24. 突然に
「それじゃあ、今日はここまででかな」
「そうね。片付けましょうか」
僕たちは実験道具を片付け、地下室を後にする。
第三法則を単独で改変できる事を確認したが、法則魔法のランクがS相当だったので、残りの魔法の正しいランクを測るために一旦実験を中断し、休息をとる必要が出てきた。
ランクの簡易的な決め方は至ってシンプルだ。
魔法使用の結果かなり疲労する場合には、その魔法のランクは魔法使いと同じランクになる。一回の使用では少しだけしか疲労を感じない場合は、その一つ下のランクとなる。一般に二つ下のランク以下の魔法は一回の使用では殆ど疲労を感じる事が出来ないとされている。
しかし、これらの基準は全く疲労を感じていない状態で、特殊な状況では無い場合が基準にされている。美和さんが疲れてしまっている今の状況では、新しい魔法のランクを判定する事が出来ないのだ。
なお、あくまでも論文で付与されるランクは再現実験の際の参考にしか使われないが、AMMが基準として公表している幾つかの魔法は、統計的手法に基づいてかなり正確にランクが決められている。魔法使いのランクはこれらの魔法によって決められ、各国のAMMから認定を受けたコミュニティーでランクを証明する証書の発行が行われていたりする。当たり前だが日本の魔法学会もAMM認定を受けている。
螺旋階段を上がりながら美和さんに疑問を投げかける。
「実際の所、魔法の難しさについてはどの程度だと思う?」
「思っていたより難しいわ。画像的なイメージだけではなくて、言葉というかそういうのも頭に思い浮かべる必要があるから……」
「う~ん、僕的には普通に魔法を使うのに比べたらそんなでも無いとは思うんだけどね」
僕は、分厚いドアを開けて廊下に出る。僕のすぐ後に美和さんもドアを通ると、自動的にその扉が閉まる。
「詠太君が手続き構築で魔法を使っているからでしょ。印象構築だとそんなに難しくないもの」
「なんで、僕は印象構築で魔法が使えないんだろうなぁ。理由はいろいろと想像出来るけどね」
「そうなの? 例えば?」
美和さんは、心当たりがあるという僕の話に驚きの表情を浮かべ、続きを促す。
「そんなに驚く事かな? 魔法の才能は十分あるのに、一番簡単な印象構築が出来ないって事を精霊が面白がっているんじゃないかなぁ、って僕は考えているよ」
「そんな事ってあるのかしら? まぁ、可能性としてはゼロじゃないでしょうけど……」
美和さんは、それは無いんじゃないという否定的な見解のようで、怪訝な顔をしている。
「精霊がそんな精神年齢が低そうな事で喜んでいたら悲しくなりそうよ」
『む、僕の精神年齢が低いなんて失礼しちゃうな』
「あれ? さっきの声は?」
僕は突然に聞こえてきた精霊らしき声に驚いて反応してしまう。
「詠太君、声がどうしたの?」
「いや何でも――」
『良いよ。別に僕の事を教えても。でも精神年齢が低いって言うのは訂正させてね』
「――マジですか」
「どうしたの詠太君?」
僕の謎めいた言動に美和さんの頭上にはクエッションマークが浮かんでいた。
「いや、実は精霊っぽい声が聞こえるんだけど……」
「詠太君、大丈夫? 精霊の存在は実際に確認されている存在じゃなくて、今のところは仮想的な存在なのよ?」
「いや、それは知っているんだけど、聞こえるものは聞こえるんだよ」
『僕の声を届けられるのが君だけなのが悔しいな~』
「精霊さん曰く、僕しか聞こえないらしい」
「詠太君しっかりして。まだ妄言を吐くには若すぎるわよ」
美和さんが慌てた様子で僕を賢明に諭すが、事実なのでどうしようも無い。それに年を取った方に対してその発言は失礼だと思う。
「美和さんの方こそ落ち着いて。別にだからなんだって言うつもりは無いけど、精霊さんが精神年齢低い発言を取り消してほしいらしいよ」
「はい?」
美和さんは僕の言った事を飲み込めず、一瞬固まってしまう。僕が「お~い」と声を掛けると頭が動き出したようで、体の硬直が解けたようだ。
「何の話をしていたかしら?」
あ、やっぱりダメな様だ。しょうがないのでもう一度説明し直す。
「僕には精霊の声が聞こえて、その精霊が精神年齢が低い発言を取り消して欲しいって言ってるという話」
「詠太君、本当に精霊の声が聞こえるの?」
「聞こえるよ」
ようやく信じる気になったのか、未だに訝しむ様な目で僕を見つめながらも肩をすくめる。いや、これは諦められたのだろうか。
「とりあえず、話を収めるためにもとりあえず、先ほどの発言をさくっと取り消してもらえると――」
『誠意を持った謝罪が必要だよね』
『おまえも少しは自重しろ!』
『む、そこまで言われたらしょうが無いかな』
「――失礼しました。さくっと取り消してもらえると助かります」
僕はため息を漏らしながら、頭を下げて美和さんにお願いする。
「ん、さすがに頭を下げられると私も困るわ。先ほどの精霊の精神年齢が低いという発言は取り消すわ」
『うむ、苦しゅうないぞ。そちもこれからは発言に気をつけるようにの』
「許してくれるみたい。これで一件落着だね」
僕はこのやりとりのシュールなやりとりに頭を痛めながらも。美和さんに精霊の声が聞こえるという事実を信じてもらえたので、得たものはあったかなと心の中で折り合いをつける。
「それで、詠太君は本当に精霊の声が聞こえるの?」
どうやら信じてもらえたと思っていたのは僕の勘違いだったようだ。未だ信じ切れていない様子の美和さんに、僕は魂が漏れ出しそうな大きなため息を吐くのだった。
精霊さんが出てきました。どう考えても精神年齢が低そうです。
『失礼な人には天誅!』
ぐふぅ
はっ、何かに殴られたような気がしたけど気のせいでしょうか。
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