彼と彼女のお話
「私の話はもういいから、今度はあなたの話を聞かせて。どんなものを見てきたの?」
「今回は遠出じゃなかったからそんなに面白いものってないよ。何を見てきたかな…ところでどこへ僕は行ってきたんだっけ?」
これは少し、わけもなく遠回りをしてただ電車に揺られる、一種の散歩をした後だ。
突然電車で移動する中、気になった町に降りて歩いたりもした。徐々に東の空へ傾き始める日の光が、オレンジ色を帯びている。
悠と盲目の男はいかにも田舎らしい、地元の人間しか使わないような電車に乗っていた。また、都市部と繋がっていなかったので車両はたった二つで、乗っている人間もごくわずかだった。
藤の街へと帰る途中の二人は今時珍しい、カタコトと音を立てる電車の中で話し続ける。
二人は同じくらいの年齢に見え、実際にそうではあったが盲目の男はいくらかぼけた風だ。悠もちょっぴり、他の人と話す時と違う。
「頭でも打った?もう、いつも帰ってくるとそうなんだから。東の方の大きな街って言ってた、本当にそこへ行ってきたんならそこだったんじゃない?」
「ああ、そうだ。そうだ。動く歩道があったよ、海外へ行くといつも空港にあるけど。海辺の町にあったよ。それと時間の流れが速かった、こことは全然違う場所だよ。まるで海外旅行したみたいだ。
みんな余裕がなかったよ、電車の中はひどかった。誰も自分のことより他に考えようとしないもの。だから人を殺したり、男は女の子をさらったりするんだね。
女性専用車なんてあったよ、僕は乗れたけど。笑いものでしょう?みんな安っぽい香水やシャンプーの匂いがした。女性で綺麗だって、思われる服に身を包んでいるのに、朝歯を磨かなかったり体を洗ってないなって人もいた。だからおじさんばっかりの満員電車より、女性専用車の方が臭った。
僕はやっぱり、藤の町で乗れる電車の、シャボン玉や石鹸みたいな匂いが好きだよ。」
「ふーん。でも都会もいいんでしょう?あなたは本当にたまにだけど、ものすごくいい足音や匂いのする人がいるって言ってた、それを見つけるのが好きなんだって。」
「好きなものが多すぎて困ってしまうね、僕は?」
「ううん。そんなことないの、自分でわかってるくせに。」
二人は至極真面目な話をしていたようだけれど、時々おどけたりして静かに笑い合った。
盲目の男はとても低い声をしていたし、悠の声はたいていの女性がそうであるように高くはなかった。
窓越しに夕日を背にしている二人の間でほのぼのとした時間が流れている。
「そういえばこの間私の家に鏡の国の王女様が来たの。あなたの考え方とか、話し方とか、ちょっと似てる。今日はみゆきと一緒に学校へ行ってる。明日は私も一緒。
そういえばあなたが行ってきたところから学生が来るんだって。明日講堂で弁論するみたい。」
「それはまた遠いところからのお客さんだね。僕が旅した距離を全部合わせてもきっと敵わないね。
それで、その子はどうしてきたの?どうしてる?似てるって、突然遠い場所から来て僕みたいにぼけていなければいいけど。その子は悲しくなったりしていない?家に帰れるの?
そう。みゆきさんは、この頃少しぼけたよね。とっても綺麗になったから、素敵な恋人でもできたのかなと思っていたけれど。ちょっと疲れてるみたい。僕が藤をこの間出た時はだんだん暗い声になってた。
ああ、そういえば新幹線の中で学生の二人組を見たよ。もしかするとその人達が明日僕らの学校へ来るのかも、この時期に学生の旅行者なんて珍しいから。僕はてっきり愛の逃避行だったかと思ったけど。」
「そう、英語しか話せないの。あなたが少し話し相手をしてあげて。
なんか突然来ちゃったみたい、帰れるかもわからないの。ちょっとかわいそうだけど、日本が好きみたい。今のところ楽しんでるけれど、やっぱりテレビニュースとか見ると、悲しそう。帰りたいって思いもあるんだろうけど、彼女王女様なのに革命家なの。日本みたいな国を作りたかったんだって、でも日本だって平和だとは言えないから。
やよいもなんだか、なにかに憑かれたみたいでさ。ずっと絵を描いてて人をよく睨むの。絵を描きながらニヤニヤしてることも多くなったし。前々から天才肌で変なところはあったんだけどね、この頃もっとそうなったよ。でも大丈夫だよ、この間なんて夜一緒に散歩してたらパジャマのまま海に飛び込んだんだよ、やよいはずっとそういう子だからさ。私も夜中走り出して、大声で歌うもん。人のこと言えない。
藤の人達はみんな夜が好きだよね、危険もそうそうないし。ほら、夜の神様がいるからだよねこの町の一番高いところに。」
二人は旅の話から一転して、やよいのことやマーゴのことを話していた。そうしているうちに、すぐ電車は藤に着いた。
「終点、藤ー。藤ー。」
車掌が車内放送で到達地を知らせる、これも今時の電車にしては珍しいことだ。二人はゆっくりと電車を降りる、盲目の男が楽をして歩けるように悠がエスコートした。
「そういえばこの町には神隠しの話もあったっけ?」
「そうそう、白い狐がやってきて夜に魅せられた人を連れて行っちゃう。って話でしょ、私たち子供の頃よく駄菓子屋のおばあさんにそれで脅かされたじゃん、暗に早く帰れよって言われてたんだろうけど。」
「僕も君も気をつけないとね、夜出歩くのは。」
悠は静かに笑ってそうだねとつぶやいた。
窓口の駅長さんには悠が二人分の駄賃を払った、終点まで乗ってきたのは二人だけだった。
「今日は来ないでしょ?うち。疲れてたらいいんだけど、来る?あなたの着替えなら何着か置いてあったと思うけど。子供たちも喜ぶし、王女様もいるし。」
「行くよ、行く。どうせ家に帰っても誰もいないし、夕食は僕が作るから泊めてくださいな。」
「あ、それじゃあこのまま来てね。絶対だよ。もう連れて行くからね。あなたのご飯好きだからさ、私も子供たちも。」
二人は夕暮れの中帰路についた。




