないんですけどね、大抵食後は甘い、度数のごく低い特製のお酒を出していて…なので特別です。」
と口添えして帰って行った。
「あの娘、可愛いですね。僕は東京まで彼女を連れ帰ってしまいたいくらいですよ、頭も良さそうだしうちの学校の編入試験くらい難なく受かるんじゃないですか、どうですかね先輩?」
「京介さんもそんなことをおっしゃるんですか?しかし嬉しいです、そんなに冗談を言ってくださるなんて。でもダメですよ、さらったりするのは。あなたとあの娘の交換留学なら私も真剣に検討しますが…」
「本末転倒。」
ちょっぴり京介も普通の高校生らしく過ごした食事の時間だった。
人をこんな気分にさせるのだから鏡花の父親という料理人はなかなかのものなのだなと、真面目に思う京介であった。田舎町にもそんな人間がいるのかと考え、実はそんなに明日の弁論はつまらないものでないかもしれないという希望を持った。
ーーー
食後は京介はすぐにロビーに存在したラウンジでコーヒーを飲みながら読書に耽ることとしたが、水野は軽い運動がしたいと言い、鏡花がこの町を案内してくれるという誘いをかけてくれたので二人は夜の散歩に出かけて行った。
そんなに長引かないものであるはずと思っていたが、二人は京介が風呂から上がりいざ眠ろうという時になっても帰ってこなかった。
すでに夜の十時を回っていた。
しかし京介は地元の人間の付き添いもあるのだし、問題でも起きようものなら近所の人間が気付こうと考えた。まさか女二人で真夜中に人気のない場所へ行ってみようなどという気はまず起こすまい。
どう考えてもこんな田舎町で危険にさらされるような要因はないと京介は確信し、二人のことは待たずに眠りについた。




