マーゴ・ジニエステの「裁きの銃」と田代みゆきの「Bird Land(鳥籠)」 (後編)
幸い、渡り廊下の扉に鍵はかかっていなかった。
重いその扉を動かすのに若干時間を要したマーゴだったが、なんとか新校舎の廊下から旧校舎へと続く廊下へ渡ることができた。学園内への地図は確実にそこにある、他の教室に期待をかけても苦労になるだけだ。
どこへ入ったから、どういう攻撃がマーゴに来るかもわからない。
新校舎から旧校舎へ上階から渡る廊下はない、今マーゴが渡ったのは一階の渡り廊下だ。生徒会室は旧校舎の三階だ。
(今度は自動の罠があると思ったら一気に突破しなくてはなりません…そう単純な自動系統のものは避けるのに難はないし。いつどこからみゆきさんが飛び出してきて能動の攻撃を仕掛けてくるかわかりませんから。)
今マーゴに分かっていることは、校舎のいたるところにマーゴの存在を感知して動き出す自動トラップが仕掛けられていること。
そしてみゆきは自分の見える範囲内の物体を自由自在に動かせること。
しかしみゆきはその後者の能力だけでマーゴと対峙した場合、勝算はないと見込んでいるということだった。
つまりマーゴはみゆきと一対一の状況を作り出せればいい。
その場所を見出すためには地図が必要だ。地図を見ればどこへ隠れるのが一番か、マーゴにも分かるはずだ。
しかし、最も罠が多いと思われた旧校舎の一回から三回までの道のりには、マーゴが生徒会室へ向け進んでいっても罠は一つとしてしかけられていなかった。これは不審に思われた。
(みゆきさんは私をあの渡り廊下で仕留められると思ったのかしら。)
マーゴはすぐに生徒会室へ難なく進み、避難用の地図を見つけた。
開き、するとその紙がマーゴの体を締め付けた。なんとなくこれは、マーゴにとって予想ができていた。
もしも相手をおびき出せるのなら、それでいい。罠がなかったことから、地図に記された場所に隠れているのではなく地図に記されていない、例えば掃除箱の中とかにみゆきは隠れているとマーゴは学園内を歩きながら察していた。
「あら、私が地図を見ようとするって、分かってたんですね。授業中まで変な絵を描いて過ごす女の子にしては頭がよろしいこと。授業すらロクに聞けないくせに。私、会った時からあなたのことをとってもおバカさんだと思っていましたのよ。ねぇ、そこにいるのでしょう?出て来ればいいのに。」
すぐにみゆきはマーゴが入ってきたのと同じ生徒会室の扉をガラガラと開け、箒を持って入ってきた。
その箒が木の床をからん、ころん、と音を立てマーゴの方へ近づいてくることにマーゴは少し怖くなった。しかしめいいっぱい、マーゴが手を下せる距離に入るまで挑発を続けなくてはならない。
「私が最後には…直接殴ってあげないと気が済まないのよ。」
みゆきは箒の柄の方を先にしてマーゴの顔めがけて振り切った。
「どう?痛い??」
「あら、私が木材ごときの一撃で痛いと思うと思って?自分の手で殴らないんですのね、そんなものであなた、気が晴れて?とことんゲスで品のない方ですわ。」
マーゴは口の中にできた血の唾をみゆきの顔に吐きかけた。
「は…いいですよ、せいぜい悪足搔きすればいいんだわ。すぐにマーゴさんはこの世から消えて無くなるんだから…私の能力は一生あなたをここに閉じ込める鳥籠。買ったの、ブラックマーケットのペットショップで。すぐに私のかわいい小鳥さんになるの。ずっとひとりぼっちになっちゃうけど、餌くらいはあげるから。
ところで…」
みゆきは顔についた血の唾をゆっくりと自分のハンカチで拭き取った。
「私が授業すらロクに聞けない女ですって!いいのよ!私には画才があるんだから!授業なんて!」
「あら、そうでしたの…?でも勘違い女って大概そういうふうなセリフを吐くものですわ…」
「なによ!私の絵なんてロクに見てもいないくせに!」
二度、三度と、幾度もみゆきは箒でマーゴの顔を叩いた。
「どう?これで満足した?マーゴさんも痛いのは嫌ですよね…悠にもう近づかないってみゆきに約束してくれたら、いいですよ。離してあげても。」
「あなたはいつから自称画才のある女の子から、人の自由を自分勝手に動かせる神様になったんですの?」
「だって私絵の天才だもの!悠ちゃんは褒めてくれる!
ここでみゆきがマーゴを殴りつけた回数は十回目になった。
「私、いろんな人に褒められた!先生にもすごいって言われた!悠ちゃんも褒めてくれる!あなただけよ…あなただけが私の才能を否定するのよ。あなたの方が惨めで馬鹿だわ。それに悠ちゃんに近づくんなら許さない。悠ちゃんは私だけの友達なんだから…」
「でも悠には家族がいましてよ…」
さすがに常人より痛みに強いマーゴも、弱々しく話し始めた。
「家族?王女様は家族が友達より大切だって言うのね!そうなのね!いつか離れてしまうものなのにそう言うのね。そんな家族なんてもの、いないも同然じゃない。死んでから悼んでくれる人なんて、友達くらいしかいないのよ。家族なんて自分の都合ばっかりなんだから。」
「あなた…家族が怖いんですの?」
「そうよ!家族なんて何にも認めてくれない!子供のことは自分勝手にしたいだけ!」
「あなたが未熟なだけですわ。」
ここでマーゴは反撃に出た。
みゆきの攻撃を幾度も受けていたのは、自分の「裁きの銃」という能力を十分に発揮するため必要な間だと思ったからだ。
恐らく銃が撃つ対象を「醜い人間」と判断して初めて引き金が引けるようになる。実は拘束された自分の体を解放するなんてことはマーゴにとって造作もないことだった。
それに、みゆきの思うことはもっともかもしれないとちらり、マーゴも思うことがあった。自分も家族には気にかけられたことのない人間だったから。
マーゴは鉄の銃器を、箒を振りかざしたみゆきの額につきつける。
一瞬だった。
「あ…」
「あなた、自分のことを天才だって言ってましたわよね。」
「は、はい…」
みゆきは初めて見る銃というものが、自分の顔に一寸の間もなくつきつけられていることに、やはり腰が引けてしまった。
「家族を大切にね、みゆきちゃん。
あなたが天才でも、あなたのことを天才たらしめるのはいつも他人ですわ。あなたの絵、実は私にとっても素敵でした、目が覚めたらまた見せてくださいね。嘘をついてごめんなさい。
あなたが今まで自分を天才だと思っていたことを忘れたとしても、絵を描き続けていたらですけど。そうしたら、誰もあなたの絵を責められないから。それにあなたの絵はもっと素敵になりますわ。
それに…」
マーゴは引き金を引いた。
「悠はあなたでもなく、私でもなく。一人の殿方にぞっこんの様子ですから…あなたも私も入り込む余地なんてありませんのよ。」
一つの銃声が無言の校舎の中に響いた。マーゴはおとといの夜や、昨晩のように、今度は校舎の床に突っ伏して徐々に気を失っていった。




