壱章 世界最強の大学 その1
家族を失った武田勇輔は、ある日、非常に唐突なスカウトを受ける。
大学に入らないか? と創覇大学の教授、山田敏夫に勧誘されたのである。
というわけでさっそく入学試験を受けた、まではいいが…。
【壱章 世界最強の大学】
家族と住処を失った武田勇輔は、身寄りを頼ることもなく、都会を放浪する身となった。
普通の人間なら野垂れ死ぬが、勇輔は思念力を使って生き延びた。
生きるためなら何でもする。彼は暴力の道へと進み、東京でも有名な腕利きに成長した。
「ここを潰せばいいのか?」
夜の新宿。街角にひっそりと隠れたビルの前で、勇輔は尋ねる。
「そうだぜ。全国四十七に支部を置く、天下の山田組の事務所だぜ?」
白スーツに黒サングラスを掛けた痛々しいヤクザ男が、得意げに語る。
「そうか。先に聞いておくが、本当にカネを払うんだろうな?」
「何だ勇輔。まさかビビってんじゃねーか? まあ天下の山田組だもんな?」
「……後払いということだな」
ヤクザ男が煽ると、勇輔は一瞥もせず、事務所のアルミドアを開く。
「誰だブァッ!」
出迎えた山田組の構成員は裏拳を食らい、血しぶき噴いて飛ばされた。一気に突入する勇輔。
「おい、チャガぶァッ!」
「何だオらぶァッ!」
「どこの組のもぶァッ!」
刺青を背負った三人の組員たちが、何もできぬままパンチ一閃で気絶させられる。
「おい、何だ……ひっ!」
何が起こったと奥から出てきた若頭が、悶絶した組員たちを見て恐怖に身を震わせた。
「お前がここの支部長か?」
「そ……そうだベォッ!」
勇輔は最後まで返答を聞かず、アッパーで支部長を吹っ飛ばす。
たった三分十一秒で、山田組の新宿支部は壊滅してしまった。
「相変わらず見事な腕前だぜ。これでこいつらは新宿で生きていけねえ」
後を追うように白スーツのヤクザが入ってくる。その顔は非常に上機嫌である。
「少し音を出し過ぎた。警察が来る前に逃げなければならない」
「へっ、勇輔なら警察でも軍隊でも返り討ちにしそうだけどな?」
一仕事を終え、組事務所を出る勇輔。漆黒のジャケットに白シャツ、ジーンズと無難な姿をした彼は、新宿でこのような稼業を繰り返していた。
隣の男とは深い付き合いがあるわけでなく、敵対するヤクザの居場所を教えてもらい、襲撃の見返りに報酬を貰うだけの関係でしかない。
「約束の金は?」
「そう急かすんじゃねえぜ。事務所から一千万円をパクってきた、この半分でどうだ?」
人通りを避けた薄暗い路地裏で、懐から大量の札束を取りだす白スーツ。
「十分だろう」
「お前には安すぎるくらいだぜ。また頼むわ……お?」
カネの受け渡しをした後に、路地裏に一人の中年が入ってくる。
「君たち、こんなところで何をしているのかな?」
その眼は勇輔をじっと見つめていた。彼は思わず身構えた。
白スーツは威勢で追い出そうと、眼鏡をかけた肥満の中年に向かっていく。
「ああ? 何だテメーはよ? ぶっ殺されたくなかったらどげぶァッ!」
中年男は人外の腕力で白スーツを殴り、遠くのドラッグストアまでスマッシュ。
トルネード回転して外置きの商品棚に激しく突っ込み、野積みの化粧品に埋もれる雑魚野郎。
「おい、やめろ! ……遅かった」
勇輔は強張った顔で言い、ニコニコと笑う中年に最大限の警戒視線を向ける。
「ハハハ、こんな冴えない夜回りおじさんが怖いのかな? 武田勇輔くん」
「あんた、何者だ。なぜ俺の名前を知っている?」
言いながら、拳に全力を込める勇輔。
目の前の男は強者だ。全力で倒さなければやられる。そう彼は見た。
「僕は山田と言います。あ、山田組とは関係ないですよ。念のため」
「そうか……!」
勇輔は人外の速さで地面を蹴り、空を切って山田に飛びかかった。
そして顔面に向け、思念力を込めた全力のパンチを放つッ!
「! ……何っ」
「おやおや、これは凄い。うちの教授陣でも防げるかどうか……」
顔面に向けた神速の一撃が、あっさりと山田の掌に掴まれる。
「君、うちの大学に来ませんか? 学費はかからないし寮も無料です……まあもっとも、拒否するなら警察に突き出しますけどね?」
「くっ……強い……」
勇輔は拳を引き、観念した様子で肩を落とす。
闘いを続けても結果は見えている。すっかり戦意を失った。
「……警察に突き出すならそうしてくれ。もうこんな仕事はまっぴらなんだ。ヤクザを襲って金を奪ったことなら謝る……」
「君は『思念力』の使い手だね? とても才能があるし経験も豊富だ。僕は君の力が欲しい。大学に入ってほしい。ま、それだけですよ。ハハハハハ」
山田はダイヤの原石を見つけたかのように、楽しそうに笑って喜ぶ。
勇輔は状況が良く飲み込めてないのか、無口でぶすっとして首を傾げる。
「『大学』とは何を意味する言葉だ?」
「大学とは要するに学校ですよ。学校に通ったことくらいあるでしょう?」
「いや、ない……」
「そうですか、失礼しました」
山田は珍しい男だなと思い、勇輔に大学の説明を始める。
「僕のいる『創覇大学』は、超能力者の集まる大学です。思念力の使い手が集まり、『大学の覇者』を目指して技能を高めていく。そういう学校です」
「学校……か……」
勇輔は幼さの残る顔で、山田の言葉を聞いていた。
彼は学校がうらやましかった。一度は行きたいと思っていた。
「入学試験は三日後に超怖市で行われます。敵を倒すだけで簡単ですから、ぜひ来てください」
「それは分かったが、俺には住む家がない。大学に通うのは無理だ」
「心配いりませんよ勇輔君。二人部屋ですが学生寮があります」
山田がにっこり微笑む。勇輔のキャンパスライフはこうして始まった。
新宿から特急で二十分の街、超怖市。百貨店の連なる通りの先に、その学校は佇んでいる。
名は創覇大学。全国から問題児が集まる、世界で最も危険な、最低のFランク大学。
そこは力こそが全てであり、『大学の覇者』となることが、学生に課された責務であった。
「ここか……」
十八歳になったばかりの勇輔は、典型的な受験生のごとく、きょろきょろと大学を眺める。
血糊のついた壁、割れたままのガラス。壁には鋭利な有刺鉄線が張られている。
「誰だ? 目的を言え」
正門前に進んだ勇輔を待っていたのは、屈強な四人の警備員たちであった。
「創覇大学の試験を受けに来たのだが?」
「ほう、貴様のような優男が……だがここを通すわけにはいかんな」
赤い軍帽にカーキの軍服を着て、黒い眼帯をかけた警備員がにたりと笑う。
「どうしても通るというなら、俺たちを倒していげぶァッ!」
「がぼァッ! ぬぶァッ! あぼァッ!」
相手にもならなかった。勇輔は拳と蹴りで四人を片づけ、あっさり大学に入る。
「へえ、あたし以外に正門を抜けてくる奴がいるんだね」
正門を抜けると、先程の様子を見た少女が一声。
ブレザー姿にマフラーを首に巻いて、スカートにニーソックスと可憐な容姿の女。
元気いっぱいな顔に美麗な長髪がトレードマークの、『普通の受験生』である。
「あ。あたし受験生だから。ミミカって言うの、よろしくね?」
勇輔は慣れ慣れしく話しかけてきた女子高生の体を眺め、それから一言。
「……怪我をしないうちに帰ったほうがいい」
「は?」
「筋肉がなさすぎる。視線も姿勢も隙だらけ。戦う能力が無いのは明らかだ」
不機嫌そうにぶすっとしたミミカに、さらに強烈な勇輔のツッコミ。
「ふ……ふんっっ。試験が始まったら覚えてなさいよ!」
ミミカはぷいっと振り向いて去って行く。
親切のつもりで言ったのだがな、と勇輔は思った。
(四方から敵が襲ってきたら、あの女は終わりだな)
そんなことを考えて、白くため息をつく。時期は真冬にして寒い。
大きな噴水と立派な大木、植生のある広場、白いレンガ作りの地面を眺めて暇を潰す。
試験時刻が近付くにつれ、受験生の数は増す。百二十人ほどであろうか。
「それでは、入学試験の参加を締め切る……!」
中庭の奥にある教務棟のビル、その屋上からマント姿の巨躯が姿を見せる。
そして、ビルから飛び降りた。コンクリの床をビガボァと割って着地。
「受験生諸君に紹介する。私が創覇大学の学長、西条秀政だ……!」
圧倒的な威容。マイクすら使わず巨声を発し、受験生に一瞬で畏怖と尊敬を植え付ける。
「単刀直入に言うぞ貴様ら。創覇大学に『弱者』は必要ない。弱者は死ぬだけだからな。試験の内容は単純だ。手近な弱者を倒し、試験終了まで生き残れ! それをもって合格とする!」
教務棟の入口に置かれた銅鑼を殴り、轟音を立てる秀政。試験は開始された。
「うおおおおおおおおおおおーっ!」
全方位から怒声がうなり、手近なターゲットに襲いかかる受験生たち。
ありとあらゆる武器と技の応酬が展開。中庭は阿鼻叫喚の地獄と化す。
一方の勇輔、自販機で買ったミネラルウォーターをごくごくと飲んでいた。
「バカが、くたばぶァッ!」
後方から鉈で襲いかかるモヒカン男に、ペットボトルの水を放つ。
思念を込めた水は鋼の硬度を発揮、モヒカンの顔面をメリグシャッと砕いた。
「バカめ、隙だらげぶガッ!」
側面から突っ込むリーゼント男に、ペットボトルを投げつける。
思念を込めたボトルは鉄球に匹敵する衝撃力を発揮、リーゼントの額をバギグヂァと破砕。
勇輔の得意とする能力。物に思念力を込め、その破壊力を飛躍的に増すッ。
「つまらん相手だ。不合格で当然だ……」
敗者に吐き捨てる勇輔。そこに正面から和装の男が歩み寄る。
「中々やるな。お前も思念力の使い手か? だが、我が剣術の敵ではないぞ!」
「ごたくはいい。かかってこい」
「ならば行くぞ! 新日本一刀流、奥義! 九連流星ガベゴベァッ!」
勇輔は一瞬で接近して顔面と腹部を連撃。侍気取りは技名すら言えずに気絶した。
優れた思念能力だけではない。勇輔は体術にも優れているのだッ。
「ふっ、所詮は数行でやられる雑魚どもね。そろそろあたしが相手になるわ!」
様子を見ていたミミカ、両腰に手を当て偉そうに宣言し、呆れ顔の勇輔の前に進み出る。
「お前には無理だ。後ろの奴にやられる」
「え……!?」
ミミカはびくりとした。背後から敵襲。金棒を持ったマッチョが襲いかかった。
全くの無防備で、反応も間に合ってない。どう考えてもやられる。
「食らエグァッ! ……ゴバァッ!?」
だが、マッチョは迎撃された。ミミカの発する立方体の光壁に衝突し、弾き飛ばされる。
時速三百キロの初速で学外に吹っ飛ばされ、国道を超えた先のスポーツセンターの窓をブチ破り、トレーニング機器に突っ込む。酷い器物損壊事件である。
「ふんっ、後ろの奴が何ですって?」
「……何だ、その能力は?」
光の壁を展開しつつ勝ち気に誇るミミカ。首をひねる勇輔。周囲の受験生がどよめく。
「知りたいなら教えてあげるわ。これはあたしの無敵の能力、『障壁』よっ!」
「ほう、ならば試してやる」
勇輔は地面の石ころを拾い、一撃必倒の思念力を込めて投げつけるッ。
しかし障壁に弾かれ、石は粉々に砕け散った。全く効かない!
「む……効かん……?」
「無駄よ無駄っ! ビルから飛び降りても中央線に飛びこんでも無傷っ! ちゃんと試したんだから間違いないわっ!」
それを聞いた勇輔。こいつは馬鹿なのか? と本気で思った。
「あたしは小中高と酷いイジメを受けてた! 体に触りたくないって意味で『バリアー』って言われてた! そしたら本当に障壁が出せるようになったのよ! 参ったかッ!」
「馬鹿かお前は。能力は確かに強いが、どうやって俺を倒すつもりだ?」
「ふふふ……馬鹿なのはあんたの方よっ!」
嘲笑するミミカ。障壁を展開したまま、勇輔に向かって全力で突貫。
「うげァッ!」
勇輔は跳んで回避。別の受験生が巻き込まれて吹っ飛び、遠くの教務棟の壁に叩き込まれた。
「どうだっ! こうやって体当たりすればイチコロよっ!」
「ならば、早く俺を捕まえてみたらどうだ?」
「減らず口をっ! 元陸上部のあたしを舐めるなっ!」
顔真っ赤のムキになって体当たりするミミカ。だが女の足では捉えきれない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよあんた!」
勇輔はのらりくらりと避け続ける。一方のミミカ、ぜいぜいと息をついて疲労を色濃くした。
「に、逃げ足だけは速いのね……はぁ……はぁ……」
集中力が途切れれば思念力は使えない。無意識に障壁を解除してしまうミミカ。
その一瞬を突いて、勇輔はミミカの眼前に、寸止めでパンチを繰り出した。
「あっ……はうぁ!? しまったっ!」
勇輔が身を引く。再び障壁を張るが、ミミカは敗北感でいっぱいになった。
「俺の勝ちだな。女をいたぶる趣味はない、失せろ」
「ぐっ……ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ! ちくしょーっ! 悔しい! 悔しいッ!」
あっさり負けてぺたんと座り、ボロ泣きするミミカ。勇輔は勝利した。
周囲の受験生は続々と合格を決め、戦う姿もまばらになり始める。
だが。そんな中、ひたすらに受験生を狩り続ける男がいた。
「う……ぐっ……! ベボァッ!」
「あなた、『弱い』ですね……。創覇大学に相応しくない……」
酷く痛めつけた受験生の胸倉を掴み、持ち上げ、手元から大爆発を起こして卒倒させる男。
「僕が興味あるのは『強き者』。そこの貴方、女の子との『遊び』は終わりましたか?」
青年は焼け焦げた男を投げ捨てて、勇輔の方を向いて問う。彼は露骨に不快な顔をした。
「強いと思うなら、そもそも戦わなければいいだろう」
「それが貴方のセオリーですか……。実に『合理的』ですね? 先程の戦い、思念力の本質を突いた見事な立ち回りでした。僕はそんな君の『洞察力』を『脅威』に感じる……!」
かけた眼鏡をクイッと持ち上げる青年。
周囲の地面から煉瓦が次々と剥がれ、ふわりと浮き上がる。
「不合格にする前に自己紹介しましょう。僕は啓壱朗と言います。この技は岩礁流星群。フフ……まさかこの程度でやられはしませんよね?」
数十の煉瓦を超能力でコントロール下に置き、勇輔に差し向け、放つ!
一つが一キロはある殺人煉瓦が、新幹線ほどのスピードで襲来するッ!
だが、勇輔は思念力を込めた拳でラッシュし、すべてを叩き落してしまった。
「何の『遊び』だ? 言っておくが、この技は二度と使わない方がいい……」
「フフフ……ハハハハッ! 冗談の分からない人ですねッ!」
啓壱朗は不敵に笑うと、再び岩礁流星群を発動し、煉瓦を宙に浮かべた。
「えっ……ちょ……」
近くで眺めていたミミカ、驚愕。引き剥がされた煉瓦は数百……否ッ、数千ッ!
勇輔の全周から向けられる圧倒的弾幕。回避や迎撃など一見して不可能ッ!
あまりの事態に、受験生たちの誰もがどよめく。
「ハハハ! これが本当の岩礁流星群ですよ! 絶望を感じるでしょうッ!?」
「これがお前の能力か? 下らんな……」
「強がりを! 地獄で後悔するがいいッ! 岩礁流星群ォッ!!」
勇輔に放たれる数千の煉瓦。一つが後頭部に直撃する。啓壱朗の。
「……ッッ!? ガァッ!?」
「お前、人の忠告を聞いてなかったのか?」
細眼で諭す勇輔。制御を失い、バラバラと落ちる大量の煉瓦。
(よ……読まれていた! 同じ技を出すことを! そして奴は恐らく、僕の近くの煉瓦に事前に思念力を込めたッ! 岩礁流星群を使ったら、僕の頭部に向かうようにッ!)
啓壱朗は頭部からだくだく流血しながら辛うじて立ち続け、気絶を免れる。
勇輔は次の展開を読み、レンガに思念力を込め、コントロールを奪取しておいたのだッ。
「お前は俺の能力をよく知らないようだが、そんなことで勝てるのか?」
「ぐっ……貴様、貴様アァァ!」
激昂して突貫する啓壱朗。彼は『エネルギー』を操作する能力を持つ。
空気抵抗を操って摩擦係数を下げ、低空を凄まじい速度で滑空。
そして数トンにも及ぶ物理力を込めて拳を放つ!
「ぐ……!?」
勇輔は回避ができず、腕でガードしたが激しく吹き飛ばされ、付近の植生に突っ込んだ。
「炎熱隼襲波ッ!」
啓壱朗は思念力を熱エネルギーに変え、業炎を隼のごとき造形に変えて、植生に向けて放つ。
「炎熱隼襲波! 炎熱隼襲波!! 炎熱隼襲波ッ!! 炎熱隼襲波ッッ!!」
怒りのあまり、火炎技を連打する啓壱朗。勇輔は大火に包まれたッ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「う……嘘。あんなの死んじゃ……」
冷や汗を流すミミカ。大きく息をつく啓壱朗。火災から姿を現す勇輔。
「……今のは少し効いた」
軽く焼けたジャケットをぱしぱし払って、勇輔の感想。損傷は軽微だった。
「なるほど、貴方は『物体強化』の能力者ですね。服を鎧に変えてダメージ半減、ですか」
「俺に火を放つとは、よほど死にたいらしいな。望み通り不合格にしてやる……!」
勇輔は火炎技を受け、過去の記憶が蘇った。絶対にブッ倒してやると心に誓った。
「やれるものなら……ッ!? ガハァッ!」
勇輔の姿が消える。靴に思念力を込め、地面にも込め、人外の機動力で走り、啓壱朗の背後を取って全力の拳で背中にアッパー。宙に飛ばす。
「うぐァッ! ぐおあッ! ごうァッ! うがアッ!」
啓壱朗はパンチ、キック、肘鉄、膝、カカトとエリアルを食らって地面に叩きつけられる。
そして地面に向けて、思念力を込めた追撃の全力ストレートを叩きこむ勇輔。
だが寸前で転がりで避けられ、地面にボガァとクレーターを作り、硬直と隙を晒した。
「氷塊封身柱ッ!」
啓壱朗は空気中の水分を凝縮し、思念力でエネルギーを奪い去り、勇輔の足元を凍結させる。
「ぬっ……!? うぐぅっ!」
物体操作で逃れようとしたが、啓壱朗は一気に接近、数トンの物理力を込めて蹴りを見舞う。
きりもみ回転で飛ばされ、大学端のブロック塀に叩きつけられる勇輔。
「ぐあッ! ぬぐッ! うあッ! ごふッ!」
頭部にパンチ、腹部に回転蹴り、爆風を放って浮いた所に炎熱隼襲波。
見事な地上コンボだが、勇輔は焼け焦げながら前転して追撃から逃れた。
「な……何よコレ。こんな戦い、格闘ゲームか何かっ!?」
二人の戦いに見とれて愕然とするばかりのミミカ。
試験時間は既に一時間に達している。
学長の秀政が姿を見せ、教務棟の銅鑼を殴り、試験終了の合図を鳴らす。
「今倒れている者は不合格だ。合格者は今から大学入学を認める! 後は好きにするがいい!」
「はァ!? ちょっと待ってよ、二人を誰か止めてよッ!」
ミミカは叫んだが、創覇大学では決闘行為が日常、止めることなど有り得ない。
勇輔が不合格者の捨てた武器で啓壱朗を殴れば、啓壱朗も烈風や鎌鼬を勇輔に放つ。
「あらら、これは予想外でしたねえ」
背後から教員の山田が現れる。びくっとして後退し、障壁を張るミミカ。
「怖がる必要はありませんよ、ミミカさん。私です」
「あっ……山田先生!」
ミミカは以前いた高校で、スカウトで教員の山田敏夫に会ったことがある。
イジメの首謀者を障壁でボコボコにして、退学を告げられた時のことだった。
「久しぶりですね。試験はどうでした? あなたなら簡単だったでしょう?」
「そ、それが……あいつのせいで、危うく不合格になるところだったんです」
そう言って勇輔の方を指差すミミカ。山田先生は腕組みをして考えごとをする。
「勇輔君が? ……なるほど」
「あいつ、あたしが女だからってパンチ寸止めしやがったんですよ! 凄く悔しかった!」
顔を真っ赤にして、耳から蒸気を噴きだして怒るミミカ。
「悔しがる必要はありませんよ。彼は名の知れたプロですからね」
そう言いながら山田は、どうやって障壁を崩したのかなあと心中で思う。
「へ、へぇ。あいつ、そんなに凄い奴だったんだ……顔はガキんちょなのに」
「今のうちに慣れておくことです。この大学ではそこでやってるような決闘はよくあります。むしろアレが大学の成績を決めると言っても過言ではありません」
淡々と述べる山田。ミミカは息を深くすって、大きな声を上げる。
「勇輔って奴! そんな厨二病野郎に負けたらただじゃおかないわよーっ!!」
激しく戦闘していた二人が、耳をピクっと動かす。
ぜいぜいと息を荒らげつつ、一旦戦いを止める。
「はぁ……はぁ……あなたの彼女ですか?」
「違う……さっき会ったばかりの生意気な奴だ……」
「勇輔、体力の削り合いは面白くないでしょう……決着をつけませんか?」
「同感だ、啓壱朗……!」
お互いに全力の思念を拳に込める。一撃で勝負を決するつもりなのか。
啓壱朗は自らの師の言葉を思い返していた。
(啓壱朗、お前には西条の名を継ぐ後継ぎとして『四神』の技を教えてきたつもりだ。だが、お前は未熟すぎる。『黄龍』の技を使ってはならぬぞ……!)
師の教えを回想し、教務棟の方をちらりと見る西条啓壱朗。
(父さん。僕は……禁を破らなければいけません)
学長の西条秀政は、息子の許しを乞うような視線に気付くと、失望した様子で去っていった。
目の前の男は強い。持てる技の全てを出さねば倒されるだろう。ならば。
その思いで、啓壱朗は勇輔に向かって突貫する。
「うおおおおおおおおっ!!」
勇輔に向けて物理力を込めたパンチ。勇輔もクロスカウンターで全力の拳ッ。
しかし、啓壱朗は初撃をかわすことに全力を割いていた。
攻撃はお互いにかすめ、頬から血を噴きだしながら密着する形に。それが狙いだった!
「かかったな……! 召雷電放撃ッ!!」
「なっ…うおあああぁああぁああぁあああああぁあああぁぁあああぁッ!!」
啓壱朗は自らの思念力全てを電気力に変換したッ!
彼の持つ思念技術、『四神』の最高峰。雷を司る『黄龍』の技だった!
「ぐおぁあああぁああああああああああああああぁぁぁああああぁぁああぁあああぁッ!!」
放たれる紫電。爆裂する火花。焼け焦げる衣服。苦痛に叫び悶える両者。
百万ボルトの電荷が二人の体を襲い、互いに卒倒する。ミミカは思わず飛び跳ねた。
「あ、あの男! 相討ち狙い!?」
「ほほー……これは私にも予想外。さて、先に立つのはどっちか……」
山田は髭をぽりぽり掻いて感心する。先に立ち直った方が勝ちかな? と考えた。
「ぐ……ぐぐ……」
痺れる体を辛うじて支え、ふらりと立ちあがる勇輔。
「く……うくっ……」
がくがくと脚を震わせながら、ほぼ同時に立ちあがる啓壱朗。
「しくじったな啓壱朗……お前の思念力は尽きた。お前の負けだ……」
「あなたは……違うんですか? 勇輔……」
そう言って二人はゆらりと近寄り、お互いに拳で顔面を殴打ッ。
「ひっ!」
目を背けるミミカ。思念力を込めた拳なら顔面が潰れる、と彼女は思ったが。
「あ、あれ? 普通のパンチ……?」
「思念力が、尽きた……? そうか、服の電気抵抗を下げて、アース代わりにしたんだ」
山田がぼそりと呟く。勇輔は衣類に思念力を込めて雷撃をいなし、致命傷を回避した。
だが、それは容易ではない。啓壱朗が全ての力を放ったように、彼自身もまた……。
「がふぁッ!! ごふぁッ!!」
二人はナチュラルな拳で互いを殴り合う。もはや小手先の技術など通用しない。
腕力と気合に勝る者が勝つ。決闘はそうした様相を呈していた。
「がんばれ勇輔っ!! 負けるなあああっ!!」
ミミカはいつからか、瞳にうるっと涙を溜めながら応援していた。
彼女だけではない、新入生全てが涙をボロボロ流しながら感動し、熱い声援を送っている。
「ああ、やれやれ……こんなことは教員になって以来初めてですよ」
山田は苦笑い。思念力が同時に尽きるなど、全く互角の相手と戦わなければ起こらない。
まして、それでなお決闘が続くのは見たこともなかった。
さらに何発も殴りあう二人だが、優位は僅かに啓壱朗にある。
「ぐあっ……!」
啓壱朗の放った一撃をまともに顔面に受け、勇輔はぐらりとバランスを崩した。
(今だッ! 僕に残された最後の思念力で……ッッ!)
疲労と痛みと薄らぐ意識の中、僅かに残された思念力を拳に込めるッ。
「うおああああああああああああーーっっ!!」
勇輔はキッと啓壱朗の方を見た。全く同じことを考えていたッ。
「うおおおおおおおおおおおおおーーっっ!!」
全力の拳で顔面を狙う。互いに死力を賭けた最終攻撃を放つッ!
「……っ!」
だが二人の攻撃は外れた。拳はどこも捉えることなく、胸をぶつけて崩れ落ちる両者。
「はぁ……はぁ……く、くそ……決められると思ったのに……」
限界を超えて思念力を使い、意識を半分失いながら、辛うじて話をする啓壱朗。
「はぁ……はぁ……お前は、良くやった……」
人生で初めて対戦相手を褒める勇輔。彼も限界を超えていた。
「ふ……これが本当の『相討ち』ですかね……。僕はもう、戦う力がない……」
「そうか……」
勇輔は手を啓壱朗の額に撫でるように添えて、中指だけを丸く握りこむ。
「……なら、俺の勝ちだ」
「えっ……? がベァッ!」
引っ張った中指に思念力を込めてデコピンッ。啓壱朗は額から血を噴いて気絶した。
力を最後まで温存していた勇輔が、一枚上手であった。
「わああああああああああああーーーっ!!」
湧き上がる観客。スタンディングオベーションして歓喜し、勝利を祝福する新入生たち。
「……ぐ。はぁ……はぁ……」
勇輔は意識を失いかけて目まいを起こし、片膝を折って屈する。
そこに、少女が嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。
「やるじゃない勇輔! やっぱりあんたはすごブァッ!」
不用意に近づいたミミカに、反射的にアッパーを繰り出す勇輔。
「あっ……」
勇輔はしまったという顔をしたが、天へと吹っ飛ばされたミミカ、どしゃっと地面に落ちた。