25. 魔獣襲来
あれから美和さんに説明を尽くして、精霊の声が聞こえる事を一応理解してもらえた。幽霊を見たと言い張っているようなものだから、なかなか信じてもらえないのは分かる。それでも信じてもらえないのは悲しい事だ。
今は寝室の二段ベッドの上で、横になって微睡んでいる。外からは鳥の声が聞こえ、下からは美和さんの寝息が聞こえて来る。同じ部屋に男女が寝ているというのは貞操的に問題がある気がするけど、今のところはそういう問題は起こっていない。問題が起こらないうちに別の部屋を用意してもらおう。
そして、問題と言えばもう一つある。
僕は思わずこめかみを押さえ、今も聞こえる精霊の声に辟易する。
『今日も良い天気じゃないか、詠太君』
「はぁぁああ」
『そんなため息をしていると幸せが逃げて行くよ』
そう、今までは魔法のお願いをするときぐらいしか聞こえていなかった精霊の声が、なぜか普段から聞こえるようになったのだ。しかも、僕に普通に話しかけてくる。一人になりたい時とかも精霊の声が聞こえていたら心が安まらないじゃないか。
『流石にそういうときは空気を読むから』
「昨日の後でその言葉は信用できないよ……」
『むぅ。あれは、何となく面白そうだからやっただけだって』
「やっぱり精神年齢低いんじゃ」
僕は美和さんを起こしてしまわないように、小声で精霊に話しかける。僕がしゃべっている事も精霊には問題なく伝わるようだ。
それにしても、僕にしか声を届けられないから僕に積極的に声を掛けるのは分かる。だけど、昨日のような形で会話中に突然言葉を送られても混乱する。そうじゃなくても、昨日のやりとりはすごく疲れた。ああなる事は分かっていただろうから、少し我慢して欲しい。
『君もそんな事をいうか。久しぶりにまともに交信できる人を手に入れたんだから、そういう楽しみがあっても良いじゃ無いか』
「少なくとも、昨日みたいな事は心の中で言って、僕の頭にわざわざ送らないでよ」
『それは無理な相談だね。そんな事をしても読者に伝わらないし、面白くないじゃないか』
「読者?」
『おっと、上位世界の事を教えるのはまずかったね。さっきの話は忘れて欲しいな』
「上位世界?」
『全く、ちょっとしつこいよ。忘れて欲しいと言ったんだから忘れる!』
「はいはい、分かりました」
精霊が謎な言葉を言っていたが、精霊たちの間だけで通じるような言葉なのだろう。精霊たち?
頭に浮かんできた疑問を解消するために、精霊に話しかけるイメージをする。
『そういえば、君ってたくさん居る内の一人の精霊なの?』
『そうと言えばそうだけど、そうじゃないと言えばそうじゃないというか』
『なんか煮え切らないね』
『人間とは根本的に違う存在だからね、僕たちは。個体としては一つなんだけど、複数の自由意思みたいなものを持っていると理解してくれると良いかな。多重人格みたいな』
『今話している事は、他の人格も把握している?』
『把握してるね。そこら辺と、同時に複数の人格がこの世界に現出可能な点が人間の多重人格とは違うかな』
多重人格と似ているけど、違う点もあるのか。とりあえず、不思議な存在である事には変わりなさそうだ。
僕は寝返りを打って、軽く背伸びする。精霊と話している間に目が覚めてきた。
『じゃあ、とりあえず精霊と呼ぶのも何だし、名前とか無いの?』
『ないねぇ。僕たち同士では名前なんて無くてもお互いを把握できるから』
『それならシルフって読んでも言い? 一応、目に見えない精霊の名前として有名なんだけど』
『君が呼びやすいならそれで良いさ』
それじゃあ名前はシルフで決定っと。
僕は朝食の準備のためにベッドから抜け出し、立て掛けられた梯子を使って音を立てないように気をつかないながら下に降りる。
『それで、なんでシルフは昨日から急に現れるようになったの?』
『これって教えて良いんだっけ? ああ、了解。この世界の一人が法則魔法を使ったからだね』
法則魔法? なぜ急に法則魔法の話が出てくるんだろう。
『本当は君が使ったタイミングでも良かったんだけど、君はこの世界の人間じゃ無いからね。そういうわけでこの世界の人である法月君が法則魔法を成功させたので、僕たち側からこの世界に働きかける事が出来るようになったのさ。ここら辺は精霊の内規で色々あってね』
理由が分かったような分からないような、結局元の疑問は解決したけど、それが別の疑問にすり替わっているだけのような気もする。
ともかく、僕は二人分の朝食を作らなきゃいけない。抜き足差し足で、寝室を後にしてキッチンへ向かう。
僕が材料を冷蔵庫から取り出していると、外から地響きの様な音が近づいてくる。何だろうと思って、窓から外を眺めるようとすると――
「詠太君、壁から離れて!」
美和さんの声が後ろから飛んできて、僕は条件反射的に後ろに飛び退く。
直後、壁が一瞬紫色に染まり、そして家が大きく揺れた。
激しい揺れに僕はバランスを崩してしまい、膝を折る。
「魔獣が来たわよ!」
それは、魔獣の襲来を知らせる初撃だった。
やっぱり、こういうハプニングみたいな事がないとね!
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