終章 思念強化兵器MKⅡ その1
謎の男、メルカーヴァとマガフ。
【終章 思念強化兵器MKⅡ】
四月の後半に入り、ミミカは不思議な感覚に陥るようになった。
体調が悪いという訳ではないのだが、時々、眩暈のような錯覚に襲われる。
もっと思念の技術を身につけろ、もっと強力な思念力を使えと、心中で誰かが煽るのである。
(あたし、どうしたんだろう……? 頼ちゃんに相談しようかな……)
比較的新しい建物である東五号棟、思念機械工学の講義室に入ったミミカは思った。
この講義はどうも人気がないようで、今日の出席者はミミカだけである。
「はぁ……誰もこないじゃん、つまんないの」
しばらくすると、うら若い教員が教室に入ってきた。
「こんにちは。おや、今日は一人か……」
「こんにちわ、メルカーヴァ先生。もう、みんなサボっちゃって……」
メルカーヴァは創覇大学の准教授で、機械工学の専門家、そして外国人である。
紺のスーツ、ネクタイと大人びた服装だが、容姿は美麗で、いかにもモテそうな青年だった。
十九歳と随分若いのだが、世界の最先端の技術を研究する素晴らしいエンジニアだった。
「ははは、まあそんな時もあるさミミーカ」
外国人ということで、いささか癖のある日本語を話すメルカーヴァ。
「さて、今日は思念ロケットエンジンの講義をしようか。これを見てほしい」
そう切り出して、メルカーヴァは小さな金属製のロケットを机に置いた。
「思念力はエネルギーと密接な関係を持っている。推進力Fは思念力Iに変換係数Kを掛けたものに等しい。つまり、思念力をロケットエンジンの推力に変えることができる」
黒板に公式が書かれる。大学の講義とあって、内容はいささか難しい。
メルカーヴァは思念力を小さなロケットに込めて、エンジンのスイッチを入れる。
ドゴボゥッとロケットが噴煙を上げて垂直発射され、天井に凄まじい速度で突き刺さった。
「わ! すごーい!」
「見ての通り、思念力でロケットを飛ばすことができたね」
メルカーヴァが簡単に説明する。ミミカは面白そうに眺めていた。
「今日の課題は、このロケットを飛ばすこと。ミミーカもやってごらん」
ロケットについていた紐を引っ張って天井から外し、ミミカに渡すメルカーヴァ。
「ええと、ロケットが飛ぶように思念力を込めて、と……」
そうやって思念力をロケットに込め、エンジンのスイッチを入れるミミカ。
「わっ!」
ロケットが白い噴煙を上げ、轟音を上げて天井まで飛んでいった。
「で、できた! 意外と簡単……」
「君は筋がいいね。普通の学生は十センチも上がらないのに」
「えへへ、ありがとうメルカーヴァ先生」
ミミカは照れ臭そうに頭を掻く。
「さて、課題も終わったし講義は終わりだ。今日はここまで」
「え……? もう終わりなんですか?」
「普通はもっと練習するけどね、ミミーカが優秀でやることが無くなってしまったよ、あはは」
メルカーヴァはそう言って明るく笑う。ミミカは帰るのも難なので質問することにした。
「このロケット、もっと深く知りたいです。何か教えてください」
「わかった、別の話をしよう。思念ロケットは僕らの未来を変える可能性を秘めているんだ」
天を仰ぎ、希望を内に秘めて語るメルカーヴァ。
「今、人類が使っている燃料のロケットでは、エネルギーの変換効率が低く、スピードを出すことができない。例えば光の速さを光速と言うけど、それを出せるエンジンは存在しない」
「思念ロケットエンジンなら、できるんですか?」
「そう。思念ロケットエンジンの最大エネルギー変換効率は百パーセント近い。これは理論上、宇宙空間なら光の速さまで加速できることを意味している。我々が夢見る宇宙旅行の時代は、すぐそこまで来ているんだ」
そう語ると、ミミカは目をキラキラさせて嬉しそうにした。
「す……凄い! 思念力でそんなことができるなんて! あたしこの大学に入って良かった!」
「まあもちろん、変換効率は思念力を使う人によって決まる。優秀な人間をパイロットとして育てる必要があるだろう。まだ実用化には遠いね……」
メルカーヴァが苦笑いして言うと、ミミカは両手を握って席を立つ。
「あたし、パイロットになります! これから今すぐ!」
などと言って、思念力を肩に込めてエンジンを具現化するミミカ。
ランドセルにゴツいロケットがついたような、不格好な装置が創られる。
メルカーヴァは怪訝そうな顔で首を捻った。
「ん? なんだい、それは……」
「あたし、思念力で道具を作ることができるんですっ! こうやってロケットを具現化して、それにあたしの思念力を込めれば、空も飛べるはずっ!」
くるんと振り向いて、非常にダサいロケットを自慢するミミカ。
「君はすごいね、その発想は無かったよ。僕にも協力させてくれないか?」
「えっ! ほ、本当ですか!?」
教員が能力開発に参加してくれると知り、ミミカはとても喜んだ。
「そのロケットには改良の余地がある。前後左右上下、全ての方向に推力を発揮できること。加減速やホバリング、離着陸を行う機能を持つことが必要だ」
メルカーヴァは自らの工学的知識をまとめ、新しいロケットの設計を黒板に書いていく。
「これでどうかな? 創れるかいミミーカ」
「はい、やってみます!」
黒板に書かれた精密な設計図を元に、ミミカは新しいロケットを思念力で具現化した。
前進用に双発のメインブースタを背負い、肩部にサブブースタを姿勢制御用に二つ背負う。
プロの作ったデザインは美しく、ミミカに合わせて丸っこく可憐な容貌に作られていた。
「わ……これ凄い! 何だか今すぐ飛べそう!」
「うーん。思いつきだから、ちゃんと飛べるかどうか……」
メルカーヴァは頭をポリポリ掻いて、懸念を口にする。
だが、命知らずのミミカは早速ブースターに思念推進力を込めた。
「ミミカ、発進っ!」
ブースターがドウッと蒼い炎を噴き出して、ミミカの体がふわりと浮かぶ。
そのまま簡単なテスト。前進後退したり、旋回したりする。
「や、やった! 大成功だよ先生っ! ありがとう!」
ミミカは最大限の笑顔を振り撒いて、両手を伸ばして大喜びする。
「これであいつに勝てるっ! また来るね先生!」
ドウッドウッとジェットを噴かし、物凄いスピードで講義室から出ていった。
「……ふふ」
メルカーヴァはミミカが去った後、ニコァと怪しく嗤う。
「創覇大学に来て正解だよミミーカ。君に相応しい鍛錬の場、だった……」
そう言って、携帯端末を取り出してどこかに電話するメルカーヴァ。
呼び出し音が数度鳴り、程なくして低くいかつい声が応答した。
『どうした? 定期連絡以外で電話をするな、機密の漏洩に繋がる』
「マガフ、鳳仙院夫妻の資料は到着したか?」
『そのことか。お前が大学から盗み出した資料は受け取った。漏洩した国家機密は回収した』
マガフと呼ばれた男は、電話の向こうで封筒に入った資料を眺めつつ答える。
理事長が部屋で探していた、鳳仙院夫妻の個人資料のことだった。
「それは良かった。ところでマガフ。もう一つ、国家機密を回収しなければならない」
『いきなりどうしたメルカーヴァ。何を見つけたと言うのだ?』
「マークツー、ミミーカを発見した」
『何……!? 本当か!?』
驚愕に震える声が携帯端末から響く。
「現在は僕の監視下にある。すぐに回収作業を行いたい。本国からの応援を要請する」
『わかった。すぐに特殊部隊を派遣する。あくまで監視にとどめ、単独行動は控えろ』
「知っているさ、マガフ。日本政府に気付かれたら終わりだからな。以上」
メルカーヴァは通話を切る。そしてぷるぷると歓喜に体を震わせる。
「MKⅡミミーカ。僕の、僕の可愛い可愛い可愛い妹……ああ、可愛すぎるよミミーカッ!」
狂気の笑みを浮かべ、気持ち悪く独り言をつぶやいた。