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18. 飛行魔法完成

 昨日の午後は全て実験の為の下準備に費やした。と言っても、お願いする内容を吟味する他、法則が実現された様子を何度もイメージして本番に備えるだけだ。難しいことは何もしていないし、してもあまり意味が無い。

 天は無数の綿雲に彩られ美しい眺めだ。

 僕は昨日の夜のうちに早朝に実験をすることを美和さんに伝えていた。

 その美和さんは今、テントの入口のところにチョコンと正座で座っていた。マットの上に座っているとはいえ、その厚さはかなり薄い。かなり座り心地は悪いはずだ。しかし、彼女はそのような様子をおくびにも出さず、今は静かに僕のことを見つめていた。

 僕は万一倒れても大きな怪我をしないように、比較的柔らかな地面の上に立っている。右手に持った貴重な1枚の紙には、飛翔、上昇、下降、加速、減速、右回転、左回転と書かれている。


「それじゃあ、早速始めるよ」

「頑張って!」


 美和さんが遠くからでもはっきりと聞こえる声で僕を後押しする。僕は静かに頷くと、ゆっくりと目を瞑ってイメージの世界に沈んでいく。

 今、僕が感じている感覚をフィルターに掛けていく。味覚・嗅覚は不要、聴覚も不要、地面に足をつける感触も不要、今必要な外界の情報は右手にある紙だけ。

 まずは第一段階の魔法だ。

 僕は神になったかのような万能感をイメージする。感じる物は全て僕の思うがまま。例えこの世を支配する法則であろうとも例外はない。僕の感じる宇宙は今右手にある感触だけだ。この紙を、いやこの世界を僕は自由に書き換えられる。

 僕が望む世界をイメージする。それは魔法を文字情報として記憶することが出来る世界。魔法使いがイメージを込めることによって魔法の力は文字に記憶され、込められた魔法は単に文字を読み上げることで行使する事が出来る。その時に代償として魔力が精霊に支払われる。

 そう、これが僕の望む世界の法だ。僕は更に入念に世界の様相を思い描いていき、詳細を具体化していく。まるでその世界の住人になったかのように僕は世界を感じ、そして精霊にお願いする。


『精霊さん。僕がイメージする法則・世界を、この右手にある紙に限り現実にしてくれませんか?』

『イメージしていない他の要素はどうする?』


 精霊さんから質問が来る事実に少し驚くが、僕のイメージはまだ乱れていない。


『この世界と矛盾が生じない範囲で同じにしてもらえませんか』

『お、流石に分かっているね。それじゃあ、現実にしてあげる』


 脳内で交わされた会話を実現させるべく、世界が動き出す。右手に持っていた紙が変質していくのを感じる。この世界にありながら、この世界に縛られないものが生み出されていく。

 事が終わると、僕は膝をつきながら荒い息を吐いていた。魔法の代償か、強い倦怠感を感じていたが意識ははっきりしている。そして、直前に精霊が教えてくれた言葉が事実なら……


「成功だ!」


 息を一気に吸い込み、思いっきり叫ぶ。声は森に響き渡り、空へと抜けていく。

 僕はバサリと背中から地面に倒れ世界と相対する。僕はこの手で世界をほんの少しだけれども変えてみせた。人類にとっての大きな一歩に違いなかった。


「詠太くん……成功したのよね?」


 近くまで来た美和さんが、僕の顔を覗きこみながら確かめる様に尋ねる。


「そう、成功だよ」


 僕は右手に握りしめている紙に目を向ける。そこには僕の目だから分かる、確かな魔法の痕跡が見られた。

 それを見て実験の成功を確信する。


「今は魔法の代償で疲れて動けないけどね」


 実際僕の腕はぴくりとも動かない。いや、動かす気も起こらなかった。今はこの達成感に浸っていたい。

 僕の顔を見て、成功を理解し始めたのか、美和さんは徐々に表情を緩め、


「……成功おめでとう!」


 美和さんが弾けるような笑顔で、仰向けになっていた僕に飛び込んでくる。


「世紀の大発見よ。きっと、これから色々なことが変わるわ!」


 僕にしがみつきながら美和さんは、喜びを爆発させる。ちなみに彼女の小さな胸が僕の胸板に当たり、ふにゃりと形を変えていたが本人は気にした様子はない。

 しかし、抱きつかれている僕は流石に気にする。彼女から香る甘い匂いと、そのやわらかな感覚に心臓の鼓動が早まり、頸動脈が収縮している様子が嫌でも分かる。耳が熱を持っているのも分かり、少し頭がボーっとしてくる。どうにかして止めさせたかったけど、僕の体は疲労でほとんど動かすことが出来ないし、喜んでいる美和さんに水を差すのも気が引けた。

 僕は、これも実験が成功したご褒美と考えればいいのかな、と火照った頭で考えていた。



 美和さんが正気に戻るまでかなり時間を要したため、僕の頭は完全に茹で上がり、まともな思考が出来なくなっていた。そんなこともあって、気づいたら僕はテントまで運ばれていて、美和さんに心配されたりしていた。

 結局、倦怠感は一日中抜けず、その日は完全にテントで休んでいるだけだった。

 体力が回復した僕は、飛行に使用する魔法を、作った魔紙へ次々と焼き付けていく。僕が感じる限りではこの段階では魔力が使われていない事も確認できた。

 そして、遂に実験最終段階。

 昨日と変わらず今日の空も青く、所々見える綿雲が秋空を演出している。風も少なく、絶好の飛行日和と言えた。


「遂に、この時が来たね」

科学魔法使いサイエンティフィックメイジ初の飛行魔法になるわね」

「そうだね」


 僕は深く頷き、美和さんの双眸を見つめる。


「それじゃあ行くよ」


 その言葉に合わせて美和さんは安全のために僕から離れる。

 僕が焼き付けた飛行魔法の原理は単純だ。僕の皮膚に触れる空気を指定した方向に送り出すだけだ。体の表面全てに対して同様の作用をするため、空気の運動量を変化させたことによる力に加えて、上部の圧力低下と下部の圧力上昇により浮力と同様の効果を得ることが出来る。

 僕は地面にうつ伏せになり、懐に閉まっている魔紙に書かれている言葉を読み上げて魔法を発動させる。


「飛翔!」


 地面効果も合わさりふわりと僕の体は浮き上がり、腹部などの下を向いている皮膚が押されている感触を感じる。

 僕はバランスをとるために手足を動かしながら力の向きを微調整する。

 三メートルほど地面からの距離がとれたところで、「下降!」と読み上げ、空気中の運動量を変化させる割合を減らして上向きの力を減らす。すると緩やかな下降状態になるので、右回転や左回転の魔法を試して方向を変えられることを確認する。最後に加速・減速の魔法で移動できることを確認する。どれも上手く動いているようだった。

 僕は、更に下降の魔法を唱えて地面に降り立つ。少しばかり速度が速く、強く胸を打ち付けて咽てしまうがそれでも十分だった。


「飛行魔法の完成だ!」


 手続き構築プロシージャルベース型初の飛行魔法がこうして誕生した。

丸一日お休み&遅刻していまいました。楽しみにしていた方々に申し訳ありませんでした。

というのも、余りにも現実離れした事を書きたくなかったため、色々と調べて実現可能性を検討していました。読者の皆様に現実的と感じていただけていたら幸いです。

もし、これは原理的に実現不可能でしょう等、ありましたら感想の方に書いていただければと思います。


9/20 飛行魔法のワードを修正しました。

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