王女様、それが愛というものだから
マーゴは真っ白な天井の下、西日に照らされて目を覚ました。
自分の制服から顔を出している白い肌の所々に、黄色い日の斑点が落とされていた。マーゴは今日も昼間に寝てしまったなと後悔した。
マーゴは保健室にいた。
ベッドの傍らにはみゆきが椅子を持ってきていて、そこに座って彼女は絵を描いていた。傍と言っても一定の距離感があった、さきほどまでの戦闘のことを彼女が覚えているかわからなかったので、マーゴは少し身構えたが考え直してみて、敵意があったのならこんなに落ち着いた空間などあろうはずもないと思って気を休めた。
マーゴは自分のおでこの上にあった、キンと冷えた濡れタオルを横に降ろすと体を起こしてみゆきの方を見た。みゆきの方もこちらが起きたことに気づきこちらを見た。
目があった。
「あ、マーゴさん!大丈夫ですか?熱があるようなので…どこか痛いところはありませんか?」
「私はどうしてここに…?」
みゆきに箒で殴られた箇所や、渡り廊下で前転した時に膝にできていたアザなどは綺麗さっぱりなくなっていた。しかし、なんだか気だるい感じがする。「裁きの銃」の副作用だろうか。
自分の体が熱いことに気づいたのでやっぱり、熱はあるみたいだ。
「覚えてないんですか?マーゴさんは私の絵を見て倒れちゃったんですよ、というより…私のこと覚えてますか?みゆきです、み、ゆ、き。」
「うん、覚えてるわ。変なこと言わないで…でも倒れたのは私、覚えてなくてよ。」
マーゴが覚えていたのはみゆきとの戦闘のことだけだ。
もしかするとあの不思議な空間の中でみゆきを倒したことがみゆきの記憶をいくらか変えているのかもしれない。白い狐のめふは「裁きの銃」で人を撃つことに、自分の不快感以外問題はないと言っていたし、単純にそういう仕様なのかもしれない。
しかしそうだとしたら、一体「裁きの銃」で人を撃つことは何を変えるのだろうか。ぱっと見みゆきに変化はない。
「それはよかったです!でも…あ、あれ?」
「なにかしら?私の顔に何かついてる?」
「マーゴさんって日本語話せたんですか?」
「私、日本語話してるの?」
「はい、ものすごく流暢に…」
「熱のせいではなくて?」
「あなたは赤ちゃんですか!?まさかの学習熱!?」
マーゴは笑った。
みゆきも初めは突然のことに慌てふためいていたが、なんだかんだで納得したようだ。あれれと少し考えた後、落ち着いた。
みゆきは別にものすごくおかしいことが突然に起きても変だとか嫌だとか感じない人だった。そういう素質が、ブラックマーケットへと招待される人間にはあったのかもしれない。
みゆきも一緒になって笑った。
「すごいですね、悠ちゃんからマーゴさんが日本にきたのは三日前だって聞いてました。すごい学習能力…やっぱり美しい人は違うね。」
「美しい?」
「え、あ、はい。マーゴさんのこととっても綺麗な人だなって。髪の毛は真っ黒で顔立ちも外国人の人ってわけではないんだけど…マーゴちゃんは美人さんだと思う!」
「悠には教わりましたけれど、今なら敬語とそれじゃない言葉を使い分ける時の人の気持ちが私にも実感できるわ。ありがとう、そう思ってくれて。あなただってとっても可愛いわ。」
みゆきは少し照れた。
マーゴは全く自分のことを王女、という実感のない人間が自分のことを美しいと言ってくれたことが嬉しかった。
自分はそういうふうに美しいと言われたことがなかったから。彼女は美しいということがそういうものなのだと思った。人の顔は信頼か、メディアの受け売り、それを魅せる周りの人の努力。そういうものでできているとマーゴは思う。
そして人の顔は各々の中に持っているものや経験したものによって形作られる。なんだかそれって、とても素敵だなと思われた。
彼女は少し頭を下げた。なんだか本当に日本人みたいだ。
「それで…あの…」
「うん?」
「私、マーゴちゃんのこと描いてみたの。本当に眠っているマーゴちゃんって、白雪姫みたいで、夕日が当たってると綺麗だったから。」
「見せてもらえる?」
みゆきはマーゴに寄ってきて、照れ隠しのために自分の顔を絵の描いてある画用紙で隠した。マーゴはその絵を見た。
「綺麗ですわね。」
「うん…本当は人のこと描くのって、全然その人と違う人みたいって思われちゃったら失礼で、怖いなって思ってたんだけど…」
「ううん、本当に綺麗。でも鏡の中で自分の顔を見ても綺麗だってわからないわ。あなたがあなたの気持ちで私をちゃんと見てくれて…夕日にも助けられて、私はあなたとここにいて。それでいいの。人の目を通してしか、人は綺麗になれないのよ。あなたが見てる私は、こんなに綺麗な人なんですのね。ありがとう、みゆき。」
「マーゴちゃんって、なんだかものすごい女優さんみたい…よかった…」
みゆきは抑えきれなくなった涙を拭い取った。マーゴはみゆきをぎゅっと抱きしめた。なんだかちょっと熱のせいか重たい気持ちを抱えながら、それでだんだんとひどく、優しい気持ちになっていく自分の心を噛み締めた。
みゆきはマーゴの胸の中でしきりにありがとうとつぶやいていたし、マーゴはずっとそれに
「うん。」
と、答え続けた。
マーゴはもう、みゆきは大丈夫だと思った。




