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9. 街へ行こう

 森を抜けると、そこは小高い丘になっていた。

 僕たちは少し歩いて、一番近い片側一車線の細い道路に下りる。

 路肩に沿って設置されたガードレールに両手を置くと、切り立った崖の先には閑静な住宅街が広がっていた。二階建ての住居が曲がりくねった道路にそって立ち並び、特に交通量が多いであろう道路の近くにはスーパーマーケットがある。まだ夕飯のための買い出し時間には早いが、それなりの車が駐車場に停まっている。遠目で見る限りでは、元の世界でも使われていた車と大きな違いはないようだ。

 少し遠くに目をやると、川を挟んで向こう側は中心市街地になってるようで、大小様々な建物が立ち並び、より多くの車が往来していた。大きな建物は鉄筋コンクリートだろうか、一番高いもので20階ほどの高さがあり、一面に張り巡らされている窓ガラスがキラキラと太陽の光を反射している。

 僕の実家はかなりの田舎だったから、これほどの建物は並んでいなかったが、大学があった街並みと大きく違いがないように感じた。

 しかし、更に上に視線を向けると、その考えは間違いだったことが分かる。住宅街の上に広がる空間には、うっすらと空間の歪みとでも言えるような、光量が不連続な面がある。その境界面は街全体を覆うようにドーム状に広がっていた。


「想像していた街とは違った? それとも想像通り?」

「どうだろう。ある意味想像通りではあるけど、ちょっと拍子抜けだったかもしれない」


 僕は、微笑みながら美和さんの質問に答える。


「魔法が絡んでいるように見えるものは殆ど無いでしょ?」


 美和さんも、僕に同意するかのように笑みを浮かべる。


「でも、街を覆うようにドーム状の結界みたいなものがあるね」


 美和さんは瞠目し、しかしその目の輝きは好奇心で満たされていた。


「ふうん……詠太くんがあれに気づくとは思っていなかったわ」

「確かに殆ど見えないからね。気づかない人の方が多いかもしれないね」

「そういう意味ではないわ。あれは、完全に魔法だけで作られた結界だから、魔法使いにしか見えないわ。それも、よほど感応力が高い魔法使いにしか」

「――感応力?」

「感応力というのは、言うならば精霊との結びつきの強さを示す言葉よ。感応力が低い魔法使いは精霊達が見ている世界の様子は分からないけど、感応力が高い魔法使いは、精霊たちが見ている世界の様子がうっすらと分かったりすることがあるの。それに、感応力が強い人ほど強力な魔法を使えることが多いわ。多くの魔法使いが実験に協力して、しっかりと検証された事実よ」

「つまり、僕は強い感応力を持っているんだ」

「そういうことよ。まさか、別世界の人がここまで高い感応力を持つなんて……流石に想定していなかったわ」


 それじゃあ、僕に精霊の声らしき物が聞こえるのは、感応力がかなり高いからかもしれない。恐らく、実験に参加した魔法使いには、そこまで高い感応力を持つ人がいなかったのだろう。期せずして、精霊の声が聞こえる理由を知ることが出来たのは重畳だった。


「それにしても、何で街を覆うように結界を?」

「この世界では常識なんだけど、魔獣の被害を防ぐためよ。要は、魔法を使える野生の動物のことね。魔法は、人間だけに与えられた特権というわけではないの」

「そうしたら、この結界は害獣を近づけないという効果でもあるのかな?」

「いいえ、これは内部での魔法の発現を抑制するだけよ。そう言った効果を結界に付与するのは、かなり魔法力を使うから誰にも出来るわけではないわ。魔法の発現を抑えるだけなら、広い空間を支配するイメージだけで実現できるから簡単なのよ」


 魔法の発現を抑制するのはそれほど難しくないようだ。先に結界で空間を支配すれば良いというお手軽仕様だ。


「それじゃあ、魔法での勝負は早い者勝ちみたいになりそうだね」

「実際のところはそうでもないんだけどね。詳しい話は後にして、まずは買い物に行きましょう」


 美和さんは、黒いローブの内側から――何処に仕舞っていたのだろうか――携帯電話を取り出すと、タクシーを呼ぶ為に電話をかける。

 彼女はどうやら、何処に行くときもこの黒いローブを纏っているらしい。自分は魔法使いですとでも喧伝しているようで、恥ずかしいのではないのかと聞いてみると、「私は魔法使いであることに誇りを持っているの。黒いローブは、古くから伝わる伝統的な魔法使いの正装なんだから」と仰っていた。

 暫くすると、白色をベースとした普通のタクシーが僕達の前に停まったので、二人で乗り込む。タクシーの周りには結界のようなものは無かった。魔獣が居たらとにかく逃げるという事なのだろう。

 街に入る前に結界の表面を通過したが、少し違和感を感じただけだった。

 中心市街地にある、大きなデパートの前でタクシーは停車した。美和さんは黒ローブの中から黒一色の革財布を取り出し、五千円近くに達していた運賃を支払う。

 そびえ立つデパートの威容は、僕が始めて都会に来た人だったら圧倒されていただろう。近くだとそれだけ大きく感じられた。


「さぁ、早速洋服を買うわよ!」


 そう言うと、僕のことを引っ張って男性用の洋服売り場まで一気に移動する。


「これはどうかしら?」


 そう言いながら、僕の体に服を何着も当ててどれが似合うかを試す美和さん。僕はまだ自分で一着も選んでいない。僕がお金払うわけではないから、別にいいんだけどね。

 あれこれと試して彼女のお眼鏡に叶ったのは、次々に買い物かごに入れられていく。そして、サイズが合っているか確かめておいてと言われ、買い物かごを二つ渡される。


「え? これ全部試すの?」

「当たり前じゃない。早く着てサイズ確認してね!」


 僕を試着室に押し込む美和さんは、とても楽しそうだった。

 結局全ての服を試着して、サイズに問題がないことを確認して購入した。


「後は、下着だけかな。流石に僕に選ばせてくれるよね?」


 すると、美和さんは悲しそうな顔を浮かべる。


「えっ。美和くんに似合う下着いっぱい考えてきたのに」


 ちょっと待って。美和さんは何を言っているんだろうか。似合う下着ってどういうことだろうか。下着って基本的に、見せるものじゃないよね? その……特定のシチュエーションを除いては……

 僕は、至ってしまった考えを必死に頭から振り払おうとするが、その間にも顔がどんどん赤くなっていく。


「だ、だめだよ。流石に下着を選んでもらうなんて申し訳ないよ」


 冷静さを失っていた僕は、致命的な断り方をしてしまう


「そんなことなら遠慮しなくていいのよ。私が好きで選んでいるんだから」


 真っ赤になる僕を横目に、次々と下着を選んでいく美和さん。何故か、ちょっと可愛い系の柄が入っているものが多い。


「美和さん、そういう柄は僕に似合わないと思うんだけど……」

「詠太くんは可愛いから、きっと似合うと思うわ」


 柄物を避けようとするせめてもの抵抗は、一瞬で無残にも打ち砕かれてしまった。むしろ、可愛いと面と向かって言われたことで、ダメージが増えたかもしれない。

 結局、柄物の下着を大量に購入することになり、着替えのたびに悲しい思いをすることになる詠太だった。

詠太は感受性が豊かであると同時に、感応力も豊かなようです。

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