王子様と女官長
「殿下……」
「わかっているよ、マクシミリアン普通なら許されないだろう。だが貴方も言ったようにこの国はこのままでは全ての笑顔が消えるだろう。そうしない為にも私はやらないといけないのだ」
「ハッ、誓いました忠誠に賭けて必ずや相応しい人材をご紹介致します」
ヴォルフラムがマクシミリアンに命じたのは三つ。
最初の命令は単純だった。この王宮にいる者でマクシミリアンがこれはと思う人物をヴォルフラムに紹介する事。この城全てをマクシミリアンが知っている訳では無いが、それでも宰相として重要な人物は全て抑えているし、長年の情報や人脈によって、ヴォルフラムが全員を調べ上げて能力や忠誠心を考察するよりも断然手間も掛からず精度も高いものとなる。
「後宮は……」
「うん、そこは女官長と相談しておこうと思う」
「それが宜しいかと、まず最初に殿下へ推薦するならばアーデルハイド夫人で御座います故。彼女でしたら間違いなく殿下のお力になりましょう」
そして、ヴォルフラムの二つ目の命令に絶対必要な人物でもある。
「では、また後日ご連絡を致します」
「宜しく頼む」
「勿体無きお言葉……ではこれにて」
マクシミリアンは見事な所作で挨拶を済ませて退室した。
「頑張らないと……」
静けさの中にヴォルフラムの呟きだけがひっそりと吸い込まれた。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
ノックの音と共にアーデルハイド夫人が入室してきた。
本来ならば彼女はどの部屋もノックの必要のない立場だが、こうした場に合わせたりする時にはこうして知らせるのである。
「アーデルハイド夫人」
「宰相閣下とのお話はお済みになられましたか」
「ええ、問題はないです。それよりもアーデルハイド夫人を推薦して頂きましたよ」
「それは何にで御座いましょうか?」
「ふふ、何時もなら秘密と言いたいけれど今回はそうは行かないね」
秘密とは毎回隠れて城の外へとでるのにヴォルフラムが帰ってきていう科白だった。幾度もアーデルハイド夫人はヴォルフラムに問いかけてははぐらかされていたのだ。
「後宮女官総轄長アーデルハイド・ザフィーア・バルツァー。貴方に問おう」
「ハッ、何なりと」
「後宮の現状と、それに関する意見を述べて欲しい、ああ、宰相にも伝えたがこの部屋は外へ音は洩らさないから何を言ってくれても大丈夫」
宰相と同じような反応を示すかと思ったヴォルフラムだが、いい意味で期待は裏切られる。アーデルハイド夫人は至って平静であった。後宮を取り仕切る役職にいるのは伊達ではなかった。
「では……そうですね、先ずは王太子殿下の所在を時折見失ってしまう事が問題でございますね、後宮を管理する私としては大変な問題で御座います。ですがそういう事では御座いませんのでしょうし、お聞きしてもこれには答えて頂けると思っておりませんので、他の事……となりますと、支出が嵩み、国庫に負担をかけております。国王陛下は衣類から食事や酒まで贅を好まれます。この部屋も使われなくなって久しく、問題が御座います。お諌めすれば確実に閑職へと移動させられる者が多く、現状は思わしく御座いません。
「ならば、アーデルハイド夫人はどうするべきと考える」
「私が管理すべきは後宮では御座いますが、これ以上の拡大は国を揺るがしましょう、簡素化が望ましいかと存じます。出来ましたら閉鎖などが好ましゅう御座いますが」
流石に言い淀む事である、後宮を閉鎖した方が国の為にはなるが、国王が望む事に反対する事なのだ。
「うん、私とよく似た意見だね。どうだろうか、アーデルハイド・S・バルツァー我が臣として忠誠を誓ってくれないか」
「私の忠誠は既に」
「済まないね、言い方が足りないんだった。国でもなく王でもなくヴォルフラムという私に対してのみの忠誠を誓って欲しい。このままでは国は疲弊し、国王は贅を凝らして民の笑顔を奪うだけだ。もう一度頼もう、是非私自身への忠誠を誓って欲しい」
「王太子殿下個人へで御座いますか。私などで宜しければと言いたい所でございますが、一つ条件をつけても宜しいでしょうか」
「うむ、なんだろうか」
「姿を消される際は何かご事情も御座いましょうが、出来れば私にご一報だけ下さいませ、臣たるものご事情をできるだけ把握したく」
「うーん」
さて困ったとヴォルフラムは思う。条件というから何かと思えば当然の要求でもありながら、これを果たして教えても良い物かどうか……いや、主となるならば主として臣に慕われるべきである。説明して理解してもらうしかないよねと踏ん切りをつけた。
「わかった、それは今後貴女には説明をしよう」
「それさえ聞いて頂けましたならばこの私の非才の全てを貴方様へと捧げましょう。何時かこういう日が来ると思っておりました」
アーデルハイドこそはヴォルフラムが非凡である事を一番最初に認めた大人であり、同時に一番困らされた当事者であった。故にそう遠くない未来、この方に頭を垂れるであろうと予測しえた、それは彼女の優秀な頭脳があってこその結論であり、見事に後宮を引き締めている手腕を証明していたと言えるだろう。
「では、貴方には宰相とは別に、後宮での信頼の置ける人物について話し合いたい、が何時までも此処にいるのもどうかと思う。それと宰相に会ったのはお菓子についてというような別の噂を流して欲しい」
「菓子でございますか……そうですね、後は本の貸し出しなどについての話をした事にしておきましょう。殿下であればそれで後宮のものは納得致します」
「宜しく頼む」
その後ヴォルフラムは離宮へと戻り、アーデルハイド夫人は早速説明をされて腰を抜かしそうになったのは余談であった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
そして一ヶ月が過ぎた。
その間にヴォルフラム幾度か謁見室へ本のやり取りという名目で訪れては数名の人物を紹介されて忠誠を誓わせ続ける日々を送った。そしてマクシミリアンに命じた命令の一つを実行に移す時が訪れた。
国王を後宮の一室に押し込み病気であると発表し国王代理にヴォルフラムが就任する。
これがヴォルフラムの命令の二つ目であった。
普通ならば在り得ない事態である。だがしかしヴォルフラムが躊躇すれば国は何れ衰退しより多くの人が苦しむ。ならば原因となる者を排除するしか方法は無かった。といって誅する事は躊躇われる。故に軟禁する事となったのだが……
「殿下、本当にこの人数だけで行うのでしょうか」
「心配は要らないよ……それにこの事は多くの人が知らない方がいいのさ」
「ですが、可能でしょうか、いくら後宮と言えど……」
「うん、その辺の説明は……僕の友人を紹介してからにしよう」
「殿下の」
「ご友人?」
マクシミリアンもアーデルハイド夫人も首を傾げる。はて、まだご学友の手配もされておらず友人と言える人物など居ただろうかと思ったのだ。
「驚くのも無理は無いさ……」二人の背後から突然声が掛けられた。