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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

こうなったら、とことん悪になります!

作者: キミマロ

 王国の端に聳える、黒牙の塔。

 かつて大森海を監視するために造られた城塞は、現在では高貴な者たちの幽閉施設と化していた。

 贅の限りを尽くし、趣味の築城に王国が傾くほどの財を費やした暴君。

 若さを求めて、一晩に十人もの処女の血を啜った公爵夫人。

 領民を気まぐれに串刺しにし、最後には不死身の怪物と化した伯爵。

 王国史で語られる悪人の大半が、ここで生涯を終えている。


「私も……とうとうここまで来てしまったか」


 天を支える柱のように、雄々しく聳え立つ黒曜の塔。

 陽光を滑らかに反射する石壁に目を細めながら、大きなため息をつく。

 本来ならば今頃は、都で城でも眺めているはずだった。

 それが遥か彼方の辺境で、物寂しい牢獄の塔を眺めることになるとは。

 人生の歯車が狂うにも、ほどがあろうに。


「なんで……」


 公爵家の次女として産まれて、幼い頃はそれなりに幸せだった。

 いや、とても恵まれていたと言っても良い。

 父も母も私をたっぷりと愛してくれたし、使用人の皆も尽くしてくれた。

 しかし、十歳を境に私の人生はおかしくなった。

 

 忘れもしない、十歳の誕生日。

 私は王国貴族の習わしである「祝福の儀」を行った。

 祝福の儀とは、神々や精霊から加護を賜る重要な儀式のこと。

 加護はこの世界で生きていくためには大切なものであり、王国貴族にとっては自分たちの支配の正当性を主張するための象徴でもある。

 加護が無ければ魔法を使う上で大きなハンデを背負うことにもなるし、人としての価値を神々に認められていないということにもなるのだ。


 我が王国は、光の女神の祝福を受けているとされる。

 遠縁ながらも王家の血を引く公爵家の娘ならば、光の神から大きな加護を賜ることが普通だった。

 しかし、私が受けられた加護は――光の下級精霊、それも最下層に近いようなものからのごくわずかなもの。

 平民でも珍しいレベルの「落ちこぼれ」だった。


「さっさと嫁に出すしかない」


 口汚く罵るでも落胆するでもなく、父はただ一言、こう言った。

 光のない冷え冷えとした目が、今でも心の底に焼き付いている。

 あの時の父の眼差しは、既に父親としての物ではなかった。

 ――この道具を、どう上手く利用するか。

 貪欲で冷静な、駆け引き上手の公爵としての眼差しだった。


 それに対して、母は感情を剥き出しにして叫んだ。

 今までぶつけられたことのない強烈な悪意。

 人生で初めて感じた恐怖に、私は赤ん坊に帰って泣いた。

 でも、泣けば泣くほど母のヒステリーはひどくなり、しまいには手が出た。

 側仕えのメイドに庇われていなかったら、今頃私は死んでいたかもしれない。

 そう思えてしまうほど、あの時の母は恐ろしかった。


 そんな私であったが、まだ決定的な破滅には至っていなかった。

 加護が無い程度では、黒牙の塔に閉じ込めてしまおうなどとは考えないだろう。

 細々ながらも「公爵家の娘」として命脈を保っていた私が、名だたる悪人たちと同じ扱いを受けることになった原因は――つい一か月前にある。

 私は友人だと思っていた少女に、何もかもを奪われたのだ。


 十三歳の春。

 私は魔法学園に入学した。

 驚いたことに、ほとんど加護が無いと言っていい状態にもかかわらず、私は魔法に関して才能があった。

 私自身が持つ生身の魔力だけで、神や精霊の加護を受けている貴族や王族たちと互角、いや、それ以上にわたり合うことが出来たのだ。


 ――加護が無いのに、魔力は強大で魔法は極めて上手く扱える。

 この事実は私にいくらかの自信をもたらしたが、同時に孤独ももたらした。

 生徒たちの多くは、私のことを非常に気味悪がったのだ。

 貴族の中でも特に高貴な家柄と言うこともあって、いじめられるなどと言うことは全くなかったが、少しずつ遠巻きにされたのである。


 そんな折に現れたのが、平民の少女のルルカであった。

 魔法学園はその性質上、加護を持った貴族が多く通っている。

 というよりも、実質的に貴族のための学園であると言っていい。

 ルルカはそんな中にあっては非常に珍しい、平民出身の特待生であった。


 平民でありながらも神に愛された彼女は、王族並みの加護を持っていた。

 魔法の力は一般的には受けている加護の大きさに比例するので、当然のことながら成績も良い。

 私に続いて、学園二位を取るほどだった。

 容姿も、どことなく垢抜けない雰囲気があったが、愛嬌のある美貌と言えた。


 平民で、成績が良くて、顔も良い。

 貴族の女生徒たちが、ルルカをいじめないはずがなかった。

 私は当初、自分が巻き込まれるのが嫌で彼女に対するいじめを傍観していた。

 しかし、それが次第にエスカレートしてついに手が出るようになった頃。

 自分の過去の境遇と重なり合ったのだろう。

 私は彼女を庇って、いじめっ子の女生徒たちに無詠唱魔法をぶち込んでやった。


「ありがとう! ……システム的に、エリーシャが無詠唱なんて使えるはずないんだけどな」


 助けてあげた時の、不思議と目が覚めるような笑顔と奇妙な言動。

 当時はあまり気にしていなかったが、今思えばあれはどういう意味だったのだろう。

 良くは分からなかったが、それをきっかけに私とルルカは友達になった。

 もともと周囲から浮いていた者同士だったので、波長が合ったのかもしれない。


 休みには一緒に街へ出かけ。

 学校が半休になればお互いの寮室に泊まりに行き。

 食堂の献立で嫌いなものが出ると、こっそり交換したりもした。

 私にとってかけがえのない友人。

 親友と言ってもいいかもしれないほどだった。


 それが少しずつおかしくなりだしたのは、高等部に上がった頃であった。

 ルルカの周りに、次々と男が現れたのである。

 最初のうちはルルカの頑張りと魅力がとうとう認められたんだろうと、友人として誇らしく思っていた。

 こういうと何だが、彼女の周りで繰り広げられる恋愛模様を、遠目で楽しんでいたような節もある。

 

 しかし、その危ういながらも微笑ましい関係は、王子の登場をきっかけに崩れた。

 平民の娘と大陸屈指の大国の王子。

 あまりに不釣合いすぎる身分。

 付き合えば二人とも不幸になると感じた私は、やんわりと王子はあきらめるようにルルカに告げた。

 すると彼女は――酷く爽やかな顔で、こう告げた。


「やっぱり、エリーシャはエリーシャだったんだ。がっかりした、この極悪女!」


 極悪――そんなこと露にも思っていなかった私は、その場で硬直した。

 あまりのことに、私はその時、彼女が冗談を言っているとばかり思った。

 長い付き合いであったし、ふざけているんだろうと。

 だが、ルルカはふざけてなんかいなかった。

 彼女は取巻きの男子や王子に、私に対する根も葉もないうわさを次々と流し始めたのである。

 もともと嫌われ者だった私の立場は、一気に転げ落ちていった。


 そうして迎えた、ある日のこと。

 私は行っても居ない実技試験の不正で、学園長直々に糾弾された。

 曰く「エリーシャ・ロレーヌは、実技試験に際してルルカを脅し、自らの身代わりとしていた!」と。


 当然のことながら、私はその場で反論した。

 そのような事実はないし、そもそもそんなことができるほど学園側のチェックは甘くない。

 学園の実技試験は一流の魔導師の立ち合いの上で行われるのだ。

 替え玉なんて荒業を使ったら、例え魔法でごまかしたとしても、あっという間にばれてしまう。

 だが私がいくら吠えようと、その場にいた学園長や教師は聞く耳を持たなかった。

 さめざめと泣いたふりをするルルカの訴えに同調して、批判の声ばかり浴びせかけてきた。


 考えてみれば、学園側としても加護が無いのに常に成績トップを叩き出していた私のことが、面倒だったのかもしれない。

 加護が与える絶大な魔力とその優位性は、貴族による王国支配の礎となるものなのだから。

 それに真っ向から喧嘩を売る私は、さっさといなくなってくれた方がいいとでも思ったのだろう。

 ルルカの裏切りと学園の思惑。

 そして、何故か盲目的にルルカを支持する貴公子たちの権力。

 この三つが合わさって、茶番は起きたに違いない。


 即日、学園は退学。

 仕方なく実家へ戻ろうとした私は、屋敷の敷居をまたぐ前に門番から締め出しを食らった。

 父も母も、私のことはすでに家族として認めていないとのこと。

 顔を合わせて釈明することすら許されなかった私は、その場で粗末な馬車に乗せ換えられ、黒牙の塔へと旅立った。

 そして今に至る、と言うわけだ。


「ああ、憎い。いっそ、こんな国は消えてしまえばいいのに」


 憎悪と虚無感に満ちた声が、粗末な幌を揺らす。

 その時、不意に馬が嘶いた。

 にわかに馬車が揺れて、車輪が静止する。

 脇を固めていた騎士が、馬から降りて剣を構えた。

 緊張――魔力が乱れるのが、私にもはっきりと感じられる。

 黒々とした魔力の塊が、森の奥からこちらに向かって疾走してきていた。

 速い、風を思わせるほど。

 瞬く間に接近した魔力は、木々の陰からそのまがまがしい正体を現す。


「オーガッ!!」


 騎士の叫び、馬の狂乱。

 筋骨隆々とした赤金色の巨人が、自慢の棍棒を振り上げる。

 樹齢百年にも達しようかと言う巨木が、風の前の若木のように薙ぎ倒された。

 護衛の騎士はとっさに剣で防ごうとするが、なすすべもなく馬ごと吹っ飛んでいく。

 身体は潰れ、鎧の隙間から盛大に血が飛び出した。

 

 オーガ、冒険者殺しと名高い凶悪な亜人種だ。

 私も魔法学園でトップを張る実力はあるが、まだまだ修行中の身。

 こんな大物に、いきなり勝てるはずはない。


「ああ、神様……!」


 十字を切り、天を仰ぐ。

 加護を授けてくれなかった神様だが、さすがに祈らずにはいられない。

 今からでもいい。

 私に、私に力を!

 この怪物を打ち倒すだけの力を!


 懸命に祈る。

 瞳を閉じて、意識を深く深く沈めていった。

 だがその時、聞こえたのは――予想外の声だった。


『マオウサマ、ムカエニキタ』

「はい?」


 目を開けてみれば、オーガが馬車を覗き込んできていた。

 巨大な顔が、窮屈そうに幌と骨組みの合間に挟まりこんでいる。

 しかしその目は、不思議なほどに穏やかだった。

 醜悪な顔が、どことなく愛嬌を持ってみるのは何故だろう。

 どこか懐かしさまで感じてしまう。


『ハヤク、シロニ。ショウグンサマタチガ、マッテイル』

「え!? ど、どういうこと!?」

『アナタサマハ、マオウ。ソノミニミチルチカラ、マチガイナイ』

「私が……魔王?」


 大森海の果てに住み、人類の存亡をも脅かしたとされる魔物たちの王。

 神々に戦争を挑み、その半数を殺したとされる絶対的強者。

 最強とされた光の神ですらもその存在を滅しきれず、転生を繰り返す化け物。

 最悪にして最強の悪の化身、それこそが魔王だ。


『ソウダ、ウツワハニンゲンダガ、タマシイハマオウ』

「はは……。そうだったんだ。はははッ!!」


 気が付けば、私は笑っていた。

 そうか、私の魂は魔王だったのか!

 どおりで、神の加護なんて受けられなかったはずだ。

 運命に嫌われたはずだ!

 今まで自分に起きた出来事のすべてが、しっくりとくる。


「面白いじゃない。私が魔王だっていうなら――とことん悪になりましょう。王国も、王子もルルカも許さないッ!!」


 新生魔王エリーシャ。

 のちに、人類だけでなく神々までも恐怖のどん底に突き落とす怪物が誕生した瞬間である――。

ファンタジーで悪役と言えば、やっぱり魔王なんだ(棒)

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