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弐章 創覇大学の騒乱 その1

 何やらいきなり理事長の六波羅に呼ばれたミミカ。よくわからない世間話をする。

 だが、それは大きな戦いに巻き込まれる序章に過ぎなかった。

【弐章 創覇大学の騒乱】

 理事長室は、正門にほど近い教務棟の上階にある。

 そこは事務作業の場所であり、客人をもてなす時は隣の和室を使うのが常であった。

 和室にやってきたミミカ、ふすまを開けて畳のある座敷に入る。

「ほ、鳳仙院ミミカです……」

「おお来たか。待っておったぞい」

 齢百を超える半纏姿の老人が、長い白髭を撫でてミミカを出迎える。

「ええと、どちらに座ればよろしいですか?」

 緊張しているのか、人が変わったように丁寧な物腰になるミミカ。

「そう緊張しなくてよいぞ。ワシの前にお座り」

 老人、六波羅伯斎ろくはらはくせいは飄々とした様子で少女を座布団につかせる。

「さて、まずは自己紹介じゃな。ワシは六波羅伯斎、この創覇大学の理事長をしておる」

「は、はあ。はじめまして……」

「ワシを覚えておるかの? 最後に会ったのは十二年前、ミミカ君が四歳の頃でのう……」

「えっ? そ、そうなんですか? あたし全然覚えてないです」

 唐突な話をする理事長。ミミカは子供のことすぎて覚えていなかった。

「まあ、ミミカ君は小さかったからのう。君の父親と母親は創覇のエリートでな。君を随分と可愛がっていたものじゃよ?」

「へ、へぇ……そうなんだ。あたし全然知らなかった……」

 ミミカは出された抹茶を一口飲んで、少しだけ視線を落とす。

 何か聞かれたくないことがあったような、そんな気がする。

「両親のことは知らないんです。幼稚園の頃に死んじゃって、叔母さんに育てられました」

「……む? 死んだじゃと?」

「はい、交通事故だったと聞いています」

 ミミカは幼いころに両親を亡くした。両親は資産家だったらしく、莫大な遺産が残された。

 叔母はミミカを引き取り、彼女を裕福に育てた。そう彼女は思っていたが。

「それは奇妙じゃのう。君の両親は強かったぞ、そう簡単に死ぬとは思えぬがな……」

 理事長はミミカの見解を否定する。

 ミミカの両親は、かつて、日本政府のSPとして精力的に活動していた。

 特に首相のボディガードとして実績が厚く、多くの暗殺を未然に防いだと言われている。

「お父さんとお母さんは、そんなに強かったんですか?」

「そうじゃよ。二人とも優秀で、すぐに教員になった。この大学で教員とは、学内でも最強の一角にあるということじゃ。博士ドクター修士マスターというのもあるぞ、どちらも最高クラスの成績を持つ学生のみが持つ称号じゃな」

 大学の階級について簡単に説明する理事長。

 創覇では学生、院生、修士、博士、教員の順に階級が上がっていく。

「ゆかりさんは修士しゅうしなんですよね?」

「うむ、ワシも認めるバトルマスターじゃ。だが変な能力に目覚めてのう。高級レストランをハシゴさせたワシも悪かったが、グルメのせいで死にかけるとは思わなかったわい、ワハハ」

 修士の別名はバトルマスターと呼ぶ。戦闘能力に特に優れた者だ。

 大学院の修士課程を終えた者に与えられる称号であり、戦闘力で言えば百万はある。

「あ、あははは……まあ、良かったですね。勇輔のおかげで『必要以上』に元気そうですし」

 二人して笑いながら三色団子を食べる。ミミカはやや引き気味。

「うむ、そのうち勇輔君とも話そうと思っておる。ゆかりんの婿ムコにと考えておるからのう」

 ムコという言葉を聞いた途端、ミミカが目を半月にしてブチ切れる。

「はァ!? 何ですかそれっ! 同居人のあたしに断りもなく婿だなんてふざけんなっ!!」

 先程までの丁寧な態度はどこへやら。素のミミカに戻って理事長を恫喝。

「だ、だがのう。勇輔君が食事を作らなければ、ゆかりんは死んでしまうのじゃよ? だから結婚すれば毎日メシを作ってもらえるじゃろうと……」

 圧倒的格上のはずだが、理事長は気圧された。たどたどしく言い訳する。

「だめですっ! 考え直して下さいっ! 料理が必要ならあたしが作るっ!!」

 料理を作れもしないミミカ、大ウソをつく。

「まあ、この話は今度にしようかの。おぬしも中々やるのう、ワシは創覇大学の創立者だが、ワシにそこまで噛みついた奴はそう何人もおらぬぞ」

 理事長は大学の創立者にして、六波羅流拳法という武道の創始者である。

 通常の学生なら土下座するほどのオーラを持つ達人だが、ミミカは全く意に介さなかった。

「創立者? なら聞きたいことがあります。どーしてこんな馬鹿げた大学を作ったんですか!?」

「ほう、よい質問じゃの。それを聞く者も数人しかおらんかった」

 理事長はほくほくと微笑んで、しわがれた腕を組む。

「この大学を創始したのは戦中のことじゃ。当時、我が国はアメリカと大戦の最中にあった。軍部はワシに、思念能力者を集めて養成し、強力な特殊部隊を作ることを命令したのじゃ」

「え……。そ、そうなの……」

 真面目な話が始まって、ミミカは急に大人しくなった。

「ワシは学生を集め、最強の兵士に育て上げた。だが一方ではウソをつき、まだ準備ができてないと言い続け、彼らを従軍の惨禍から救ったのじゃ。偉いじゃろ?」

「う、うん……」

「戦後になり、能力者たちは日本の復興のために大いに貢献した。その時ワシは思ったのじゃ。思念力の正しい使い方を教え、心技体を鍛えれば、社会に貢献できる人材を生み出せるとな」

 理事長は感慨深そうに天を仰ぐ。

「大学を卒業した者たちは、警察官や自衛官、警備機関やシークレットサービスで働き、高い評価を得ておる。日本を守る逸材としての。もちろん就職率は百パーセントじゃ!」

 この大学の卒業生は、その力を評価され、エリートとして官公庁に迎えられる。

 理事長の権威は国家に及ぶ。警視総監、防衛大臣、そして総理官邸さえも頭が上がらない。

「創覇大学のルールは最強になること。そして、大学の覇者になることだが、これはあくまで題目に過ぎぬ。強くなることを通じて、人間的に成長することを期待しておるのじゃよ」

「そ、そうなんですか……ううっ……」

 素晴らしき創立理念。ミミカはじぃんと感動して、目元を袖で拭う。

「まあ、今のは思いつきじゃがの」

「嘘かよッ!」

 ドゴァと畳にずっこけるミミカ。

「もう、真面目に聞いて損した! あたし帰りますっ!」

「ふぉっふぉっ、まあ落ちつきなさい。ミミカ君には『兄』がいるのを知っておるかね?」

「えっ、お兄さんが? ……うっ……!? あ……うっ……!!」

 理事長が兄の話をしようとすると、ミミカは急に頭を抑えて倒れこむ。

 谷底に転落する車両。焼け焦げる車。黒焦げになった両親。そうした幻影が彼女を襲う。

「む? どうしたのかね?」

「わ……たし……には、お兄さんは……いませ……ん!」

 口元を震わせて、青ざめた顔をしながら、強い口調で否定。

「これはいかん、顔が真っ青じゃ。看護センターに連れていこうかね?」

「い……いえ、いいです。ちょ、ちょっと悪いこと思い出したみたいで……」

 理事長はミミカに冷水を持ってきて飲ませ、軽く一息つかせる。

「悪い話をしてしまったようじゃな。少し休憩にして、また後で話の続きをしようぞ」

「うん、ありがとう理事長……」

 まだ少し気分の悪そうなミミカ。気丈に答えた。

 理事長は和室を出て、隣の理事長室に向かう。古い書類を漁って鳳仙院夫妻の資料を探す。

「あの二人が教員だったのは、随分昔のことじゃからのう。なかなか見つからんわい」

 そう思っていると、理事長室のドアをノックする音が聞こえた。

「おお、西条学長か。何の用かね?」

 入ってきたのは学長の秀政だった。はち切れそうなスーツ姿の巨体と相対する。

「理事長よ。先の教職会議で出された私の提案、貴方は反対だと聞いたが?」

「うむ。学生の軍事利用は反対。ワシの考えは変わらん」

 秀政と理事長は殺気を漂わせ、険悪な雰囲気を醸しだす。

 学長の提出した提案とは、学生の海外派遣、および民間軍事会社への派遣だった。

 創覇大学の優秀な戦闘人材を戦地に派遣し、巨額の利益を上げることを目論んでいた。

「軍事利用とは言葉が悪い。傭兵として紛争地に出向させるだけのことだ。学生は大いに経験が積める。大学の歳入も潤う。何が問題なのかね?」

「学外での戦闘は認められぬ。ましてや傭兵など、ジュネーブ条約で保護されぬ兵ではないか。ワシの可愛い教え子を無闇に死なせる気か? 君らの派閥は学内で死人を出すようだがの」

 理事長は恐るべき眼光で秀政をぎらりと睨む。

「……ふっ。貴方が反対なら、それはそれで構わぬよ。提案一つにこだわる私ではない。ただ、貴方のお考えを聞いておきたかっただけだ」

「そうかの。なら、気にしないわい」

 そう言って理事長は背中を向ける。秀政がニヤッと笑い、奇襲ッ!

「……ぐうッ!? がッ! ぐッ! げッ!」

 秀政は凄まじい速度で氷塊を生みだし、理事長の四肢に氷の槍を撃ちこむ。

 十字架に磔にされるがごとく、理事長は壁に縫いつけられたッ。

白虎氷烈槍びゃっこひょうれつそう……! 老いたな、六波羅」

 秀政はさらに氷槍を生みだし、理事長の心臓を目がけて放ち、貫くッ。

「がぶッ!?」

「ほう、流石は六波羅。まだ死なぬとは……」

 ブシュゥッと激しく噴き出す血潮。理事長は瞳孔を針にして秀政を睨む。

 がくがくと震える身体で胸の氷を何とか抜こうともがく。

「ひ……でま……さ……貴様……ッ!」

「この程度の攻撃で致命傷とは笑わせる。貴様は理事長に相応しくない。今日から私が理事長となり、思うままの大学経営をさせて頂く!」

 そう宣言して、秀政は『蒼龍』の技を放った。

「死ね。蒼龍空裂破そうりゅうくうれつは……!」

 真空の刃が時間をかけ、巨大な剣のように形成される。

「六波羅よ。私が創覇大学に来て以来、よくも、数多くの敗北を味あわせてくれたな?」

 風の刃を一つ放ち、理事長の左腕を両断する。

「私はこの二十年、貴様を倒し、ユニバーシティの覇者となるため、鍛錬を積んできたのだ」

 さらに刃を放ち、理事長の右腕を真っ二つに裂く。

「例えばこの技。いかなる肉体も通用しない。一撃で敵は分断される。……ククク」

 刃で左脚を引き千切る。

「私が四神の奥義を体得する間、貴様は努力を怠った。その結果がこれだ」

 右脚を切断する。

「この大学の理念。最強であること。実に素晴らしいではないか。強さこそ全てなのだ……!弱者は死ぬだけよ。貴様は弱者だッ!」

 最大威力の空裂破を放ち、理事長の首が鮮血と共に弾け飛ぶ。

「最後に言っておくが、私は完璧主義者だ。貴様は肉片ひとつ残したくない。そこでだ……」

 秀政は蒼龍空裂破をさらに放ち、嵐のように理事長室を駆け巡らせる。

 ザクザクメヂメヂブチブチブチブチィッと聞くことすら苦痛な分断音が理事長室に響く。

 血糊が部屋中に飛び散る。理事長だった肉塊は大きさ一センチ未満にまでバラバラにされた。

「フフ……ハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 愉快さのあまり大笑する秀政。理事長は消滅し、残骸だけが散らばった。

 隣の和室にいたミミカが異変を感じ、理事長室に掛け込んでくる。

「理事長、今の音は……。……ひっ!?」

 そこには真っ赤な、いや紫や黒のような、異様な惨劇が展開されていた。

 壁と天井と床と窓とソファーとテーブルと机と棚と文房具と秀政の体が血に染まっている。

 理事長がいない。むせかえる死臭。ミミカは何が起こったのか察した。理事長は死……。

「おや、君は新入生の鳳仙院ミミカ君だね?」

「がっ……学長……。り、りじ……りじちょ……う……は……」

 血生臭く真紅に染まった秀政の手が、ミミカの肩に置かれる。

 巨躯の男は、足元に転がる理事長の眼球を、革靴でメシャッッと潰した。

「君は何も見ていない。六波羅伯斎という老人は最初からいなかった。そうだろうミミカ君?」

「ひっ……ひ……人殺し……! 人殺しッ!」

「言葉に気をつけたまえ。君を理事長と同じようにするのは容易い」

 思念力を高熱のエネルギーに変え、赤熱した手でミミカの首筋に触れる。

「うっ……あ……!」

 恐怖に震えるミミカの肌が、じゅわっと音を立てて軽く焼けた。

「秀政様。理事長の始末は済みましたか?」

 そのとき。成年を控えた若い女性が後方に現れ、ドアから姿を見せる。

「うむ。だが現場を見られた、この女にな」

「消しますか?」

「やめておけ鬼塚おにつかくん。新入生ひとり殺した所で利益があるまい……口止めをしろ」

 鬼塚はこくりと首を振り、ぺたんと座りこむミミカに近寄る。

「ミミカさん。この大学で長生きするなら、余計な話をしないことね」

「あ……あ……」

 恐怖で動けないミミカの首筋に、思念力でジャキィと爪を鋭く伸ばして押し当てる鬼塚。

 彼女の能力なのか。人外の異形へと変わった手が、ミミカに強烈な畏怖を植え付ける。

「秀政様の就任に際し、教員、院生、サークル部員らの七十二パーセントの支持をとりつけております。理事長派の切り崩しも順調です」

「それは喜ばしいな、鬼塚くん。理事長派の中核は教員の山田敏夫やまだとしおだ。再起不能にしろ」

「はっ!」

「明日には新理事長の就任式を行う。準備をぬかるな……!」

 二人はミミカを置いて、話し込みながら廊下の外へと出ていく。

 ミミカは涙を瞳に溜め、愕然としていた。これが大学の本当の姿なの? と絶望する。

「うっ……、うっ……ううう……っ! 理事長……理事長ーっ!!」

 血糊で汚れた手を眺めながら、ミミカは哀泣することしかできなかった。

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