7. 魔法教室補講
結局昨日は、美和さんが「魔法の練習するなら体調を万全にしてから」という事で一日中、家の中で休むことになってしまった。僕のことを心配してくれるのは有難いけど、ちょっと過保護な気もするような……
今日も空は晴れ渡っていて、外で魔法の練習をするのには絶好のコンディションだ。
今度こそ余計なことを考えないようにして、魔法を使えるのか確かめたい。
「昨日の続きで、炎を手のひらに発生させればいいんだよね?」
美和さんの隣を歩きながら、家の前の開けた場所に移動する。踏みしめる草本の感触が心地よい。
「それで大丈夫よ。今日の体調は大丈夫?」
「問題ないよ。というより、昨日も問題なかったと思うんだけど」
「魔法の訓練は体調を万全な状態にしてから望むのが基本なの。いわゆる魔力切れを経験すると、とんでもなく気持ち悪くなったりすることもあるから」
なるほど、体調を気にするのもちゃんと理由があるのか。でも、記憶が正しければ、魔法を行使するのは精霊だから魔力切れって起こらなそうな気がするけど……
「魔力切れって言うのは、魔法の発動に失敗したり、規模が大きな魔法を使用する際に起きる現象よ。気を失ったり、気分が悪くなったり、症状は様々ね。直接的に魔力切れで死ぬことはないらしいから、そこは安心ね」
「不思議な現象を起こしているのが、精霊なのに術者が体調を崩すの?」
「そうよ。過ぎた力を望む術者への天誅とか、私達が精霊に供給しているエネルギーが足りないから起こるとか、精霊から力を貸してもらうための代償だとか、色々な説があるわね」
「理由はともかく、向かない人が魔法を使おうとすると、魔力切れになるってこと?」
「その理解で概ね問題ないわ。勿論、魔法に適正がある人でも大きな魔法を使うと魔力切れの症状が現れるから、自分の実力に見合った魔法を使うことが大切ね」
新しい情報を頭に叩き込みながら、軽く腕を回して体をほぐす。
昨日は気付かなかったが、開けた森の広場は何処と無く静かな気がした。鳥の鳴き声や、草木の擦れ合う音が心なしか少ない気がする。
森が奏でる小さな音が心に響き、落ち着くことが出来た。
「まずは、私が火を起こすわね」
それと同時に、美和さんは手のひらの上に小さな炎を灯す。
僕もそれに習って、魔法のイメージを始める。
炎が発生する原因は酸素と可燃性の物体の酸化反応による。一度酸化反応が発生すると、酸素と可燃物はよりエネルギーが低い安定した物質に変化し、この時に余剰エネルギーが発生する。このエネルギーの一部は原子の電子軌道の準位が高くなることで一旦吸収されるが、その状態は不安定なため、すぐさま元の準位に戻ろうとする。この時のエネルギーは光として空間に放射される。光に変換されなかったそれ以外のエネルギーは、熱エネルギーとして物体の熱振動を激しくする。
これが、燃焼の大雑把なメカニズムだ。これを一度にイメージするのは難しいから、もっと簡単に再現する方法を考える。普通に考えるならば、可燃性物質として水蒸気から水素を作って、それに燃焼反応が始まるのに必要なエネルギーを熱振動として与えるのが良さそうだ。
でも、水蒸気から水素を作るって大変だよなぁ……
あれ? 考えてみれば、普通の燃焼と同じである必要は無いよな。それだったら、直接電子にエネルギーを与えれば光るよね?
『精霊さん、心を開くので僕のイメージ通りの現象を起こしてくれませんか?』
分かったよ、と言う声が頭に響いたような気がした、
気づくと、手のひらの上の空間が光り始めていた。
「やった、成功だ!」
嬉しくなって、思わず声を上げてしまう。まさか一発で成功すると思っていなかった。
美和さんも喜んでいると思って見てみると、何故か頬を引き攣らせながら、発光している空間を見ていた。
僕が美和さんを見ていることに気づくと、美和さんもこちらを見つめてくる。あれ? なんか、目が怒って……る?
「なんで、炎を出せって言ったのに、発光させてるのよ。どうやったのかしら無いけど、X線とか出てたらどうするのよ!」
やばい、X線の事はすっかり失念してた。与えるエネルギーを大きくし過ぎると、よりエネルギーが高く、波長が短い、X線が発生する可能性があるのだ。
「うわぁあああ、それはやばい。今消すから怒らないで」
悲鳴混じりの声を上げながら、僕は光を消すために精霊さんに『どうか、この現象を終わらせてください』とお願いしてみる。すると、『え~面白そうだから、もうちょっと発光させておくよ』という声が頭に響いた気がした。
って、何を言っちゃっているんですか精霊さん。X線浴び過ぎたら癌になっちゃうんだよ。
背中からは冷や汗が吹き出し、激しい焦燥感が僕を襲う。
「いつまで、出し続けているのよ。早く止めなさい」
気が付くと、美和さんは僕からずいぶんと離れた場所の木に隠れていた。X線は空間を球状に広がっていくため、半径の二乗のスピードで減衰していくのだ。木に隠れているのは気持ち的な問題だろう。
僕は焦りで口がガクガク震えるのをどうにか抑えて叫ぶ。
「美和さん、どうやって止めるの!」
「精霊にお願いすればいいのよ。それで止まるわ!」
「精霊にお願いしても止まらないんですよぉ」
「じゃあ、そこで発光が収まるまで、精霊に話し続けなさい。私はもう少し離れておくわ」
「そんな殺生な」
残念ながら光の発生する場所は手のひらの固定されているので、僕は逃げることは出来ないのだ。
結局、僕は一人で残され、半泣きになりながら精霊さんにお願いし続けることになる。
光が消えたのは、それから3分ほど経った後だった。