月読(私が見た夢7)
こんな夢を見た。
私は一人の娘だった。
遠い昔、小さな村がたくさん存在した時代だった。
男が二人、村にやって来た。
若い男と年をとった男。
二人はこの村との和平のためにやって来た。
この村の女王、卑弥呼に会うために。
若い男は卑弥呼に会うのは初めてだった。
噂に聞く卑弥呼は恐ろしかった。
呪術を操り、神の声を聞くという。
若い男は緊張していた。
しかし、二人の前に現れた卑弥呼は美しかった。
卑弥呼は鋭い目で若い男を見た。
「和平を受け入れましょう」
和平はなされた。
これで安心だ。
男はホッとした。
その日の夜は宴会が催された。
村人は騒いだ。
私は宴会の間、若い男を見ていた。
若い男がそっと宴会を抜け出した。
私はすぐに若い男を追いかけた。
そっと草を踏む音に若い男は気づき、振り向いた。
「あなたが会った卑弥呼は偽者よ」
私は若い男を見て言った。
「偽者?
なぜ君がそれを知っている?」
「知っているから」
若い男は私を凝視した。
私はそれを無視して聞いた。
「あなたはいつまでここにいるの?」
「当分はここにいる」
「そう、じゃあ本物の卑弥呼に会わせてあげるわ。
明日、またここに来て」
私はそれだけを告げると宴会に戻っていった。
若い男は私の背中を見つめて呆然としているようだった。
次の日、私は若い男をある場所へ連れて行った。
「この中に卑弥呼がいるわ」
そこは小さな屋敷だった。
村の中心にある、村長の屋敷だ。
屋敷の中の小さな部屋に女が座っていた。
若い男は戸惑った。
あれが本物の卑弥呼?
先日会った卑弥呼とは対照的だった。
美しいが覇気がない。
虚ろに宙を眺めている。
その目が若い男を捕らえた。
「あなたは王になるでしょう。
全てを手に入れる」
女は若い男に手を差し伸べ、言った。
私は驚いた。
「どうして?
どうして、私には話しかけてくれないのに…!」
私は絶望した。
若い男に真実を見せ、卑弥呼を解放して欲しかった。
殺して欲しかった。
卑弥呼はいつも心を飛ばしていた。
目線は決して人を捕らえず、ただ宙を彷徨う。
そうして夜になると、月を眺めていた。
だから身代わりがいるのだ。
本物は役に立たないからと。
だから私は卑弥呼を殺して欲しかった。
自分では出来ないから。
なのに、卑弥呼は若い男に声をかけた。
未来を予言した。
そんな私を不振に思い、若い男は首をかしげた。
「あなたは王になるわ。
だって卑弥呼が予言したんだもの。
ねえ母様、そうなのでしょう?
彼はこの村を滅ぼすのね?」
私は女、卑弥呼に向かって話しかけた。
その時、初めて卑弥呼の目線が私を捉えた。
「愛しい子。
私はこの村と共に滅びるでしょう。
だから彼と共に行きなさい。
そうすれば幸せになれるわ」
そう言って私の頬を優しく撫でた。
私の目から涙がこぼれた。
卑弥呼はその涙も優しく拭ってくれた。
「母様…!」
卑弥呼は微笑んだ。
それは少女のように清らかな笑みだった。
「私は月読様とは一緒になることは出来なかった。
兄様が彼を殺めてしまったから。
でもお前は、一緒になれる。
お前は月読様と私の子供。
大切な子供。
どうか、この子を守って。
月読様に似たあなたになら出来るでしょう。
さあ、行きなさい」
そう言うと卑弥呼は、私と若い男を追い出した。
若い男は訳が分からずに、戸惑っている。
私はそんな彼を見た。
「あなた達がこの村に来たのは、和平のためではないでしょう?
それは私達も覚悟をしていた。
真実を教えて」
「…その通りだ。
和平など無意味なもの。
私達はこの村を手に入れるために来た。
そうしてこれからも沢山の村を手に入れる。
そのために来たのだ」
私は彼の目を強く見つめた。
彼は目を逸らすことはなかった。
「母様はきっと父様を殺めるのだと思う。
そうして自分も…」
そう言って私が屋敷を振り仰いだ時、屋敷から火の手が上がったのだった。