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33. アイシャ

 アイシャ=ベント=アリムって完全にイスラム系の名前だよね。そういえば、魔道書を譲ってくれたのがアイシャって人だって手紙に書いてあったような……


「こちらはまだ名乗っていなかったわね。私は魔法使いの法月美和(のりづきみわ)よ」

「同じく理崎詠太(りざきえいた)です」


 美和さんが自己紹介をしたので、僕も便乗して名乗っておく。

 ついでに気になっていたことを、アイシャさんにぶつけてみる。


「もしかしてアイシャさんって、美和さんに魔道書を譲ってくださった人ですか?」

「そうです。魔道書、受け取ってもらえましたか」


 僕が訪ねたのにも拘わらず、アイシャさんは美和さんにキラキラとした目を向けながら返事をする。僕のことは眼中に無いようだ。


「ええ、しっかりと受け取ったわよ。こんなに貴重な物を譲ってもらって良かったのかしら?」

「問題ないです。むしろ、受け取ってください。私が魔道書を持っていても宝の持ち腐れですし、こうして法月様と繋がりをもてただけで満足なんです」


 アイシャさんは熱に浮かされたように一気に捲し立て、その目がだんだんとトロンとしてくる。対して美和さんは、酔狂な様子を漂わせているアイシャさんの様子に戸惑い、頬が若干引きつっている。

 アイシャさんは美和さんにかなり思い入れがあるようだが、美和さんはアイシャさんのことは知らない。美和さんはこの業界ではかなりの有名人だし、もしかしたらファンのようなものかもしれない。

 アイシャさんから妖しい雰囲気が漂ってきていたので、とりあえず魔道書のことから離れた話題を振ってみる。


「ところでアイシャさんは結界も張られていないようなこんな場所に何故一人で?」

「法月様に会うためです!」


 僕はあんまりな答えに、しばし固まってしまう。美和さんも呆れて全身の力が抜けて、もぬけの殻の様になっていた。


『すごい人が出てきたね~』


 シルフの言葉に僕はハッとして、思考を再起動させる。


『いや、流石に自衛の手段なく森に入るのはおかしいでしょ』

『それぐらい、熱心に美和君のことを見ていたんじゃないのかな?』

『ここまで来ると流石におかしいよ。なにか理由があったんじゃないの?』


 僕は動揺を抑えながら、とりあえず背景を探るために事情聴取することにした。


「そ、そうなんだ。魔法協会の人とかと一緒に来られなかったの?」

「当初は私が美和さんに魔道書を直接手渡そうと思っていたのです。それで、日本魔法学会の本部に美和さんの居場所を聞こうと思ったのですが、彼女の居場所は口外できないと言われてしまって……どうしようもなかったので、魔道書を魔法学会に預けて帰ることにしたんです。でも、その日の夜、せっかく日本に来たのに法月様に会えないなんて、って思っていると居ても立ってもいられなくなったんです」


 最近の日本では個人情報の取り扱いが厳しくなっているから、魔法学会もその関係で美和さんの住所を教えるわけにはいかなかったのだろう。美和さんは毎年行われているカンファレンスとかにも出席しているらしいから、そちらで会えばば良いわけで、わざわざ家まで会いに来ようとする感情は全く理解できないけど……


「なので、魔道書を運ぶ人をこっそりと尾行することにしたんです。私は攻撃系の魔術は得意じゃないのですが、気配遮断や偵察関係の魔術には自信があります。実際、運んでいる人には気づかれていなかったと思います」

「つまり、学会に美和さんの居住場所を教えて貰えなかったので、宅配の人を追いかけて、一人で来ることにしたと」


 もはや完全に変質者の行動だけど、本人にその自覚はなさそうだ……


「そうです。それで、森に入るまでは良かったんですが、道が悪いせいで宅配便の人を見失ってしまったのです。でも、私は諦めることが出来なくって……それで、森の中をしらみつぶしに調べることにしたんです。そして今日、遂に美和さんに会うことが出来たんです!」


 そう言い切ると、再び熱心に美和さんを見つめ始めた。

 いつの間にか復活していた美和さんは、アイシャさんのことを一瞥し、僕に視線を送ってくる。この人をどうすれば良いのかと。僕は首を振って、本人が満足するまで諦めるしかないのでは、と心の中で返事する。美和さんは、アイシャさんに視線を戻し、彼女の様子を見て深いため息を吐く。

 アイシャさんは、そんな美和さんのため息の原因に気づいた様子はなく、美和さんの様子を心配し始める。たぶん、自分がどんな様子なのか客観的に見ることが出来なくなっているのだろう。


「法月様、どうしたのですか? 魔法を使ったので、お疲れなのですか?」


 美和さんは再びため息をつく。その様子に同情を禁じ得ず、僕は思わず苦笑を浮かべる。


「とりあえず、法月様はやめてもらえないかしら。流石に肩が凝るわ」

「法月様がそうおっしゃるならば……それでは、なんと呼べば良いのでしょうか?」

「そうね。法月さん、美和さんが多いかしら。人によっては美和君って呼んだりもするわね。私としては法月とか美和とか呼び捨てでも良いのだけどね」

「そんな、呼び捨てなんて恐れ多いです。美和様はだめでしょうか?」


 美和さんが、三度ため息を吐き、僕に視線を送ってくるが、僕は肩をすくめながら首を横に振る。


「そうね、それで良いわよ。あと、あんまり堅苦しい言葉遣いも使わなくて良いわよ。私そういうの苦手なのよね」

「分かりました。では、美和様よろしくお願いします」


 言われていることを本当に理解しているのだろうか。僕は頭が痛くなってきた。


「そういえば、そちらにいる方はなんと呼べば良いのでしょうか?」


 アイシャさんは美和さんに顔を向け、僕を横目で見ながらそう質問する。

 って、僕じゃなくて美和さんに聞くのかよ! 流石に失礼でしょ。


「それは、詠太君本人に聞いてもらえないかしら」


 美和さんは呆れ半分、苛つき半分の声音だ。

 僕も流石にうんざりしてきた。足先が既に家の方角を向いている。


「好きなように読んで良いよ」

「では、理崎様とお呼びします」


 様付けで呼ぶということに驚いて彼女の顔を見ると、アイシャは僕の事を複雑な表情を浮かべながら見つめていた。肌の色とその顔立ちから、オリエンタルな雰囲気を持つ彼女の黄金の瞳は少し潤んでいるように見えた。

 僕と目が合ってばつが悪くなったのか、彼女は視線を美和さんに戻して、


「それで、二人はどのような関係なんでしょうか?」


そう言い放った。

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