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壱章 世界最強の大学 その2

 入学試験が終わり、気絶から立ち直ったミミカは当然のごとくブチ切れ。

 再び勇輔に挑もうとするが……


 入学試験の後、不合格者は正門の外に追い出され、合格者は簡単な入学式を済ませたあと、負傷した者は学内の看護センターに運び込まれた。

「いったーい!! ちくしょーっ!! いつか絶対ブッ倒してやる勇輔ぇっ!!」

「あまり動かないでくれる。治療効果が下がる」

 白壁造りの診察室にて、顔面を腫らして大騒ぎするミミカ。

 ガーゼを貼って治療するのは、看護センターに勤める思念医師、村雨頼子むらさめよりこ

 ショートボブの髪に白衣、セーターにスカートとシンプルな姿である。

「頼子せんせー、どーして思念力で治療してくれないんですかっ……えうあっ……」

「この程度の怪我ならツバでもつけとけば治るでしょ。はい終わり」

 そっけなく応対して治療を止める。丸椅子に座ったまま、いちゃもんをつけるミミカ。

「ずるい! 勇輔や啓壱朗は思念力で治療したのにずるいっ!」

「なに言ってるの。そこの二人は『思念治療しねんちりょう』で骨を繋いだだけよ。私にも限界ってのがあるんだから、皮膚の怪我くらい自分で治してちょうだい」

 ミミカとそう変わらない若さの頼子、髪を梳いて反論する。

 彼女は思念力による治療が得意で、致命的な大怪我を治すこともできる。

 しかし、普段は能力をケチって使わない。打撲や捻挫なら塗り薬や包帯で適当に処置する。

「ケチ! 医者のくせにケチんぼ! 人として最低だわっ!」

「うるせー黙れっ! 二度と治療しないわよこのボケナス新入生!」

 少女二人の醜い争い。隣にいた山田が、にこやかな顔で仲裁に入る。

「まあまあ。ここには何度もお世話になりますから、機嫌を取っておくのが一番ですよ?」

「そ、そうなの?」

 ミミカは我に返った様子できょとんとする。

「学生一人あたり、三日に一度はここを訪れるわね。多いのは内臓破裂に顔面破損、全身打撲に骨折、火傷に手足の喪失、脊髄損傷に意識不明の重体よ。年に数回、死人も出るし……」

 淡々と恐ろしい大学の現実を話す頼子。

「驚くべきことは、これほどに大量の患者を受け入れているにも関わらず、医師が私だけってことよ。二十四時間態勢でやってるのにね……はぁ……」

「そ、そう……ごめん。あたし言いすぎた……」

 暗い顔で溜息をつく頼子を見て、ミミカは素直に謝った。

「気にすることはありませんよ。彼女が来るまでは看護センターなんてものは無かったんですからね。いやあ昔は凄かった!」

「山田先生、フォローになっていませんよ……ハハ」

 奥のベッドから、包帯だらけになって寝ている啓壱朗が突っ込む。

「ミミカと言ったか……お前が殴られたのは平和ボケのせいだ。誰が来たのか分からなかったから敵だと思ってブン殴ったらお前だった。俺は何も悪くない」

 同じく包帯だらけな勇輔の指摘。言ってることは正しかったがミミカは顔真っ赤にした。

「ぐっ……ぐぬぬ……! こいつ、今すぐブッ倒してやろうかしらっ……!」

「ちょっと、看護センターは決闘禁止よ。やるなら外でやってくれる?」

 頼子が渋い顔で言うと、ミミカはふんっとそっぽ向いた。

「世話になった。俺はやることがあるので帰る」

 そう言って、勇輔は硬くて寝心地の悪いベッドからむくりと起きる。

 全身を打撲して、所々を粉砕骨折していたにも関わらずである。啓壱朗がすぐに引きとめた。

「勇輔君、無理しない方がいいですよ。怪我が治りきってないでしょう?」

「……包帯を思念力で強化してサポーターとしてある。それに塗って貰った薬を強化して治療効果を高めてある。今はほぼ完治に近い……」

「ハハハ、君には参りましたよ……」

 物体操作能力にそんな使い方があったのかと感心する啓壱朗。

 しかし、最も関心を寄せたのは頼子であった。

 頬をうっすら赤らめて猛烈にアタック、というかスカウトする。

「ねえ君っ! 看護センターで働かない!? 君の能力が必要なの。どうっ? どうっ!?」

「今は興味がない……だが考えておこう……」

 そう聞いて、両手を上げてやったーと喜ぶ頼子。よほど仕事が過酷だったらしい。

「ちょっと待てっ! あんたとは外で決闘よ! 待ちなさいよ勇輔ぇ!」

 ミミカは看護センターを出ていく勇輔を追う。夕方の静かな学内で二人きりになる。

「よくも顔面を殴ってくれたわね! この借りは今すぐ返してやるっ!」

「いいだろう。かかってこい……」

「さっきは冷静になれなくて負けたけど、今度はそうはいかないわ! 無敵の障壁バリアーが当たれば、当たりさえすれば! あんたなんて一撃で! いち……げき……で……」

 障壁バリアーを展開しようと思念力を高めるミミカ。しかし、すぐに異変に気付く。

「どうした?」

「え……いや、その……ちょっと待って……」

 まさかそんなはずはないと思って、障壁バリアーをイメージし直すが、全く出ない。

「……ええと、また今度にするわっ! 覚えてなさいよ!」

 そう言って後ずさるが、勇輔の洞察力はあまりに鋭く、一瞬で嘘がバレた。

「まさか、障壁バリアーを忘れたのか?」

「……っ!」

 つかつかと歩み寄り、わざわざ射程圏内に入る勇輔。

 障壁バリアーを使えば一発で倒せるのに、技が出ない。今のミミカは普通の女子学生と変わらない。

「そっ……そんな……どうすればいいの? 勇輔に殴られたのが悪かったのかな……? ほ、他に技なんてないのに……っ」

 そう言ってぺたんと座りこむミミカ。体を震わせ、青ざめた顔で、小さくうずくまる。

 それを見た勇輔、見かねて元気づけようとした。

「一時的な記憶喪失だろう。そのうち使えるようになるはずだ」

「で、でも……このままじゃあたし、大学にいられないよ。決闘になったらやられちゃう……。う……う……負けたらやっぱり、裸に剥かれてめちゃくちゃにされるのかな……」

 目に涙をいっぱいにして悲しむミミカ。

 女を泣かせたのが気に入らなくて、勇輔は一つの提案をした。

「仕方ない。お前が強くなるまで俺が一緒についてやる。戦い方も教える」

「えっ、本当!?」

 ミミカが嬉しそうに目を輝かせて擦り寄る。

「その代わり、俺と一緒に学生寮に入れ。寮は二人部屋だ。誰かと一緒に入らなければならん。適当な奴を脅して入れてもらおうと思ったが、お前でいい。何か不服はあるか?」

「うっ。そ、それは……」

 ちょっと悩むミミカ。好きでもない男と二人部屋なんて不純である。

 障壁バリアーがあればこんな奴は今すぐブッ飛ばすところだが、背に腹は代えられない。

「……しょうがないなぁ、それでいいよ。でも障壁バリアーが使えるようになるまでだからね?」

「交渉成立だな。……ついて来い」

 勇輔はミミカを連れて、まずは離れにある学生寮に立ち寄った。

「新入りかい。この紙に二人の名前を書いて提出しな。部屋の空きはある」

 寮の玄関に生息する、筋肉ゴリゴリマッチョなオバサンが申込書を渡す。

 ミミカは名前を書いたが、勇輔は中々書こうとしない。

「どうしたの? はやく名前書いてよ」

「……俺は、自分の名前が書けん」

「えっ? 何言ってるの? 文字くらい書けるでしょ?」

 ミミカは首を捻ってボールペンを渡そうとする。

「学校に通ったことがない。辞書を暗記して言葉は知ってるが、何かを書いたことはないんだ」

「ひらがなくらい書けるんじゃないの?」

「……小学校に行ったことがない」

「んーもう。じゃあ、あたしが書いてあげる」

 ろくでもない男だな、と思ってミミカが代筆する。二人は寮生となった。

「戦い方を教えると言ったな。部屋に入る前に教えておこう」

 そう言ってミミカを連れ出し、寮外のゴミ捨て場で割れたコップを拾う。

 それから近くの水道の蛇口を捻り、コップで水を汲む勇輔。

「まずは簡単な練習。水に思念力を通して、形を崩さずに掴め」

 そう言ってコップから水を取りだす勇輔。手のひらに綺麗な球体になった水がぼよんと浮く。

 思念力による物体操作の初歩的な訓練である。

「うん、やってみる。ええと……」

 ミミカはコップを細指で持って、水を掴むイメージを持って手を入れた。

 だらだら水を垂らしながら、辛うじて少量を落とさず掴む。うまくいかない。

「はぁ……はぁ……全然ダメだわ。これができたらあんたと同じになるの?」

 疲労しながら尋ねると、勇輔はさらっと言う。

「俺はプール一つ程度ならできる」

「ぷ……ぷーる? マジ……で?」

 ミミカは愕然とする。それが本当なら歴然とした実力の差だ。

「信じられないならどこかで実演してやる。確か向こうに防火水槽が……」

「い、いいわよやらなくてっ! あたしそーいうの見たくないからっ!」

 首をぶるぶる横に振って、ミミカは必死で断った。

「そうか。教えることはもう一つある。あそこがいい、行くぞ」

 勇輔はさらに、大木のある学生寮の庭へミミカを連れ出す。

「思念力の集め方は知っているか?」

「う……うん、何となく」

「拳に出せるだけの思念力を集めて、全力で殴れ。護身くらいにはなる」

 勇輔は拳に思念力を込め、大木を軽く殴ってみせる。バギィと拳の形に木がめり込んだ。

「そ、そんなことして痛くないの?」

「痛いかもしれない、と思ったら怪我をする。怖いなら止めておけ」

 思念力で重要なことはイメージの形成である。集中力を失えば最大の威力にならない。

「待ちなさいよ。あたしがビビりだって言うの? 聞き捨てならないわっ!」

 ミミカはプライドを刺激され、自ら拳に思念力を込めるイメージを形成し、威勢よく構えた。

「あんたに勝つためなら何だってやってやるっ! 思念パーンチッッ!!」

 非常にダサい技名を叫び、全力で集中して大木を拳打するミミカ。

 本人の予想以上に威力が出て、バギドグシャアと大木が真っ二つに折れた。

「えっ!? や、やった! あたしって天才!?」

「……それだけできるなら十分だな。もう教えることはない、部屋に行くぞ」

 勇輔は予想外の結果に戸惑う。教えなければ良かったというような顔をする。

 二人は寮に戻り、寮長から二○三号室を割り当てられ、二人用の部屋に入った。

「うわっ! 狭っ! 何これっ!」

 そこは広さ四畳もないような狭い一室で、梯子つきのベッドと、小さな机が固定で置かれているため、自由に使えるスペースは二畳程度しかなかった。

 そして当然のようにぶーたれるミミカ。

「布団もないし家具もないじゃん! どうやって暮らすのよこれっ!」

「必要な物は百貨店で買えばいいだろう。調理場、風呂場、トイレは共用で廊下にある」

 勇輔は淡々と答える。定住する家のない彼にとっては天国のような所である。

 二人は寮暮らしをするにあたって、まず部屋を綺麗に掃除した。

 こたつや冷蔵庫、衣類棚や布団などを百貨店で買い、勇輔が金を出した。

「あんた、意外とお金持ちなんだね」

「新宿でアルバイトをしているからな」

 家具を二人で運びこみながらのやり取り。どんなバイトかは秘密である。

「ふー、疲れた。やっと落ち着いたわ……」

 こたつで暖まりながらみかんを食べ、テレビを見てのんびりするミミカ。

 高校の制服から着替え、ブラウスにプリーツスカートにニーソックスと可愛い私服姿になる。

 当然、これも勇輔の金で買った。

「俺は食事を作ってくる。お前のぶんくらいは作ってやる」

「そう、ありがと。あたしお風呂入ってくるから」

 そう言って二人して部屋を出る。

「こんな学生寮じゃ、風呂なんてボロいんじゃ……お!?」

 ミミカは脱衣場のドアを開けると、思ったより新しい風呂と洗濯機を発見して驚く。

「やった! 交換したばかりなんだ! んふふ……♪」

 最新式の給湯器を操作し、湯船にお湯を張り、タオルを体に巻き、機嫌よく浴室へと入る。

 ドアを閉めてタオルをラックに掛け、綺麗な肢体が露わに。

「ヒヒヒ……」

 外の廊下では不埒な男が忍び寄っていた。女一人で風呂場に入るところを目撃されていた。

 悪戯でもしてやろうかな、と下衆な顔でドアに手を掛けるブサ男。

「貴様、俺の同居人に何をするつもりだ?」

 横の調理場から勇輔が飛び出してくる。そして凄まじい腕力で胸倉を掴む。

 男の衣服に思念力を通し、襟首をギュアォと締め上げ絞首。そして服から記憶を探って聴取。

「ぐ……グゲッ! グゲゴゲボゲッ!」

「返答を聞くまでもないな。お前の『服』が全てを白状している。今すぐ帰るかくたばるか?」

「か……帰ビバブッ!」

 ブサ男は投げ捨てられ、ほうほうの体で帰っていく。

 勇輔は調理場に戻って、野菜炒めと白飯を作って自室に運んだ。

 ミミカが長風呂をしてて中々来ない。勇輔は呼びに行くことにした。

「んふふー♪ んふふー♪」

「ミミカ、飯が冷えるぞ」

「!?」

 三度目の洗髪のためにシャワーを浴び、鼻歌を歌っていた全裸のミミカ。

 その眼前に、浴室のドアを開けて勇輔が顔を出す。

「んぎゃあああああ!! ぬわああああああ!! のわああああああッ!? 勇輔!? ちょちょちょ何入ってきてつーか出てけっ! 出てけ出てけ出てけええええええええええええっっっ!!」

 激しく取り乱しタオルを身に寄せて赤面するミミカ。何とも思わない勇輔。

「何を錯乱してる。せっかく飯を作ったんだから冷めない内に食え」

「ふふふふざけんなァああ!! あたしの裸見るなああッッ!!」

 ミミカは最高出力で思念パンチを繰り出すが、勇輔はひょいっと避けた。

「風呂場に来たくらいで何をあんなに……」

 乙女心が分からない勇輔。何を怒っているのかと渋々自室に戻る。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 しばらくして、服を着直したミミカが顔真っ赤の興奮冷めやらぬ様子で部屋に戻ってきた。

「あ、あんたね……女の子のお風呂に入る馬鹿がどこにいるのよ……」

「何か問題でも? いいから飯を食え」

 ミミカは激しく肩で呼吸しながら、何となく悟る。

(そっか、こいつは小学校にも行ってないよーな奴なんだ。幼いガキが女の子を見ても何とも思わないよーに、スカートめくりとか恋愛とか、そーいうのを知らずに育ってきたんだわっ!)

 そうと分かると、ますます勇輔のことが嫌いになった。

「ふんっ……いいもんあたし。ご飯いらない。外で食べるからいいわよ!」

「そうか。なら好きにしろ……」

 こうしてのっけから同棲生活は破局の様相を呈し、ミミカは外食をした。

 しかし寝る場所だけはどうにもならない。ベッドは一つである。

(隣で寝ろ、だって……何言ってんのよこのガキんちょ!)

 夜の八時になると、勇輔はさっさと眠ってしまった。

 ミミカは夜中の十一時まで起きていたが、さすがに眠気が出てくる。

(ふわ……布団が恋しいな……こたつじゃ寝れないのよねあたし……)

 照明とテレビとこたつを消し、勇輔のいるベッドに行く。

 屋根が目の前に見える高さに梯子を登り、暗がりの中、男の隣でごろっとする。

(あー……狭いわこのベッド。勇輔とくっつくしかないじゃん……)

 狭いベッドで隣り合い、勇輔の体温を感じる。ちょっとだけ心臓がどきどきする。

 まだ十六歳のミミカは、男と付き合ったことがない。

 隣の馬鹿を好きになるなんて考えられないと思うが、世間から恋人に見られるんじゃないかと思うと、ますます意識してしまってどきどきどきどきする。

 くるっと勇輔の方を見ると、端正な顔立ちが静かな眠りについていた。

(……意外といい男なんだな。顔だけは……)

 再びくるっと顔を背けて、ミミカは一人で勝手にぶすっとした。

(そうよ、こいつなんて顔だけだわ。中身はまるでガキんちょで中二病っ! 自分勝手で節操がなくて愛想もないわ! ……そうだ! 勇輔を倒そうっ! 倒すまで恋人には絶対ならないって思えばいい! そうすればドキドキしないわっ!)

 とても口には出せないような愚痴と妄想を色々と考えて、ミミカは眠りにつき始める。

(でも、どうやって勇輔を倒せばいいんだろう? 大学ならサークルとかあるのかな? 明日探してみよう……ぐーぐー……ぐーぐー)

 月明かりの差す二〇三号室で、二人は静かに熟睡した。

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