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終章 思念強化兵器MKⅡ その2

 ある時、勇輔はミミカと「最後の決闘」をする。

 それは自滅によりあっさり終わったのだが、このことがきっかけで……

 勇輔は夜の寮内、二〇三号室で美由紀の個人授業を受けていた。

「むかーしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました……」

 美由紀が手作りの絵本を読み、勇輔に読み聞かせている。

「おじいさんは山に柴刈りに。おばあさんは川へ洗濯に行きました」

「……ぐー、ぐー……」

 勇輔は、座っている美由紀の太腿を枕代わりにして、ぐっすり眠っていた。

「おばあさんは溺死した若い女が川から流れてくるのを見つけました」

「ぐー……」

「これはチンピラにられたなと思い、おばあさんは死体を川から引き揚げました。どうやら妊婦のようでした。おばあさんは腹を裂いて胎児を取り出し、その子は助かりました」

 ブラックな童話である。

「おばあさんは赤ちゃんを持ち帰り、桃太郎と名づけました。酒浸りのおじいさんは桃太郎を嫌って暴行虐待を加えましたが、子供が欲しかったおばあさんはやたらと溺愛していました」

「うぐー……」

「桃太郎は旅に出ました。犬と猿とキジを捕まえ美味しく食べました。どうやら『鬼』が離れの島にいて、人を襲っているそうです。桃太郎は手柄を上げるため、鬼退治に出かけました」

 背筋の凍るよーな大人の童話を、ニコニコと語る美由紀。

「鬼との戦いは壮絶を極めました。左手を喰われて死にそうになりました。桃太郎は鬼の目に日本刀を差し入れ脳髄を砕いて、ようやく退治しました」

「ぐぐー……」

「しかし桃太郎は鬼の細胞を植え付けられていました。左手がみるみるうちに治っていきます。それは鬼の手。そう、桃太郎は鬼になったのです。めでたしめでたし」

 ぱたん、と本を閉じる美由紀。勇輔は目を覚まして問う。

「……それが、桃太郎の本当の話か?」

「うん、私はこう聞いたよ?」

 美由紀が首を傾げて笑顔で言う。勇輔は途端に顔を青くした。

「まさか、俺にも『鬼』の細胞が?」

 思い当たる節はいくつかある。美由紀の攻撃で肌を裂かれたことがあった。

「えっ? そんなことないよ勇ちゃん? 万が一そうなったら、私の研究室にいらっしゃい。一緒に研究しようね?」

 悪びれもせず、にこにこと答える美由紀。

(この女……本当に恐ろしい……!)

 勇輔はさらに顔を蒼白にして、鬼と戦ったトラウマを思い出し、ぶるぶると体を震わせた。

 そんな折、二〇三号室の扉を開けて同居人のミミカが現れる。

「勇輔! あたしとけっと……う!?」

 美由紀と膝枕している勇輔を見つけたミミカ。怒りのあまりオーバーヒートした。

「なっ……な……ううっ……。ゆーすけっ!! ちょっとぉッ!!」

 一気呵成に走り寄り、勇輔の胸倉を掴もうとするミミカ。

 だが勇輔の方が強い。ミミカの怒りのこもった両手を掴み、抑えた。

「どーして美由紀先輩と膝枕してんのよ! あ、あたしよりも先輩の方が大事だって言うの!?」

「眠かったから寝た。それだけだが?」

 素っ気なく答えると、ミミカはさらに顔から激しく放熱した。

「表に出ろっ! あんたと決闘よ! あたしの魅力を分からせてやるっ!!」

 そう言うと、隣にいた美由紀が一言。

「ミミカさん、妬いてるの?」

「えっ……」

「勇ちゃんのこと、好きなの?」

「そ、それは……その……」

 ミミカはストレートに尋ねられて、頬を赤らめて狼狽した。

「決闘したいというなら付き合ってやる。だがこれが最後だ。俺を倒したいなら命がけで来い」

 勇輔は鋭い目をして言う。本気の殺意がこもっている。

「お前が負けたら、寮から出て行ってもらう……!」

 日々の決闘にうんざりしていた勇輔。ミミカを脅して諦めさせるつもりだった。

 だが、ミミカは違った意味で受け取った。

(負けたら……勇輔と、もう一緒に居られない? いら……れ……)

 ミミカは体を震わせて愕然とした。そして小さな声で呟く。

「そう……よね。あたしみたいな『弱い』女なんて、勇輔は興味ないよね……」

 創覇大学は力こそ全ての大学。力なき女は、想いを伝えることができない。

「わかった。あたし、負けたら出ていくよ。『最後の決闘』をする」

 ミミカは腹を括り、決意を込めて勇輔に言う。美由紀は困り顔をした。

「勇ちゃん、いいの? ミミカさんマジ顔で言ってるけど……」

「本人が最後にすると言っているんだ。大学の覇者として応えるのが筋だ」

 勇輔は真剣な顔つきで衣類を整え、そうして厚い鉄製のドアを開ける。

「俺が負けたら、お前の要求を何でも受け入れてやろう。それでいいな?」

「うん。もし、あたしが勝ったら、あんたと……」

「俺と?」

「ううん、勝ってからにする」

 ミミカは想いをそっと胸の内にしまった。

 二人は夜の九時、街灯がうっすら照らす学生寮の広道に出て、距離を取って対峙する。

 部屋にいた美由紀も外に出て、寮の影からひっそり見守る。

「決闘する前に、一ついい?」

「何だ?」

「学長にあたしが焼かれた時、どうして助けに来たの?」

 ミミカが問うと、勇輔は静かに目を閉じて言う。

「同居人が怪我をしているのに、放っておくわけにはいかなかった……」

 心臓がどくんと高鳴るミミカ。本当に最後の決闘をするの? と自らに問う。

 もう二度と決闘しなければ、勇輔と別れずに済む。しかしそれでは、自分は『弱い』ままだ。

 別れるのも、弱いままでいるのも、彼女は嫌だと思った。

「……サツキ、無事に治してくれた?」

「ああ。リハビリの必要はあるが、ともかく体は動くようになった」

「そっか……勇輔、今までありがとう。あたし、後悔してない」

 思い残すことがなくなって、迷いが吹っ切れる。

(勇輔を倒せば、倒しさえすれば、別れなくていいんだ! 何を恐れてるのミミカ! あたしは今や、空を飛ぶことだってできる! 命を捨ててでも……絶対に勇輔に勝つんだッ!)

 そう強く決心して、ミミカは新しい能力、加速ブーストの機器を背部に具現化する。

 そして、感じたままの自らの思いを偽りなく素直に述べる。

「あんたと決闘することがあたしの全てだったの。今日は死んでもいい」

「何を言って……むっ?」

 勇輔はミミカを見て驚く。見たこともないハイテク機器が備わり、ふわりと空に舞う少女。

 翼を持つその姿は、まるで天使のようにも感じられた。

加速ブーストっ……!」

 ズドボウッと思念力の推進炎を放ち、ミミカは高度二十メートルに飛翔。

 そして対戦車ミサイルランチャーを手に創り出し、地上の勇輔に向けて構える。

思念力兵器イマジナリーウェポン発射ファイアッ!!」

 有線誘導ミサイルが発射される。勇輔は靴に思念力を込めて全力ダッシュ。

 ミサイルが地面に着弾して大爆発を起こすが、命中しない。

 勇輔は付近の大木に走り、靴に思念力を込めて幹に接着して地面代わりとし、垂直に登る。

 そして大木の頂上から凄まじい跳躍力でミミカに飛びかかった。

「えっ!?」

 ミミカは驚き、加速ブーストを噴かして回避運動を取ったが、勇輔に接近を許した。

 手には木の枝。思念力を込めて一撃必殺の威力が込められているッ!

「ぐぅっ……思念刀ソードっ!」

 振り上げられた枝を辛うじて回避したが、肩が裂けて血が噴き出た。

 ミミカは思念力の木刀を手に具現化しつつ、空中でくるんと回って態勢を立て直す。

「あああああっ!!」

 そして反撃とばかりに加速ブーストで反転し、時速百キロで勇輔に斬りかかった。

 まだ空中にいる勇輔に思念力全開の木刀を叩き込むが、勇輔は枝で受けた。

 二人して密着する形となり、ミミカはそのまま付近のゴミ捨て場に加速ブーストを噴かして突っ込む。

「ぐあっ!?」

 激しく飛び散る大量の空き缶。破壊されるカラス避けの網。木刀と枝がどこかに飛んで行く。

 勇輔は服に思念力を込めて衝撃を防いだが、ダメージは避けられなかった。

「はあああああああっ!!」

 馬乗りになったミミカ、右手で最大出力かつ一撃必殺の思念パンチを放つッ!

 だが勇輔はミミカを蹴りつけて引き離し、あまりにも危険すぎる拳の一撃をかわした。

「ぐぅうっ……! あ、あたし……は……っ!」

 蹴りつけられたミミカ、宙を舞いながら加速ブーストを発動し、再び空へと飛翔。

 勇輔も態勢を立て直し、付近の大木を背にしてミミカと相対。

「あたしは! 勇輔を倒して!! 一緒に暮らすんだッ!!」

 最大推力の加速ブースト。時速二百キロに達する凄まじい突貫ッ!

 全身全霊を込めて、再び、最大威力の思念パンチを放つッ!

「……え?」

 だが、勇輔は伏せた。ミミカの進路には大木だけがあった。

「ああうっ!!」

 頭から大木に突っ込むミミカ。ぐったりと体を折り、思念ロケットが崩れ落ちて消える。

 大量に出血した頭部から、木の幹に血潮が流れ落ちてゆく。

「ミミカ、しっかりしろ!」

 その様を見て、勇輔はしまったと思い、不安げにミミカに駆け寄った。

「う……あ……。な、何するの……ま、まだ決闘中……でしょ……」

「中止だ。看護センターに連れていく」

 勇輔は懐から包帯を出してミミカの頭に巻き、微弱ながら思念治療の光輝を放って応急処置。

 ミミカは泣いていた。負けられない戦いに敗れてしまった。

「や、やめて……よ。あたし、あんたと、別れ……たくない……」

「そんなつもりはなかった。お前を悲しませたのは謝る」

「ば……ばぁか……」

 前言を撤回する勇輔。ミミカの想いは確かに届いたのだ。

 勇輔はミミカを抱いて、足早に看護センターに向かって走る。

「……勇ちゃん、相変わらず優しいんだから」

 影から見守っていた美由紀が、くすっと笑って呟いた。


 看護センターに着いた勇輔は、頼子とまず取引をした。

「いつも済まないな。ミミカが頭をぶつけた、治してくれないか」

「またなの? もう、本当に困った子ね……」

「今後も同じことが予想される。俺は常勤の医師になろう。思念治療をもっと学ばせてくれ」

「えっ……い、いいわよ。もちろんよぉぅ……」

 そう言うと、頼子は頬を赤らめてうっとりした。本当にダメダメである。

「さ、ミミちゃん。まずは頭のレントゲン撮ろうね」

「え……? レントゲンだなんて、大げさな……」

「何言ってるの。脳から出血したら命に関わるわよ。検査くらい受けなさい」

 頼子は念のためミミカの頭部レントゲンを撮り、それから思念治療で頭の外傷を治した。

「現像には時間がかかるわ。もし脳に異常があったら連絡するからね」

「うん、頼ちゃんありがとう……」

 ミミカは診察室の丸椅子に座り、敗北のショックで俯いたまま、小さな声で感謝を述べる。

「使い慣れない能力で戦うからこうなる。強くなるのはいいが、迷惑をかけるのは止めろ」

 勇輔が包帯を外しながら言う。ミミカはきょとんとした。

「……あたし、強くなってるの?」

「そうだな。入学試験のときよりも遥かに強い」

 勇輔に褒められて、ミミカはにこっと嬉しそうな顔をする。

「そっか……ありがとう勇輔。あたし、もっともっと強くなるね!」

「あんたって本当に懲りないバカ女ね。そんなに勇くんと決闘するのが好きなの?」

 頼子が呆れまくりで言うと、ミミカはムッとした顔で睨む。

「何よ、悪い? あたしこれが『人生の全て』だもん!」

「そこまで言うかッ! どんな育ち方したらあんたみたいな女になるのよ!」

 マジ顔で突っ込む頼子。そして当然のように口喧嘩が始まる。

「ああん!? 文句あるなら闘いで語りなさいよ! バカ頼子っ!」

「何だとコラ!? 博士号サイコドクターのあたしをなめてんのかボケミミカっ!」

 頼子はサイコドクター、つまり大学の博士である。

 思念治療の専門家で多くの論文を発表しており、十七歳の若年ながら素晴らしい逸材だった。

 もっとも、戦闘能力を評価される修士バトルマスターとは違い、研究要員の博士サイコドクターは戦闘面で頼りない。

「見苦しいぞ二人とも。仲が良いのは分かるがそこまでにしろ」

「どこが仲良しじゃいッ!」

 独自の論理を展開する勇輔に、二人して同時に突っ込む。

「山田のおっさんが言ってたぞ。決闘するほど仲がいいとな……」

「う!?」

 女の子ふたり、同時に顔面を硬直させる。そして二人でお見合い。

「俺はレントゲンの現像を出してくる。似た者同士、仲良く話でもしろ」

 そう言って勇輔は奥の部屋に去っていった。

「……頼ちゃんとあたし、そんなに似てる?」

「……頭はいいけどアホって言いたいのかな?」

 頼子の言う通りだった。

「話変わるけど、サツキを治してくれたんだってね。ありがとう」

 ミミカが感謝を述べると、頼子はキラキラと目を輝かせてうっとりした。

「別にいいわよ。おかげで勇くんがお医者様になってくれたし……♪」

「そ……そう。ぐぬぬ……」

 イライラして頭を抱えるミミカ。想い余って不満を爆発させる。

「ああもう! どうして勇輔に女が寄ってくるのよ! 勇輔はあたしだけの獲物なのにぃっ!!」

 頼子、片利奈、ゆかり、美由紀と勇輔には多くの女が好意を寄せている。

 そう思い込むとミミカは居てもたってもいられなかった。

「ミミちゃんは勇くんのこと好きなの?」

「ふ、ふぇ? な、何よ頼ちゃん。そそそそんなことないよぅ?」

 本日二回目の質問。平静を装ってさらっと返答しようとするミミカ。

 だが耳から黒煙がぶすぶす噴き出すのは抑えられなかった。

「そんなに好きなら、押し倒してヤっちゃえばいいじゃない」

「がふァッ!」

 ミミカは殴られてもいないのに悶絶した。

「だいたい一緒に暮らしてるのに、二人でお風呂に入ったりしないの?」

「ごふァッ!」

 大人の質問が乙女の心にクリティカルヒット。

「せめて寄り添って手を握るとかさあ……」

「どげぶァッ!」

 気絶寸前の重傷をチャイルドハートに受けるミミカ。

「……あんたって本当に子供なのね」

「う、うるさいッ! そーいう話ほんとーにダメなのぅっ! あたし帰るねッ!」

 顔真っ赤にしてまくし立て、ミミカは恥ずかしさのあまり逃走した。

「……頼子、少しいいか?」

「ん? どうしたの勇くん」

 ミミカが帰った後で、勇輔が奥のレントゲン室から顔を出す。

「ミミカはどうした?」

「帰ったよ。何か顔が青いけどどうしたの?」

 頼子が返答すると、勇輔はとても沈痛な面持ちで床を眺める。

「……そうか。お前に相談がある。来てくれ」

 勇輔はレントゲン室に頼子を招く。

 室内のボードには、ミミカの頭部X線写真が張られていた。

「これを見ろ」

「……えっ!? こ、これは……!!」

 レントゲンには驚愕すべきモノが写っていた。

「脳の二割ほどが機械に置き換えられている……!」

「こ……れ、脳がひしゃげてるじゃない! 一体どうしてこんな……」

 頼子は写真を見て、体を震わせて愕然とする。

「随分と年月が経っている。恐らくは幼少の頃から埋められていたのだろう。機械を覆うように脳が成長し、変形してしまっている……!」

 勇輔は淡々と説明するが、内心は穏やかでなかった。

 ミミカは明らかに通常の人間ではない。機械……なのか?

「このままでは命に関わるかもしれん。精密検査をしなければならない」

「う、うん。そうね。でも、何でこんなのがあの子の脳内に?」

「分からん……が、俺が知るだけでも三回、ミミカの頭に強い衝撃を加えたことがある。この機械が誤作動を起こした可能性は否定できない……!」

 アッパーとデコピンと大木に衝突したことを思い出しながら勇輔は言う。

 確かに思えば、その度にミミカの様子がおかしくなっていた。

「ちょ……そんなに殴ったの?」

「……すまん。不可抗力だ」

「まあ、まさかこうなってるなんて知らなかったものね。私もようやく理解したわ。ミミカのイカれた人格は脳が歪んでるせいよ」

 頼子本人は大真面目に言っているが、バカにしているようにしか見えない。

「思念治療で治せるか?」

「ダメね、思念治療は恐らく逆効果。脳が膨れ上がって圧迫するだけよ」

 期待を寄せる勇輔だが、事態はそう簡単ではなかった。

「ここを見て。普通の人間にあるはずの延髄が、ほとんどない。延髄の機能を機械が肩代わりしているのかしら? だとすれば……」

 レントゲン写真を指示棒で示す頼子。勇輔は静かに言った。

「この機械を外せば、ミミカは死ぬ……」

 延髄とは、人間の生命活動を司る器官である。

 呼吸や心拍といった生命維持に必要不可欠な活動をコントロールしている。

 そんな所にある機械を無理に外せば、ミミカは間違いなく死亡する。

「そうね。恐ろしいのは、機械が古くなった時のことよ。今はきちんと動いてるようだけど、もし何かの原因で停止したら……」

「……ミミカ」

 勇輔は拳を握った。どんな事情にせよ、このままではミミカがいつ死ぬかも分からない。

 それだけは、駄目だ。何とかして最悪の事態を回避しなければ……。

「俺は調査に出向く。ミミカには内緒にしてくれないか?」

「もちろんよ。医者は秘密を守るのが仕事だもの」

 頼子は手を振り、退出する勇輔を見送った。

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