8. お説教
「どうして、炎じゃなくて、光の魔法だったの? 現代的知識を持つ人が光の魔法を扱うのは火の魔法を扱うよりも、事前に確認して、気をつけておくべき点が多いのよ」
家の前に戻ってきた美和さんに、僕は詰問されていた。
X線が発生する可能性がある光の魔法をいきなり発動させたせいだ。
「炎が光る原理を考えて、それを実行しただけなんだ。炎が光るのは電子が励起されるのが直接の原因だから、それをイメージしたんだ」
僕はうなだれながら、どうして発光魔法になってしまったのかを説明する。
その言葉に、美和さんは目を見開き驚きの表情を浮かべる。
「それは、珍しいタイプね。魔法を使う多くの人は現象の直接的なイメージを利用するのだけど、科学的なイメージで現象を起こすなんて……」
大学で物理系学科に所属していた関係か、僕は科学的な連想から現象を発現させていた。
この世界では、このタイプの魔法使いは珍しいらしい。考えてみれば当たり前で、イメージすれば実現できるから魔法なのに、科学の知識を経由するのは無駄骨だ。
「美和さんが炎を手のひらに出していたのは、直接その現象が起こっている様子をイメージするためだったんだ」
「なんで、それに気づかなかったのよ!」
美和さんが、半目で僕のことを睨む。確かに、そこら辺の意図をしっかりと掴めていなかったのは僕の落ち度だ。僕はすっかり申し訳なくなって、萎縮してしまう。
「次から、気をつけてくれればいいの。過ぎてしまったことは仕方がないわ。もし、次に光の魔法をその方法で発動させるなら、どの程度エネルギーを電子に与えるか、しっかりイメージして頂戴」
「ごめん、次からはもっと気をつけるよ」
ひと通り説教も済み、やっと美和さんも人心地ついたようだ。顔に笑顔が戻っている。
切り替えが早くて、僕もズルズルと悪い気持ちを引きずらなくて助かる。
「そもそも、現象をイメージするだけで本来魔法は使えるのだから、そちらも試してみる?」
「そだね。じゃあやってみるよ」
折角なので、普通の方法で魔法を発動させてみることになった。
美和さんが出現させた炎を見ながら、僕の手のひらの上で炎が揺れる様子をイメージする。
『妖精さん、僕の頭のなかのイメージを再現してもらえませんか?』
一生懸命精霊さんにお願いしてみるが、『なんか、微妙。君は科学の知識で頑張ってみてよ!』という声が聞こえた気がした。
精霊の存在はまだ確認されていないらしいのだが、僕には精霊の声が聞こえる気がする。しかも、これで三度めだ。世紀の大発見だと思うんだけど、頭のなかに直接聞こえてくるだけだから、実証することもままならない。この事実は心の奥底に、そっとしまっておくことにした。
「美和さん、ダメみたい。僕にとってのイメージは、科学的じゃないといけないらしいよ」
「まだ、少ししか試してないじゃない。でも、確信があるみたいだからそういうことにしておくわ」
当たり障りのない範囲で誤魔化したつもりだったが、何か隠している事がバレてしまったようだ。
追求して来るわけではないので、僕としては非常にありがたかった。
「僕が魔法が使えることはわかったけど、魔法が使えると他の人に比べて仕事とかで優遇されたりするの? というか、考えてみれば、外の社会ってどうなっているのか知らないなぁ。歴史的には僕が住んでいた世界とあまり変わりないから、だいたい同じと予想しているけど……」
「そこら辺のことを話していなかったわね。服とかも家にあるものを使ってもらっていたから、街に出てなかったし」
今までは、美和さんが召喚された人のために用意していた服を使わせてもらっていた。サイズは若干大きいけど、ミシンで作られたようなしっかりした作りのものだ。そこら辺の服屋で置いてあるものと変わりがない。
それに、彼女は普段からこの森のなかに引きこもっているようで、潤沢な食料が備蓄されていた。その代わりに、あまり新鮮な食べ物を食することはなかったが。
折角だから少し畑を作って食べ物を栽培すればよいのに、とも思ってしまうが、あまり興味が無いのだろう。
「社会科見学じゃないけど、少し街に行ってみる? 久しぶりに色々と買い物をしたいしね」
「僕も案内してもらえると嬉しいな。この世界の常識とか、社会の様子とか色々知っておきたいしね」
「じゃあ、午後は街に行きましょう」
魔法がある世界での街がどのような発展をするのか、交通手段はどうなっているのか、お店には魔法用品があるのか、人々の暮らしは変わらないのか、始めての遠出に僕の心は期待で踊った。