19. おうちに帰ろう
「飛行魔法の完成だ!」
声が枯れんばかりの大声で叫ぶ。美和さんも着地した僕目掛けて駆けて来る。
「詠太くん、遂にやったわね!」
僕も立ち上がって駆けて来る美和さんを迎える。
「うん、出来たんだ……遂に新しい飛行魔法が……」
既に印象構築では存在するとはいえ、手続き構築では初となる飛行魔法を作ることが出来た事実を噛みしめる。
まだ、改良できる点は多々あるだろうが、それでも十分過ぎる成果だった。
「改めておめでとう、詠太くん」
美和さんが拍手をしながら精一杯の祝福をしてくれる。
「詠太くんも立派な魔法使いの一員ね。それはともかく、これからどうしようかしら?」
「当初の予定では、帰るということになっていたんだっけか?」
「そうね。でも、実際どれだけの間飛んでいられそう? それに私を含めて飛ぶのには問題ないかしら」
自分が飛べないということに申し訳無さや、嫌悪感を感じさせない美和さん。きっと、そういうものだと割り切っているのだろう。
「まだ、出力は上げられるから飛行時間は問題はないんじゃないかな。感覚的には全然疲れなかったし。むしろ、僕が上手くバランスを取れるかが問題になるかもしれない」
「それじゃあ、少し練習のための時間を取ったほうがいいかしら」
僕は少しの間、顎に手を当てて考える。
「そうだね。出来れば僕も練習したいし、美和さんをどうやって僕と繋ぐのが安全なのかも考えないと……」
「私のことは深く考えなくても大丈夫よ。多少手荒な着地でも魔法の力で怪我を防げると思うわ」
「流石にそれは美和さんに申し訳ないよ。出来るだけ安全に着地できる方法を考えておくよ」
かくして僕は飛行魔法の練度向上のために練習を開始する。
もう一度、腹ばいになって空へと舞う僕。最初はバランスを取るので精一杯で、手足がものすごく疲れる。しかも、加減速の時の感覚の変化に対応できずバランスを崩してしまう事が多い。この感覚になれるのは相当時間が掛かるだろうと予想できた。
練習すること五、六時間は経っただろうか。僕は、だいぶ感覚を掴めてきている。今ではバランスを取るのに極端に疲れることは無くなったし、ふらつきも減って安定感も増してきていた。
「だいぶ上手になったんじゃないかしら?」
美和さんがそう声を掛けてくれるぐらいには上達していたし、自分の感覚に自信を持てるようになっていた。それに、まだ魔法行使による疲労も感じていない。これはかなり燃費が良い魔法と言えそうだ。
そして、もうそろそろ日が完全に落ちる頃。僕は夕焼けに染まる森の上空を自在に飛んでいた。風を全身に受けながら僕は高く高く飛んで行く。上空から眺める森、そして遠くに見える山、街並みは圧巻の一言だった。すべてのものが小さく見え、世界の果ても見えるような気がする。僕は空を飛ぶことの素晴らしさにすっかり心を打たれていた。
その飛んでいる姿はあまり美しいものとは言えず、むしろ滑稽に映るものだったかもしれない。しかし、時にゆったりと舞い、時に猛然と速度を出して突き進むその様は、軍用ヘリコプターが見せる洗練された機能的な動きだった。
流石に日が完全に落ちた状態で空を飛ぶのは危険だったので、ベースキャンプまで戻ってくる。
美和さんは、焚き火の上に鍋を吊るして、晩御飯の支度をしていた。その黒いローブと合わさって、魔女が怪しい薬を作っている様にしか見えなかった。
「どう? 明日には私も連れていけそう?」
「うん、既に一人での飛行は完全に感覚を掴んだと思う。明日の早朝に、二人で飛んだ感じを確かめて、午前中には出発したいなと思っているよ」
「分かったわ。はい、うさぎ肉とオオバコのスープよ」
「ありがとう」
僕はここ数日に何度も食した食事を口にする。一応最低限の下ごしらえと味付けはしていたが、とても質素な料理と言えた。
うさぎ肉の癖の少ない肉質は、塩とよく合うが、如何にも草という味のオオバコはあまり僕の口には合わない。と言ってもこの状況なので、好き嫌いを言うこともなく黙々と食べる。本当はもっといろいろな材料を用意をしていたのだが、だいぶ熊に食べられてしまっていたので、二食中一食ほどはこのような食事をしている。
僕たちは食事を終えると、そのままテントに入り明日に備えて就寝した。
翌日の早朝、僕は美和さんに紐を括りつけていた。体と紐の間には厚手の布を挟み、腹部と胸部でクロスして絶対に外れないようにしっかりと固定する。美和さんの体に触れるのには抵抗が合ったが、仕事だと思って無心で取り組んだ。というより、想像以上に難しくて余計なことを考える余裕が無かったのだ。ちょっと嗜虐心をそそるような危険な雰囲気になってしまったが、安全の為にはしょうがないだろう。美和さんは少しばかり顔を上気させて、より妖しい雰囲気を演出していたが、僕は平静を保ったふりをして声を掛ける。
「それじゃあ、これでよしっと。僕の方もお願い」
「分かったわ。任せて」
美和さんも色々と感じることが合ったと思うが、僕にあわせて何事もないように対応してくれた。
自分も同じように美和さんに紐をつけてもらう。体の色んな所を触られれてちょっと変な気分になっちゃったのは内緒だ。
「よしっと。取り敢えず、これで落っこちることはないと思う。密着すると飛行に影響が出る可能性が高かったからちょっと離しているけど、これぐらいだったら大丈夫かな?」
近いと魔法の発動が上手くいかない可能性があるし、あまり離しすぎると飛行に与える影響がより大きくなってしまうのだ。
「本当は棒かなんかで固定したほうがいいのかもしれないけど、固定する方法がないからなぁ……」
結局、無難な紐で固定という形になっていった。
その後、美和さんをぶら下げた状態で少しばかり飛行してみる。美和さんと僕の体重差がそれほどあるわけではないため、どうしても美和さんに引っ張られて、バランスを崩してしまう。加減速の度に、「キャーー」と黄色い悲鳴が飛んできていた。自分で飛行魔法を使って飛ぶよりよっぽど怖い思いをしているに違いない。
あまり長い時間練習していても美和さんを怖がらせるだけだし、加減速、方向転換の時に十分に注意すればそれほど問題がないことが分かってきたので、早い内に出発することにした。美和さんに一声掛けてから、予め渡されていたGPS受信機と方位磁針を頼りに徐々に加速していく。体感としては、時速60kmは出しているだろうか。顔面に当たる風がかなり痛いが、気にせず進んでいく。
疲れたからか、途中からは美和さんの悲鳴は聞こえなくなっていた。
40分程すると、見覚えのある木造の建物が見えてくる。僕は、方向を微調整しながらも繰り返し『減速』と叫んでゆっくりと減速していき、家の前の開けた空間でちょうど速度が零になるように調整する。
停止した後は『上昇』、『下降』の魔法で少しずつ高度を下げて、まずは美和さんを地面に下ろし、そして僕もお腹から地面に着陸する。練習の甲斐もあり軟着陸だった。
僕は起き上がると、ぐったりとした様子で地面に座っている美和さんに近づく。彼女のローブは風圧で完全に乱れていて、しわくちゃになっている。疲れているのか顔を下に向けてゆっくりと呼吸をしていた。
近づいた僕に気づいたのだろう、はっと顔を上げる。彼女は目に涙を浮かべながら僕を睨みつけている。ガッチリとロープで縛られた、しわくちゃの黒ローブを纏った女性に涙目で睨まれる僕。僕はとてつもなく悪いことをした気分になり、弁明をしようとしていた口を噤む。
しばらく僕を睨みつけていたが、暫くするとぷいと横を向いて彼女は開口一番こう宣言した。
「私、飛行魔法を覚えることにしたわ!」
美和さんは、僕の空の旅が余程気に召さなかったらしい。結局、久しぶりの家での半日は美和さんの機嫌をとるために費やされることになるのだった。
一応、ここでお話的にはひとつの区切りです。
完全に、遅刻ぐせが付いてしまっています。申し訳ありません。
アパートに帰ってから頑張って執筆しているんですが、なかなか切りの良い場所まで終わらないorz
一応、これからも22時更新目指して頑張りますが、もし遅刻しても生暖かい目で見守ってやってもらえるとありがたいです←完全にダメ人間の思考