17. 飛行魔法開発3
頭がズキズキと痛む。
薄めを開けるとテントの生地が目に飛び込んでくる。寝返りを打ち反対側も確認してみると、リュックサックなどの荷物が置いてあった。美和さんは中に居ないようだ。
痛む頭で時間をかけながら何が起こったのかを思い出し、当時の自分にほとほと呆れる。あの時の自分は、疲れや急ぐ気持ちが相まってかなり変な言動をしていたと思う。頭が痛むのは、気を失った時に地面にぶつけたからかもしれない。
はたから見れば、見事に魔力切れでぶっ倒れた僕だが、倒れる前に聞いた言葉は今でもしっかりと記憶の中にある。着眼点は良いと精霊は言っていた。もしかしたら術の規模を抑えれば倒れずに法則を書き換えられるかもしれない。
例えば、自分が現在手にしている紙にそのような法則を付けることは出来ないだろうか。魔法の発動回数を制限しても良いかもしれないし、効力が保持される期間を減らせばよいのかもしれない。
とにかく、精霊の言葉をそのまま受け入れるならば、欲張り過ぎなければ精霊さんに法則を書き換えてもらえるかもしれない。今、僕が知っている限りでは、魔法は術者が居なければ発動させることは出来ない。もっと言えば、普通の魔法使いならば魔法がもたらす結果を、科学魔法使いならば具体的な手順を完璧にイメージしなければいけない。
皆が想像するように、魔法使いたちは何かしらの媒体に魔法を閉じ込めておけないかと試行錯誤をしてきた。しかし、実現できた魔道具は、魔法の力を補助するものばかり。魔法の力を閉じ込めて、自由なタイミングで発動させることが出来るものを作ることは出来なかった。
もし、その事実が法則として存在していたとしたらどうだろうか。そして、仮に魔法が法則をも書き換える力を持っていたとしたら。
僕は、ゆっくりと体を起こし、体を屈めてテントの外にでる。
降っていた雨は既に止んでいて、地面は泥濘んでいた。遠くを見渡すと、ところどころに点在する窪地には水溜まりができ、木の根に張った水の薄膜は木立から差し込む光をキラキラと反射している。地面からは土の匂いが漂い、葉に付いていた雨粒が水溜りに落ちる音があちこちから、ポツリポツリ聞こえてくる。日の向きからお昼すぎのように思われた。
僕は、転ばないように、ゆっくりとだが確実に足を運び10メートル程テントから離れた場所にあった焚き火の跡まで移動する。
美和さんが、気絶している僕をそのまま放置しておくとは思わないからこその行動だった。
僕が焚き火まで移動するのとほぼ同時に美和さんの声が聞こえてきた。
「あっ、詠太くん。起きたんだ」
「今起きたところだよ」
僕も声が聞こえてきた方向に向かって大声で返事をする。するとよく目立つ大きな樹の幹の隣にあったが草が、がさりと動き、その奥から美和さんが出てきた。草が動かなければ何処にいるのか全く気付かなかったに違いない。
美和さんは腕いっぱいに木の実や野草を抱え、足元に気をつけながら僕に向かって歩いてくる。
「どうだった、初めての魔力切れは。流石にもう懲りたでしょ?」
「なんか頭が痛むし、倒れるのはこれっきりでいいです」
そう言って、頭を手で押さえて見せる。
「電源が切れたかのようにいきなり倒れたから、その時に打ったんだと思うわ。本当にビックリしたんだから」
美和さんは抱えていた食材を、焚き火の近くに置いてあった鍋に置き、僕に駆け寄ってくる。そして、僕が手で抑えていた部分を心配げに手を当てて確認する美和さん。優しく撫でる手がちょっとくすぐったい。
「心配かけてごめんね、美和さん。あの時の自分は周りが見えなくなっていたから」
それでも、余計な心配を美和さんに掛けてしまい、申し訳なかったと思っていたので素直に謝る。
「次からは、ちゃんと周りの意見を聞きなさいよ。と言っても、周りの意見って言っても私しかいないけどね」
「そうするよ。出来れば美和さんも僕の意見を聞いてくれると嬉しいけど」
「私だってたまには詠太くんの意見を聞いているわ」
「たまにじゃ駄目でしょ!」
「私は基本的に人の話を聞かない人だから良いの!」
胸を張ってそう言い張る美和さん。小柄で若干幼い雰囲気が漂う彼女がやると、何処と無く微笑ましい。
でも、それを自分で言うのは反則だと思います、美和さん。そんなことを言われたら、僕が言えることは何も無くなってしまう。
「そういえば、どうするの? 別に飛行魔法は諦めてもいいのよ」
今回倒れてしまったことを気にしてくれているのだろう。無理をしなくてもいいという思いが、声ににじみ出ていた。
「うん、それなんだけど、もうちょっと色々と試してみることにしたよ。もしかしたらまた倒れるかもしれないけど」
「ということは、また法則を改変するってこと?」
僕の意思を尊重してくれるつもりなのだろう。だが、声には不安のためか少し上擦んでいた。
「そうだけど、次はもっと条件を付けてみようと思うんだ。それにもうちょっと内容を絞るつもりだよ」
「一週間は自由にやってもいいけど、あまり無理だけはしないでね? それで上手くいかなかったら、歩いて帰るしかないんだから。それに、倒れるかもしれない魔法を使うときは私を呼んでね?」
「うん、そうするよ。取り敢えず、今日は条件等をしっかり詰めてみる」
その後、二つ三つ言葉を交わして僕たちは別行動に移る。美和さんは、晩御飯のための狩猟。僕は、飛行魔法の実験の為の準備だ。
遂に光明を見出した僕は、勇んで準備に取り組み始める。
投稿時刻を遅くすると言った次の日に遅刻するとか……
楽しみにしてくださっていた方、申し訳ありませんでした。