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異世界王女がやってくる!  作者: 橘麒麟
Ready With a Gun(その力は誰がために)
13/70

悠と盲目の男

つかつかと、赤い先端の棒が地面を叩いている。


男はその棒で物体の感触ではなく、音で周囲のものを確認しているらしい。時々すんすんと宙に向かって鼻を向けることから、匂いも頼りにしているようだ。


よく騒がしい駅の構内や街の中で、自分の音を聞き分けることができるものだ。きっと視覚以外の感覚が恐ろしく発達しているのだろう、そこから盲目であることにも年季が入っているのだと思われた。


ただ、彼も完璧にそれで歩くことはできないらしく、時々人にぶつかった。彼はそんな時、側から見ると不思議な方向へ向かってすみませんと言ってお辞儀をする。

すると周りの人々は汚いものでも見るように彼を見た、そして彼はちょっぴり悲しい目をして立ち止まるのだった。それでも彼は自分が目の見えない人間であるということに甘えることなく、誰でも人にぶつかってはいけない。


それは人に不快感を与えてしまうものだから、目が見えない人だって変わりない。そういうふうに生きているようだった。


やっと彼は自分が降りてきた新幹線専用の改札口を抜けると、人混みをかきわけ人の来ない道端で立ちすくんだ。彼があまり人とぶつからない理由は人の流れに逆らわないことにあるらしい、今度はたくさん人にぶつかった。


彼がしきりにお辞儀をしたり、謝ったり悲しい目をしたりしてゆっくり歩く様はやっぱり滑稽だった。


彼は必死に無表情で歩く人の群れの中、やがて落ち着ける場所を見つけると静かにため息をついた。


夏はすぐそこまで来ているはずなのに、まだ今の日暮れどきから夜にかけて冷たい風が時々吹いた。それで、人々はやがて来る夏というものを、信じきれないようだった。


彼は持っていた小さなカバンの中から音楽プレイヤーを取り出すと、片耳だけにイヤホンをはめた。彼の耳の中にこんなふうな音楽が流れ始めた。


”この頃郵便箱を覗くとね、これは僕のものだってその箱はしきりに叫んでいるようで。手紙には彼女が妊娠したんだってだけ書いてあった。

彼女の声も、吐息も、全部自分のものにしたいって思ったんだ。すぐに全部嘘だったみたいになって、夢から覚めた。でも今はその思い出にずたずたにされて、またずたずたにされて、ずっと悩んでるんだ。”


誰もが、盲目の男が壁に寄りかかり、音楽を聞いている姿に目を細めた。歩くのに邪魔なように見えたからだ、人があまり歩かない場所にいたとはいえ、人ごみの中にいたことは変わりない。


やがてすると、また一人駅の人混みをかきわけて走ってくる少女が見えた。男の方はハッと何かに気づいたようで、そちらへ顔を向けた。イヤホンを外した。


盲目の男と走ってきた少女はすぐに抱き合った。


「悠!君の足音はすぐにわかるね、僕は君がいなかったら、家に帰ってきたってことすら分からないね。」


「ううん、そんなことないでしょ?だって、あなた、この街にも息があってそれがどうんなふうにいつも動いてるか知ってる。」


「でも、僕は違うのに似ている街にやってきてしまったとしたら、僕は帰ってきたって分からない。僕だけそれが違うってこと、気づいていないだけかもしれないよ。だから、君が誠実な人だって知ってる僕が帰ってきてすぐ君の足音と声を聞けるのがすごくいい。」


「それじゃあ私が他の街にいたら気付かない?ここがあなたの街だってこと。」


「いいや、僕は自分の好きな全ての人について、その人が知ることを知る前から知っていると思うよ。まあ、名前とかは分からないかもしれないけれどね。僕の街っていうことはここがどういう街ってより、君の匂いがするってことのほうが大事かもしれない。」


周りの人々はこの二人を恋人の類だと思っていたが、実際はそうでなかった。


特にお互いはお互いのことをそういうふうに見ているわけではなかった。別に相手がどういう人間で、自分たちがどういう関係で、どうしてそばにいることがあるのかなど考えたことはなかった。


もともと恋というのはそういうものだった。そこに今誰かがいるというだけで、どちらかが特別、特別というものではない。幸せというものが長引くとしたらそれは本当の幸せではありえない。ただ今の幸せや出会った人について、赤裸々な自分を表現したいという欲求だけのことを恋と呼ぶのだ、二人はそれを心のどこかで理解した。


どうせいつか別れなければなかったし、それを長引かせるために結婚という制度があるわけではないことも理解していたし。悲しみや悩むことを卑下するわけではなかったけれど、どうしても何かが同じふうにして長引けば、それがどんどん嘘になっていくということを二人は最も知っていた。


それでも今日は。


「悠はもう、今日は暇でしょう?月曜日だけどね。」


「うん。」


「それじゃあ電車にまた乗ろう、僕に君がその窓からどんなものを見るのか教えておくれよ。お互い知らない場所へ行こう。」


二人は地元の錆びた電車の通る、駅のホームへ行って電車を持った。すぐに二人は電車の中へと消えた。


ところで、月曜日というのに男女のペアが駅構内を歩くことは多く、二人が再会を果たした横を藤実京介と水野晶子も通っていた。

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