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老宰相と王子様

 老宰相マクシミリアン。

 先代国王の時代より使え続けてきた重臣。

 多くの国の人間が彼の功績を語り、現王の治世は彼失くしては成り立たないと断言する程の重要人物。

 その彼の元へ使者が訪れた。使者として赴いたのは後宮の女官長である、アーデルハイドであった。

 後宮女官総轄長、それがアーデルハイドの正式な役職。

 彼女もまた長期に渡り王宮に勤める云わば生え抜きの人材であり、最近の後宮の増員や諸問題を一手に引き受け王宮の奥の秩序を守りきっている一人の忠臣。決して使いで現れて良い様な人物ではない。その彼女が尋ねてくると言う事は王からの伝言、若しくは重要な案件の相談であろうと、老宰相は秘書官に面会を受ける旨を告げる。

 又もや難題でも降りかかるのか、それとも新しい王妃を望むのか、それとも……

 考えうる問題の可能性を脳裏に浮かべた彼は考えを振り払うかのように首を振った。何も必ず問題が起きる訳でもないではないかと。だが一度浮かんだものは簡単には振り払えなかったようで溜息をついていた。

 そこへ扉を叩く音が響く、入室の許可を告げれば珍しいことに女官長は慌てた様子で転がり込んで来た。


「ふむ、どうなされたのかな、アーデルハイド夫人」

「失礼を、ですが此ればかりは急ぎと思い……」


 どうやら悪い予感が当たってしまったようであると暗い気持ちながらも落ち着いて老宰相は先を促した。


「王太子殿下が」

「何!? 如何したのだ、よもや病気や怪我ではなかろうな」


 全てを聞くまでも無く平然としていたマクシミリアンも慌てた、想定していた中には王太子ヴォルフラムの事までは計算に入っていなかった。それだけこの国にとって王族とは貴種であり、唯一男子継承権を持つヴォルフラムは最重要人物。現王よりも次代への期待を持っているマクシミリアンならば、女官長の言葉を遮ってしまったのも仕方が無い。


「大丈夫です、別に王太子殿下の身に何か在った訳ではございません。ですが、王太子殿下が宰相を呼ぶか若しくはそれが叶わないのであれば此方へ赴くと仰られまして。その事態は一刻を争う為に四半刻以上は待たないと!」

「アーデルハイド夫人、早急に謁見の部屋の準備を!」


 後宮には男は当然の事ながら入ることが禁止されている。必要があれば中間地点に設けられた謁見の間かもしくは此方の執務室などで会うしかない。だが幼い王太子を外に出すことを躊躇ったマクシミリアンは慌てた。だが、そこは長年後宮を取り仕切る女官長が弁えていた。


「それは既に用意を整えて御座います、もしも待たれない場合は其方へとご案内するようにも申し付けておりますので、お支度をお願い致します」

「そうか、ではこのままお伺いしよう」


 これ以上に事態が悪化しない為には王太子殿下の下へと早急に向かうしかない。そう判断したからこそ、簡易な服装に上着だけを羽織り直した彼は部屋を飛び出す。そして老人とは思えない速度で廊下を走りぬけた。普段に老宰相が此れ程慌てた様子を見ていない衛兵達は驚きながらも即座に道を譲った。



「お待たせを致しました!」


 部屋に入るなり跪いて挨拶をする老宰相にヴォルフラムは少し驚いた。

 呼びつけたのは自分。にも拘らずこうして老宰相が頭を下げるという事は、その原因があるという事を示した。王家が重要であるのか、個人的な忠誠ならばまだ良い。だが若しもこれが祖父の代、いや先祖代々の物で強制した結果だとしたら。そう思い浮かべたヴォルフラムの心には痛みが走った。


「宰相、マクシミリアン、ですね」

「ハハッァ、マクシミリアンデ御座います、お目通りが叶い恐悦至極、お待たせしました事は「ストップ」ハ?」


 席を立ってヴォルフラムは跪くマクシミリアンの肩へと手を当てた。


「済まない、そこまで貴方が卑下する必要性は何処にも無い。寧ろ此処までの可能性を考慮していなかった私にこそ責があるだろう。だから顔を上げて席についてくれないだろうか」


 この対応にマクシミリアンは震えた。何かが違うのかも知れないと以前の報告などでも思っていたが、想像以上であった。己が仕えた王は二人であったが、何れも王の王たる威厳のみを大事にする王であった。だが目の前の王太子はどうか、齢6歳を過ぎたばかりであるのにも関わらず、その威厳を持つ態度とは逆をいく姿勢で相手に接する事を成し遂げている。


「有り難きお言葉、では失礼いたします」

「呼びつけたのは私だからね、まずは聞きたいことが幾つかあるので教えて欲しい」

「ハッ、何なりと」

「先ずは、この国の状況から教えて欲しい、現状の納税、後宮など問題であると宰相が考えている事を教えて欲しい、この部屋には結界もあるから音も漏れない、だから思うところを正直に教えて欲しい」


 更に驚きの声を上げなかったマクシミリアンは流石であったとしか言いようが無い。

 その配慮の深さにまず感心をする。だが問題はその結界をどうしているのか、そこが問題なのだが、敢えて彼はそのことを流した。


「では、先ず国の税の問題から参りましょう……」


 マクシミリアンの見るこの国の現状はまだ大丈夫ではあるが、何れ根が腐ったように崩れ去る未来というものだった。元々の豊かな大地と森の恵みはあるが、働く人間が戦争で命を散らしていた為だ。

 更に増えた領土に伴って支出も必然的に増える。その採算があっていない。

 にも拘らず後宮などで費用は嵩んでいく一方。税も高くなり国民は苦しむしか無い。

 そうなれば早晩人が国についてこなくなる。だが権限を持つのは国王である。意見の具申や立案が可能であろうとも其れが通らなければ行動が出来ず行政が立ち止まり、王からは要望のみがもたらされていた。

 その点だけは先王は怠らなかったので、どちらも変わらずに厄介ではあるという物。他にも兵の維持についてや国同士の問題など多くの問題が列挙されていく。

 最後まで聞いていて、それでも尚、国王が貴種として見られている事の不自然さに唖然としたヴォルフラムはこう問いかけた。


「何故そこまで酷くとも王族である必要性があると?」

「それはこの国の成り立ちからの事……王とは人を導き、民を守り、慈しむ者であり竜に認められた王家だけがその資格を持つというのがこの国の伝承です。過去数回に渡って国王の御世に他国からの侵略があった際、何処からとも無く巨大な竜が現れてこの国は守られております。其れこそが竜に選ばれた国王の血。

 そして王家を何よりも重要と見做している要因で御座います」

「でも、王が国を滅ぼすなら……その竜はどうすると思う?」

「は……考えた事が御座いませんでしたが、見放されるか、若しくは……」

「そうだね私なら壊すか始末するか、いずれにせよそんな民をないがしろにして良い訳がない、そこで宰相に私への協力と忠誠を誓って欲しい」

「王太子殿下への忠誠は」

「いや、王太子としてではなくヴォルフラムとして忠誠を誓って欲しいのだ。この国に笑顔を取り戻す為に協力してくれないかマクシミリアン・(エアハルト)(ルービン)・ブレターニッツ」


 老いた筈の肉体が、魂がこの方に仕える事こそが我が人生の目的であったと訴えかける。

 その欲求は正に臣たらんとするに相応しい君を見つけた男の喜びであった。


「このマクシミリアン・E・R・ブレターニッツ、ヴォルフラム様へこの老骨の全てをもってお仕え致しましょうぞ、何なりとご命令を」

「では、先ず一番最初の命を告げる」


 この日の出来事を後に老宰相はこう問いかけた「光る竜の子に出逢ったらお主はどうする」かと。

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