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21. 論文執筆

「遂に読みきったぁ!」


 達成感に感極まり、思わずスキップで部屋の中をグルグルと回る僕。

 あの大量にあった論文を遂に読みきったのだ。この際、全部理解できているのかはどうでもいい話だ。とにかく一通り読み切ることが出来たという事実が嬉しかった。重要な関連論文含めその数は二十にも達する程だったが、二ヶ月近くかけてようやく読み切ったのだ。

 外では雪がチラチラと舞い、山林は雪化粧をし、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。森の中に生き物の気配は殆ど無く、枯れ葉で覆い尽くされた褐色の地面の上には、少しばかりの雪が積もっている。自然は完全に冬の様相を呈していた。

 僕達が住むこの小さな木造平屋は断熱材が壁に埋め込まれているため、薪をくべた暖炉だけでも十分に暖を取ることが出来ている。リビングにある暖炉では、時折パチパチと薪が弾ける音と共に小さな火の粉が舞い上がり、暖炉の壁面を赤くうっすらと照らしている。

 僕は薪を絶やさないように時折暖炉の様子を確認しながら、論文を読んでいたのだ。


「随分と時間がかかったのね」


 僕の声に気づいたのだろう。美和さんが寝室兼書斎から出て来る。最近の美和さんも論文を調査しているらしく、手に数枚の紙を持ったままソファーに座る。


「僕はこれでも結構、早く読み終わったと思けど」

「そう? てっきり二週間ほどで読み終わるものと思っていたわ」

「美和さん、それは僕のことを買いかぶり過ぎだって」


 実際、僕のここ二ヶ月ほどは論文を読んでいるか、家事をこなしているかのどちらかだったのだ。それで、読み上げたのが二ヶ月なのだから、僕の知識量含めた実力は精々その程度だったという事なのだ。


「それにこの量を理解しながら読んでいたら、普通はそのぐらい掛かっちゃうって」

「そういうものかしら」


 そう言って、論文を僕から取り上げてパラパラとめくる美和さん。


「数えてみたけど合わせて二百枚以上あったよ。それ以上は数えるのが大変面倒になったから止めちゃったけど」

「結構な枚数ね。でも、私からすれば知ってあることばかりだから……初めて読めばそのぐらい掛かるのかもしれないわね」


 机の上にある論文の山に、流し読みしていた論文を置く美和さん。


「そうでなくても、よく全部読んだわね。普通は読みたいと思ったものだけを読むものなのに」

「えっ? 読む論文選んでも良かったの?」

「それはそうでしょう。と言うかそれが普通じゃない。興味が無いことや実験の詳細まで読んでも唯の苦痛よ」

「うわぁ」


 僕はその言葉に煩悶する、別にここまで頑張って読む必要がないと今頃知ったのだ。もっとも、ここまで身につけた知識が無駄になるとは思わないが、それでも検証のために行われた実験の詳細とかは読み飛ばせばよかったと後悔する。


「まぁ、いいじゃない。きっと血肉となって詠太くんの役に立つ日が来るわ」

「そうなる事を願うよ」


 だが、人間の脳というものは使わない記憶はどんどんと捨て去っていくものだ。その過程を得て残ったものが本当に重要なものとはよく言うが、折角読んだ内容の大半が記憶の海に沈んでいくのかと思うと少しばかり悲しい。


「そんなことはともかく、論文のスタイルとか使われる用語とか、色々と勉強になったでしょ」

「あれだけ読めば、嫌でも分かってくるよ」


 僕は少しうんざりしたような様子で首を振る。

 例えば導入部分ではその論文に関連する研究事例などを紹介しながら論文の立ち位置を説明するのだが、論文を書くまでこれぐらい調査をしたよというアピール的な面もある。そこで挙げられる引用論文の内容をおおよそ理解していないと、その論文の内容を理解できないという場合もあるのだが、逆に必要以上の論文が引用されていることがある。疎かにすることも出来ないが、読む価値が少ない引用論文もあるのだ。それらを区別する選別眼が効率よく論文をリーディングする為には必須だ。


「これから論文を書くんだったら、二つの論文に分けたほうが良いかもしれないわね。法則を書き換える魔法についての論文と、手続き構築(プロシージャベース)での飛行魔法についての論文ね」

「一つに纏めるのは駄目なのかな?」

「決して悪いとは言わないけど、法則改変魔法は独立しているから、論文の主題を明確にするために別にした方が良いと私は思うわ」

「なるほどね」

「まずは細かいデータを取るために追加の実験が必要ね。魔法の特性上、すべての人が同じ魔法になるわけではないのだけれども、カテゴリ的に同一の魔法であると結論付けることが出来るデータが求められるわ」

「となると、まずは法則改変魔法が共通して持つ特性を調べることが必要になるのかな」

「そうなるわね」


 やっと論文の方針が決まり、僕は胸の前にこぶしを作って気合を入れ直す。


「よし、それじゃあその方針でやろう。取り敢えず実験計画を立てないといけないかな」

「その意気よ。実験自体は私も出来るだけ手伝うわ」


 僕は机にA3の紙を広げて、早速実験の為の計画を立て始めるのだった。

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