3. 目覚め
「うっ……」
ぼんやりとした視界に、薄暗い木造りの天井が映る。
ズキズキと頭が痛み、軽い吐き気もする。
しかし、背中に感じるのは布団のようなやわらかな感触。
「あ、気づいたみたいね」
高めの明るい声が脳に反響する。やはり調子が良くないみたいだ。
声が聞こえる方に目を向けると、シックな木の椅子にフードを纏った女性が座っていた。
艶のある銀色のロングストレートヘア、水色の瞳、幼く見えるがかなりの美少女だ。
日本語には違和感が無かったからハーフだろうか。
背後には壁を覆うような巨大な本棚がそびえ立っており、今にも溢れかえってくるのではないかと心配になるほどに本が詰め込まれている。その手前にある机の上には、隙間なく文字が書き込まれている紙が、何枚も無造作に置かれていた。
「無理して起きなくていいわよ。召喚魔法で呼び出されると、どんな人でも気分が悪くなるから」
「召喚魔法?」
「そう、召喚魔法。今まで研究ばかりだったのだけど、最近一人だと寂しくなっちゃって――」
頭痛を堪えて思わず聞き返してしまったけど、召喚魔法とかなんの冗談だろうか。ファンタジー小説じゃあるまいし。
「――それで、私と相性が良い人を召喚させてもらったの。というわけで、しばらく私と一緒に暮らさない?」
首をかしげながら、期待が籠もった声音で訪ねてくる彼女。
いよいよ頭痛もひどくなってきた。どうやら僕は、彼女と暮らすために召喚されたらしい。しかも、自分が寂しいからという、余りにも身勝手な理由で。
「拒否権は無いのか。というか、ここは?」
「拒否権というか、ダメなら元の場所まで送って行ってあげるわよ」
「じゃあ、家に返して欲しい」
出来れば夢であってほしいが、空気感や、肌に感じる布団の感触、そして目に映り込む光景は確かに現実だと感じさせる何かがあった。
あまり現実感が無いのも原因かもしれないけど、正直、魔法とかどうでも良いから、早く家族がいる実家に帰りたい。こんな身勝手な人の近くにいたら疲れるだけだ。
「ちょっと残念だけど、しょうがないわね。相性は良いらしいけど、本人の意思は尊重しないと。気分が良くなるまで休んでて。折角だから近場を案内するわ。その後、家まで送って行ってあげるから」
調子が良くなったら声をかけて頂戴と言いうと、椅子から立ち上がり部屋を出ようとする。
自分勝手な人だと思っていたが、ちゃんと本人の意思を尊重するあたり、常識的なところもあるみたいだ。見ず知らずの人を魔法で呼び寄せる辺り、やはりズレているとは思うけど。
「あ、自己紹介を忘れていたわね。私は法月美和。美和って呼んでね」
くるりと振り返って、彼女は笑みを浮かべながらそう付け加えた。