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29. 第四法則改変

「そういえば詠太君、最後に使った魔法は何なの? 全く周りの様子を把握できなくなったんだけど」


 僕と美和さんは柔らかい雪を踏みしだきながら会話をしていた。


「あれは、気体を全部反射するようにしただけだよ。言うなれば音の壁を作ったんだよね」


 美和さんは、ため息を吐きながら微笑を浮かべる。


「私が超音波で周囲を把握しているのが分かったから、それを妨害したと言うことなのね」

「そうそう、僕のレーザーを透過しながら僕に狙いを定めていたから気づいたんだけどね」

「まさか、一回の攻撃だけでそこまで読まれるとは思っていなかったわ」


 僕の頬は自然と緩む。

 こういった洞察力の獲得や、追い込まれた状況になっても冷静な判断を下す事が出来るように特訓をしてきた。だから、それが出来るのは当たり前といえば当たり前だけど、やはり改めて褒めてもらえると嬉しい。


「そう言ってもらえると特訓を頑張った甲斐があるよ」

「そうね。本当に詠太君はここ一ヶ月頑張っていたわ」


 今まで通り食事の準備や家事をこなしながら、残りの時間はすべて特訓に費やしてきた。家事などをしているときも余裕を見ながらイメージトレーニングを欠かさず行っていたし、メモ帳を肌身離さず持ち歩いて、思いついた魔法のアイデアを書き取ったりもした。とにかく無駄な時間を過ごさないようにしてきた。

 大学受験直前も似たり寄ったりな生活をしていたのもあって、それほど苦ではなかった。むしろ今回は明確な目的意識があったから、積極的にこなすことが出来た。最後の一週間ほどは常に魔法について考えることが生活習慣の一部となっていた。

 暫くすると森が開け、僕たちの住む家が姿を現す。


「それじゃあ、第一段階の目標はクリアしたし、早速次の目標である実験に取りかかりますか」


 僕はそう言いながら玄関を開ける。


「そういえばそういう事もあったわね。まだ一つしか実験していないものね」

「そうなんだよね。早いところこの論文は書き上げちゃいたいな。他にも手続き魔法の消費魔力量の考察とかも行いたいし」

「その前に、ちょっとコーヒーブレイクでもどう? 正直言うと、頭を休めたいのよ」


 苦笑しながら言う美和さん。多重魔法展開の負担が相当来ているようだ。

 僕は頷きながら、背伸びをする。


「それもそうだね。根詰めすぎるのは良くないしね」


 美和さんはそんな僕を見ながら、ちょっと呆れていた。


 僕はコーヒーを飲みながら、実験の計画を確認する。コーヒーブレイクと言いながらさっぱり休んでいない。頭から魔法のことが離れないので、こうしていた方がむしろ落ち着いたりする。


「せっかくの休憩なんだから、少しは休んだら?」


 美和さんから呆れの声が飛んでくる。


「いや、なんか確認していた方が落ち着いてね」

「完全にワーカーホリックじゃない」


 美和さんは大きなため息を吐き、コーヒーを啜る。顔が少し苦々しげだ。


「ほら、少しはこれを食べなさい」

「おっと」


 右手で持ったノートを読みながら、美和さんから投げられたクッキーが入った袋を左手で危なげなくキャッチする。


「ありがと」

「……器用ね」


 特訓のおかげか視界が広がったのに加えて、思うように体が動くようになってきていたから出来る芸当だ。

 僕はお礼を言うために美和さんに向けていた顔を袋に向ける。早速クッキーを取り出して、口で咥えて、再びノートに目を落とす。


「全くもう」


 少しばかり頬を膨らませながら、美和さんはクッキーを食べ始めるのだった。



 ひんやりとした空気が肌をなでる。

 今居るのは地下室だ。

 僕はせっせと実験のために必要な機材の準備と、安全対策を行っていた。


「これでオッケーっと」


 一通り準備を終えた僕は、部屋の片隅の椅子に座っている美和さんの方を向く。

 肉体的な疲労があるわけではないみたいだが、魔法を使う前の精神統一という意味で休んで貰っていた。別に問題ないと思うと言っていたが、何度も法則魔法を使っている僕には大変さが骨身にしみているので、大事を取って貰った。


「やっと私の出番ね」


 魔法のイメージは既に固まっているらしく、意気揚々とした様子で立ち上がる。

 今日行う実験は比較的難易度が低いと思われる第四法則、基点の維持に魔力が必要なくなるというものだ。

 魔法を使うには基点、つまり原点のような物が必要なのだが、これの維持には魔力が必要な事が知られている。実は魔法は基点の維持と生成に魔力が必要であって、発動自体に魔力が必要という考え方はしない。もっとも、強力な魔法であればあるほど基点の生成・維持に多量の魔力を消費するので、実際問題として魔法の発動に魔力が消費されるとして問題ない。

 問題になるのは、魔道具のように魔法を物に刻もうとする場合だ。この場合は、魔法の効果を発動していなくても常に魔力を供給しなければならないので、魔法使いが常に疲れ続ける事になってしまう。

 これでは全く実用的な道具にならない。

 そういうわけでこの世界には、ファンタジーで出てくるような便利な魔道具は存在しない。

 僕が身につけているチタン製のブレスレットは法則魔法で作り出したその例外という事になる。これを作った日は魔力切れで倒れてしまい、一日中寝込むことになってしまったが過去の話だ。

 第四法則を改変して、通常時の魔力供給の必要性を無くすことで、僕の腕輪は実用的な魔道具になったわけだ。法則魔法も魔法の一部なので、法則魔法を維持するためにも第四法則改変が必要な点はかなり興味深いと思う。もっとも、魔法発動時の魔力をゼロにしたままだと法則の改変に失敗することは特訓中に判明している。どこかで代償を払うという点は変えられないようだ。

 僕はカメラの録画ボタンを押して美和さんに実験開始を指示する。


「早速だけど、その木の箱に法則魔法をお願い」


 美和さんは目を閉じて、魔法発動のために集中していく。紫の光が美和さんの体を包み、辺りが紫色に染まる。暫くすると光は収まり、木の箱に魔法がかかっていることを確認できた。


「っつ」


 美和さんは強い疲労感を感じたのか、膝をついてしまう。


「大丈夫?」


 僕は美和さんに駆け寄って、体を支える。


「ええ、この感覚が久しぶりだからちょっと驚いただけよ」

「それなら良いんだけど……」


 僕は部屋の隅にあった椅子を持ってきて美和さんを座らせる。


「法則魔法が上手くいっているなら、このまま放置しても問題ないはずだけど――」

「結構ぎりぎりだけど、問題ないはずよ。これは完全にオーバーSランク魔法ね。これらを混ぜて使える詠太君の魔力量は相当よ」

「想像していたけど、やっぱり僕の魔力量はSを優に超えるレベルか……」


 昔はその事実に喜んでいたけど、制御のことを考えるとなかなか頭が痛い問題だ。やはり、稽古を欠かすことは出来なさそうだ。


「今まで法則魔法が発見されていなかったのって、シビアな要求魔力が原因だったのかな?」

「そうでしょうね。しかも、他の人が使えるようにしなければいけないとか、魔法発動に魔力を要求するようにしなければいけないとか、そこまで色々と制限付けてこのレベルよ。思いついたとしても、普通は実現できないわよ」


 美和さんは深いため息を吐き、手足をぐったりとさせながら答える。今日の実験はこれで終わりだ。


「お疲れ様でした、美和さん」


 僕は美和さんに精一杯の気持ちを込めてねぎらいの言葉を掛けた。

詠太君がワーカーホリックになってしまった……


法則魔法を再現できる魔法使いがとても少ないので、認めて貰うためには出来るだけ客観的な実験をする必要があります。法則魔法を木箱にかけるだけでは、基点の維持に魔力を消費しているのか分かりません。殆ど魔力を使わない魔法を常にかけているだけの可能性もありますから。実験の詳細は次回分かります。

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