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弐章 創覇大学の騒乱 その4

 大学を手中にしようとする秀政との対決。

 その結末は、思わぬ方向に……

 西九号棟の屋上。強風の吹きすさぶその場所で、秀政と山田、そして啓壱朗は睨みあった。

「敏夫。お前も意外にフェアな男だな。わざわざ決闘の場所を指定するとは」

 秀政は腕組みをしてニィッと破顔する。

 スーツがはち切れんばかりの肉体を見せながら、あくまで余裕に満ち溢れた顔を見せる。

「秀政。君とは学生時代、いつもここで決闘をした仲だ。この場を選ぶのが礼儀だろう」

 山田は鬼のごとき凄まじい形相で秀政に言う。

 脂肪の塊のような巨体は、体格的には全く学長に引けを取らない。

「言っておくがな敏夫。お前とは同期で創覇に入ったが、決闘でお前に敗北したことは一度もない。負けたのは唯一、六波羅だけだ。その六波羅が死んだ今、私を倒せる者はおらぬよ」

 啓壱朗はその話を聞いて、父の強さに改めて戦慄した。

 理事長以外に無敗ということは、学生全て、教員全てに対して無敗。

 こんな強者をどうやって倒すというのか……?

「啓壱朗君、落ち着きなさい。一人で戦うわけじゃない。僕のサポートをお願いします」

「え、ええ……」

 山田は比較的冷静だった。啓壱朗はうろたえながら応じる。

「行くぞ!!」

 大声を張り上げて、山田は巨体に見合わぬ神速で秀政に突貫する。

「六波羅流、旋転豪破脚せんてんごうはきゃく!!」

 理事長仕込みの六波羅流拳法が炸裂するッ!

 顔面向けて常人なら即死確実な最重量の上段蹴りを放つが、秀政は余裕を持ってガードした。

蒼龍風戦陣エアコントロールッ!」

 啓壱朗は風を操る蒼龍の技を展開、屋上付近の風を集め、秀政に上方から猛烈な突風を吹き付け、その動きを封じた。

 そこへ、山田が不可避の追撃を叩き込む。

「六波羅流、徹甲超拳撃てっこうちょうけんげきッ! ……何っ!?」

 山田の放った全力の豪拳を、秀政は明王のごとき掌で、バシッとあっさり受け止めた。

「おやおや、これは凄いな。私としたことが止めるので精一杯だ。ところで啓壱朗よ、教えをきちんと守っていて感心だな。風吹く場所では『蒼龍』の技を使う、まさに基本的なことだ」

 山田と啓壱朗は、心の底から秀政の強さを畏れた。

 二人がかりで攻めているのに、いつでも殺せるとばかりに笑む学長。

「だがお前には再教育が必要だ。本当の『蒼龍』の技を見せてやろう……」

 そう言うと、秀政は啓壱朗の蒼龍風戦陣エアコントロールを思念力で打ち崩し、風を自らのコントロール下に置いた。全く格が違う。

蒼龍旋風破そうりゅうせんぷうは……!!」

「うわああああああっ!?」

 激しくうねる横向きの竜巻を起こして、啓壱朗に向けて放つッ。

 対抗する間もなく烈風に飲まれ、屋上の鉄柵にドゴァと叩き込まれる啓壱朗。

「がはあっ!」

「ふん、白虎嵐雹撃びゃっこらんひょうげき……!」

 氷を司る『白虎』の技で追撃する。

 無数の巨雹を宙に形成し、機関砲のごとき弾幕を啓壱朗に射出ッ。

「ぐガァッ! うガァッ! ばガァッ!!」

 鉄球のごとき破壊力を持つ氷弾が、銃弾のごとき速度で啓壱朗を襲う。

 肩や肘や水月にヒットして骨が歪み、体がへこんで青紫のあざができた。

「うぅっ……ぐぅっ……」

 顔を歪めて倒れる啓壱朗。父を倒したいという想いは、圧倒的戦力差によって打ち砕かれた。

 相手は四神の技の全てを熟知している。どんな技を繰り出しても全て返されるだけだ。

 浅くない傷を負い、まして心が折られては、戦いを続けることができなかった。

「まずは一人……。次はお前だ、敏夫」

「……君は、ああやって息子を育ててきたのか?」

「そうだ。私の四神の技を体で受け、その真似をして啓壱朗は強くなるのだ。今も良い教育の機会だった。バカ息子でも親に逆らってはいけないと悟ったであろう、ククク……」

 悪趣味な笑いを見せる秀政。このような『教育』は日常茶飯事だった。

 啓壱朗の体は火傷や凍傷や切り傷、打撲などでズタボロにされていた。

「人はそれを『虐待』と言うのだ。君の自分勝手さは相変わらずだな?」

「自分勝手とは言葉が悪いな。当然の権力の行使と言ってくれたまえ。奴は私より弱い。弱者は強者に屈するのが当然だ。弱き者に意見する権利などない、そう貴様もな……!」

「戯言を……っ!」

 山田は怒りに打ち震えた。

 ボンッッと音を立て上半身の服を破り、高密度に圧縮された筋肉を晒す。

 思念に反応した髪が激しく逆立ち、思念力が凄まじい光のエネルギーとなって迸る。

「や、山田先生……! な……なんて肉体なんだッ!」

 脇腹を抑えながら、四つん這いになった啓壱朗は驚愕する。

「僕は怒ったぞ秀政ッ! 貴様はここで倒すッ! 理事長の仇をなッ!!」

 山田から放たれる思念が空間を歪ませ、絶大なるオーラを纏ったかのようにさえ感じさせた。

「ぬああああああああああああああーーっっ!!」

 巨体に見合わぬ神速で突貫。

 秀政は蒼龍旋風破そうりゅうせんぷうはを放ったが、凄まじい脚力で無理矢理に突破する。

「ふん、ボディが甘いわッ!」

 二人は近接戦闘に突入した。秀政は強大な物理力を込めて腹部にアッパーを叩き込む。

 が、脂肪が厚く腹筋もダイヤモンド並で全く効かなかった。

 山田はカウンターで平手を学長の顔に振るう。

「ぬぐァっ!?」

 カウンターヒットしてきりもみ回転しつつ吹き飛ばされる秀政。

 最大のチャンス。山田の掌に、凄まじい思念力の光輝が集中するッ!

「六波羅流奥義、思念波動砲はああああーッ!!」

「な……に……ぐわああああああッ!!」

 ゴアボバゥッと全力の思念波動が放たれ、屋上から天空に向けて光波と衝撃波が広がるッ!

 まともに食らった秀政は顔面を歪ませて波動に飲まれ、光の中に消えた。

「や……やったッ! 父を倒したッ!」

 啓壱朗は声を上げた。黒焦げになった秀政がどしゃっと屋上に落ちる。

「……なるほどな。二十年前の敏夫とは違うらしい……」

 だが、秀政はゆらりと起き上がる。

「しかし生憎だが、私はこの二十年、常に理事長と戦いを続けてきた。この程度の思念波動は毎度のように食らってきたのだよ。決定打とは言えんな」

 常人なら即死、教員クラスでも卒倒は免れない一撃だったはず。

 しかし、秀政の人間離れしたタフネスはそれを耐えきった。

「お前が格上なのは知っているさ……」

 あれほどの攻撃を放ったにも関わらず、山田は謙虚だった。

 服を焦がしただけで手ごたえがなかったのは本人が一番良く分かっている。

「理解できんな。なぜ無駄と分かって戦いを挑む? お前に待っているのは敗北だけだぞ」

 ボキッッゴキッッと首を捻って肩こりを取る秀政。

「僕は教員だ。学生のために戦うのが仕事だよ。お前を倒せるなら差し違えても構わんさ……敗北など些細なことだッ!」

 山田はそう叫び、再び突貫するが、秀政は灼熱の業炎で迎え撃ったッ。

朱雀灼焔覇すざくしゃくえんは!!」

「ぐわあっ!?」

 巨大な火鳥を模した獄炎を放つ、四神の奥義。山田は巨炎に飲まれた。

「せ、先生ーっ!!」

 思わず叫ぶ啓壱朗。いかに鋼の肉体と言えども、火炎を防ぐことはできない。

 だが、山田はドンッッと地面を蹴って大火から抜け出し、秀政に体当たりをブチかました。

「ぐぼっ……!?」

 鋼の肉体同士が激しくぶつかり合い、秀政は屋上端の鉄柵に叩き込まれる。

 背中を強打して口から激しく血糊を吐く。驚愕に顔を歪める。

「相討ち覚悟だッ!! くたばれ!!」

 燃え上がる体に構わず、さらに拳を叩き込む山田。だが、秀政はすんでのところで避けた。

 後ろの鉄柵が巨腕の一撃でズバドゴァッと破壊される。

「グッ! おのれ、朱雀紅蓮爆すざくこうれんばく!!」

「ぬわあっ!?」

 秀政は窮地に至り、手元から指向性の大爆発を放つ。

 とっさの技だったが、近接していた山田はまともに爆破を食らった。

 そして爆風に飛ばされた先に床はなく、ビルの高層から地面へと墜落。

「う……うわああぁぁぁーーーーっ!!」

 山田は重力加速のなすがままにアスファルトに叩きつけられ、凄まじい砂塵を巻き起こした。

 そして……立ち上がることはなかった。

「はぁっ……はぁっ……おのれ、敏夫め。弱者の分際で私を追い詰めるとは……ッ!」

 そう毒づくが、何にせよ勝利した。秀政はニヤッと笑う。啓壱朗は絶望する。

「そ、そんな……山田先生が……っ」

「啓壱朗、これでわかっただろう。この私こそが大学の覇者にふさわ……」

 勝ち台詞を言いかけて、秀政は後ろを振り返る。

 敵はもういないはずだが、何か違和感があった。

「何だ……?」

 そのまま屋上の中央に進み出て、ぐるりと辺りを見回す。誰もいない。

 しかし実際には、そこに迷彩ステルスを発動したミミカがいた。屋上に到着したばかりだった。

 山田を倒されたのを見て、怒りに震えている。絶対に倒すと心に誓った。

(よくも先生をっ……! 迷彩ステルス……解除っ!)

 秀政の後方に、うっすらと人影が現れる。そして拳に全力の思念力を込める。

「思念……! パーンチ!!」

「なに……がバァッ!」

 秀政が異変に気づいて振り返った瞬間、ミミカの全力の思念パンチが顎に炸裂。

 大木を真っ二つにする最大出力の鉄拳が秀政を吹き飛ばした。

「はあ、はあ……迷彩ステルスを発動……!」

 ミミカは再び迷彩ステルスで姿を隠す。曇り空なのが良かった。影が全く見えない。

「ぐ……ぐぬう! おのれ小娘か! い、一体どこへ……」

 激しく痛む顎を押さえて、眩暈を起こしながら秀政は狼狽する。

白虎嵐雹撃びゃっこらんひょうげき! 白虎嵐雹撃びゃっこらんひょうげきッ! 白虎嵐雹撃びゃっこらんひょうげきィ!!」

 手当たり次第に氷弾を連射して敵を探すが、闇雲に撃っても当たらない。

 放たれた氷塊が虚しく空を切るばかりである。

「姿を消す能力だと!? 馬鹿な! そんな力を短期間で身につけられるはずがブァッ!」

 左側方から全力の思念パンチ。再びまともに食らった。

 殴るタイミングが掴めないのでは防御ができない。屋上をズシャオと転がる秀政。

「ガハッ……おのれ小娘ェッ! 殺してやるッ!」

「だ……ダメだミミカさんッ! 才能だけで父は倒せないッ! 次は必ず殺されるッ! もうやめるんだ逃げるんだッ!」

 禍々しい顔つきになった秀政を見て、啓壱朗が必死に叫ぶ。

 だがミミカは覚悟を決めていた。

(あたしは死んでもいいッ! 勇輔が来るまでに少しでもこいつにダメージを! そして少しでも、無駄な思念力を使わせるんだッ!)

 決死の形相で、自分のできる最大限の戦術を取る。

 秀政の死角に回って、全力で殴り、反撃の四神を回避する。

 それが何度となく繰りかえされた。

「ゴボアッ! ぐは……っ、はぁ、はぁっ……!」

 秀政は深刻なダメージを受けながら考えていた。

 四神最速の白虎の技で、全方位を攻撃すればこの女を殺せる、と!

「遊びは終わりだ……! 白虎氷烈槍びゃっこひょうれつそうッ!!」

 再び秀政を殴ろうとしたミミカの瞳に、鋭く放たれる数多の氷槍が映る。

 鋭利な氷刃が、自らの腹部を突き刺していく様が、まるでスローモーションのように見えた。

「あぐうっ!!」

「ミ……ミミカさああああああん!!」

 啓壱朗はその光景を見たことがあった。母親が死んだ時と同じだ。

 彼の母は、秀政の放つ白虎氷烈槍びゃっこひょうれつそうの身代わりになって死んだ。

 串刺しにされたミミカは、口から血を噴いて、宙を舞う。

 そしてどさりと床に落ち、氷の槍を何とか体から抜いて、腹部を押さえてうずくまる。

「うっ……あ……っ」

 傷は内臓にまで達していたが、秀政の怒りは収まらない。

「真・朱雀灼焔覇すざくしゃくえんは……ッ!」

 炎を火鳥として放つ、四神の奥義。秀政はすぐには放たなかった。

 四神の技は時間をかけてエネルギーを溜めることで最大威力になるのだッ。

「貴様は骨まで焼き殺してやるッ……! 我が最高の奥義でなッ!」

 轟声を上げて秀政の周囲に巻き起こる業炎。その熱量は数千度に達した。

「や……め……ッ」

 声の出ない啓壱朗。伝説の不死鳥や鳳凰のごとく巨大に羽化した火焔が、美しく羽化する。

 さらに運が悪いことに、勇輔が階段を登り、屋上の小屋から顔を出した。

 倒れこんで大量に失血するミミカを見て駆け寄る。

「ミミカ! しっかりしろっ!」

「だ……め……っ!」

 ミミカ、顔を歪めて勇輔を止めようとする。しかし。

「馬鹿めッ! 二人とも死ぬがいい!!」

「!!」

 真・朱雀灼焔覇すざくしゃくえんはが放たれたッ!

 極大の火焔鳥が二人を呑み込む。天空に立ち昇る龍のごとき巨大な火柱。

 そして後に続く煉獄の大火。朱色と漆黒と橙色に彩られた致死の灼熱が、二人を覆い尽くし何もかも見えなくなるほど焼き尽くすッ!!

「勇輔ェェェェェェェェェーーーーっっ!!」

 そのあまりの惨劇を目の当たりにして、啓壱朗は叫び、そして両手で床を叩いて屈する。

「そ……んな……。勇輔……ミミカ……さん……!」

「フハ……フハハハハハッ! どうだ見たか啓壱朗……! お前のお友達は死んだ。創覇大学を制したのは私だッ! 私こそが正義なのだァッッ!!」

 抵抗勢力を全て倒し、勝利に酔う秀政。炎はまだ燃え続けている。

 しかし二人は生きていた。

「ば……ばか……どーして、いま来るの……よ……!」

 使えなくなったはずの障壁バリアー。ミミカは全方位に張られる光の防壁を展開。

 それによって、二人の身を燃え盛る火炎から守った。

障壁バリアーは……使えないんじゃなかったのか?」

 ぐったりしたミミカの体を抱き上げて、勇輔は問う。

「使わ……なかったら……二人とも死んじゃう……じゃん。二度と使わない……って、決め、たの……。それ……くらい……わかりなさいよ……!」

「……すまん」

 ミミカは強い意志で、封じられていたはずの能力を呼び起こした。

 二度と使えないという条件を自らに課して。

「あ……あたし……もう、駄目……」

「そんなことを言うな。お前は俺の同居人だ、必ず助ける」

 勇輔はポケットから包帯を取り出す。頼子からもらった救急用品だ。

「う……」

「三分以内でケリをつける。俺を信じろ」

 勇輔はミミカの衣服を破り、思念力を込めて包帯を創傷に巻く。

 白い包帯は皮膚のごとくがっちりと傷を封じ、見事に失血を止めた。

 だが危険な状態には変わりない。一刻も早く看護センターに搬送しなければ、ミミカは死ぬ。

「ま、待って……。こ……れを……!」

 ミミカは最後の思念力を振り絞って、手のひらに一本のコンバットナイフを具現化した。

 そして震える手で勇輔に渡す。

「これで……あいつを……! あんな、奴に……大学を渡さないで……!」

「……心得た」

 火炎が止むと同時に、ミミカは障壁バリアーを解除する。

 勇輔はコンバットナイフを逆手に持って隠し、驚愕する秀政に向けて歩く。

「何……ッ!?」

 秀政は一瞬たじろいだが、すぐに無傷の理由を悟った。

「……なるほど、小娘の能力か。だが私にはまだ余力が……」

「お前、『覚悟』はできているか?」

 嘲笑を見せる秀政を遮って、勇輔は問い、さらに挑発的な言動。

「無駄話をしている暇はない。三分以内にお前を倒す」

「フン、やれるものなら……ッ!?」

 床がボゴァと砕けて、勇輔の姿が消える。

「何ッ……どこへ……」

 秀政は困惑し、眼前から消失した勇輔を探す。

 前方、左方、右方、上方。そうして下方を見ると、いた。

 どんな方法を使ったのか。秀政の動体視力を超える神速で膝元に最接近ッ!

「うおおおおおおおっ!!」

 幻想のナイフに全力の思念力を込め、秀政の胸部に向けて振り抜くッ!

「ガ……ガバァボギボギボギアァァァッッ!?」

 秀政の左胸部に思念力のナイフが深く埋まり、肉ごとえぐって肋骨を砕く。

 思念力のガードと学長のタフネスをもってしても、二人分の思念力の攻撃は防げなかった。

「運がいいな、『なまくら刀』だ」

 勇輔は怒りを込めて、しかし冷静に述べる。

 ミミカはナイフで人を斬ったことなどない、普通の女子学生だ。

 胴体が両断されなかっただけでも有難いと思うべきである。

「く……靴が……ッ?」

 啓壱朗は勇輔の足元を見て驚いた。履いていたシューズが裂けてボロボロになっている。

 なぜ靴が裂けたのか。彼はその理由をすぐに悟った。

(物体を破壊するほど過剰に思念力を込めて、あんな速さで動いたというのか!? そ、それにあのナイフはミミカさんの思念力兵器イマジナリーウェポン……あれにも思念力を込められるなんて!? 僕に見せた勇輔の能力は、彼の可能性のほんの一端に過ぎない、というのか!?)

 過剰な思念力を込めるというアイディアは、美由紀がヒントになった。

 体を壊す覚悟があれば、人は化物になれる。自分の靴を壊す覚悟があれば同じことだ。

「が……がふっ! ば、馬鹿な……この私が……ッッ!?」

 屋上の給水タンクに背中を預け、がくがくと脚を震わせる秀政。

 そこに、勇輔が恐るべき形相で殺気を放ちながら歩み寄ってきた。

「もう一度聞くが、『覚悟』はできているな? お前は俺の同居人を串刺しにして、俺が最も嫌う火炎の技を使って殺そうとした。その『末路』はわかっているな?」

 勇輔はポケットから皮の手袋を取り出し、それを両手にはめる。

 普段なら対戦相手を気遣って素手で殴るが、今回は本気を出すことにした。

「お前はこれから『地獄』を見る……!」

 その台詞を聞いて、秀政は脂汗をたらたら流す。

「ま……待てィ! 私は教員だぞッ! こんなことをしてただで済むとおもぶばァッ!!」

 戯言など聞くに値しない。勇輔は殴った、殴りまくった。

「がベぶボごボゴびゴぼボゴッ!! がバベヘぼごボゴびゴぼごぼッ!!」

 手袋が破裂するほど過剰に思念力を込めて、数百発の拳で全力のラッシュ。

「がばぶびがばごべがばだばごっ!! がばぶびがばごべがばだばごっ!!」

 胴体から手足から顔面まで全てを万遍なく全力で殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打ッ。

「バブガニューギビバアアアアアアアアァァァァァァァァァッッッ!!」

 秀政は見てて気の毒になるほどボコボコに殴られ、全身の骨がことごとく砕け散った。

「運が良かったな。ジャスト三分だ」

 そう言って勇輔は拳を止める。秀政に埋まっていた思念力のナイフがすうっと消えた。

(ミミカ……!)

 ナイフが消えたということは、思念力の源泉たる意識を失ったということ。

 勇輔はミミカを抱き、最短で看護センターに搬送するべく、屋上から壁づたいに飛び降りる。

 後には全身をズタボロにして完全に意識を失った、死にかけの秀政の無様な姿が残された。

「……父さん」

 親子二人きりになった屋上で、啓壱朗は立ち上がり、気絶した秀政にふらりと寄る。

 そうして、息子はその身に火炎を纏う。『朱雀』の技。

「父さんはいつも言っていたね。弱者は創覇大学に必要ない、と……」

 父を焼殺する。彼はそのつもりでいた。

「ならば、母を刺し殺し、理事長やミミカさんや山田先生を手にかけた貴方は……ッ!」

 啓壱朗は怒っていた。今までの虐待に加え、大切な友達を殺そうとした目の前の男に。

炎熱隼襲波フレアーイーグル……!」

 父と同じ、火鳥の技を繰り出し、時間をかけて巨大な炎を形作る。

 怒りのイメージが炎に乗り、かつて放ったことのないほど、禍々しく激しく燃え上がる紅焔。

「秀政様っ……!」

 だがその時、裸体に薄布を巻いただけの女性が屋上に現れ、慌てた様子で秀政に駆け寄る。

 啓壱朗は彼女を見て動揺した。かなり若いが、その姿は……。

「な……!? か、母……さん……?」

「秀政様っ! しっかりして下さい! 秀政様ぁぁぁぁっ!!」

 意識を取り戻して駆け付けたばかりの美由紀が、ぼろ雑巾になった秀政に必死で声をかける。

「お……お願い! この方を殺さないで! わ、私はこの方に恩が……っ」

 涙を溜めて懇願する、母親そっくりの美女。溜息をついて炎熱隼襲波フレアーイーグルを消す啓壱朗。

 この男が何を考えて、彼女に恩を与えたのか。啓壱朗は何となく悟る。

(母さんを死なせたこと、後悔していたのかねぇ……)

 くるっと二人に背を向ける。殺す気も無くした。

「貴方の顔に免じましょう」

 そう言って歩み去った。

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