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10. 街歩き

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とても力になります。ありがとうございます。

 思うところは色々あるが、美和さんに当面の間は困らないであろう量の服を買ってもらったので、次なる目的である食料品売り場に徒歩移動中だ。

 僕はどうにか心を切り替えて、スタスタと歩く美和さんに付いて行く。先ほど買った服が大量に入っている袋を持っているので、付いて行くのも大変だ。


「最近生ものを食べていなかったから、お刺身とかいいわね」


 何を食べるか、何を買おうかと考える美和さんは今にも小躍りを始めそうな様子だった。売り場が近づくにつれて期待が膨らむのか、それと同時に歩くのも速くなっていき、僕は必死になって美和さんを追いかける。

 こんなに食べるのが好きなら、街の近くに住むとか、通信販売で新鮮な食べ物を取り寄せればよいのに、と思ってしまう僕はなにか間違っているだろうか。

 売り場に着くと、今までの欲求を爆発させるかのように次々と食材をカゴの中に放り込んでいく。美和さんが手に持っていた二つのカゴはあっという間に埋まり、今では山と化していた。正直、見ているこちらが崩れてしまわないのかヒヤヒヤしてしまう。見かねた僕は、美和さんを正気に戻すために声を掛ける。


「美和さん、流石にそんなに買っても食べきれないよ」

「魔法を使って瞬間冷凍すれば幾らでも持つから大丈夫よ!」


 どうやら、美和さんの魔法は相当万能であるようだった。

 普通に食品を凍らせると内部の水分子が結晶構造を作り、液体時に比べて体積が増加してしまう。それによって、食品の細胞が壊れてしまい鮮度が落ちてしまうのだ。しかし、もし水分子が結晶構造を作る前に固体になってしまったらどうだろうか。体積は増加せず、細胞は壊れないため鮮度は保たれるのだ。一般的には過冷却でこれを実現するのだが、使える食品が限られているらしい。そこでとある日本企業が磁場中で冷却することで液体の状態で温度を下げて、その後一気に凍らせる CAS(Cells Alive System)を開発したらしい。恐らく、美和さんの魔法もそれと同じようなことをしているのだろう。

 僕がそんなとんでもない技術力に驚嘆しているうちに、美和さんは買いたいものは全てカゴに入れたようで、泰然とした様子でレジに並んでいた。対して周りの人達は、うず高く積み上げられた食料品とその怪しげな黒ローブに胡乱げな目を向けている。

 僕は、お付きの人と思われたくなかったので、美和さんとは距離を置いてその様子を眺めて、一時の平和を享受していた。

 しかし、そんな仮初の平穏は長続きせず、「詠太くん、袋に詰めるの手伝って!」と声を掛けられたので、誰にも気付かれぬよう気を配りながら近くに寄って袋詰を手伝った。しかしそんな努力むなしく、人々の視線は詠太のやわらかなハートを突き刺していくのだった。



 二つの買い物で、心に深刻なダメージを負っていた僕だったが、別行動で欲しい物を買う時間という事で、デパートの中にある大きな本屋に一人で来ていた。

 僕は荷物が増える前に個別行動をするものと思っていたのだが、美和さんが若干暴走してしまったことで、重い荷物を抱えながらの本探しになってしまった。

 美和さんには物理の本を買いたい旨を伝えていた――僕は現状、魔法を物理的枠組みの中でしか魔法を発動させられないので、実用的な意味でも物理や工学を学ぶことは非常に重要な事になっていた――ので、数万円を渡されていた。若干金額が大きい気もするけど、物理書や工学書は専門性が高くなれば値段も高くなるものだ。自分より年下に見える美和さんにあまり借りを作るのも気が引けたのだけど、「私がこちらの世界に呼び寄せたんだから遠慮しなくていいのよ。むしろもっと頼って」と言われてしまった。

 僕は重い荷物を持ってぶらぶらと歩きながら、物理書や数学書が並べられているコーナーまで移動する。大きな書店だけ合って、一つ一つの書棚が大きく、僕が背伸びしてようやく届くぐらいの高さまで本がぎっしりと詰め込まれていた。


「魔法を使うという面から考えると、初等的な物理の話をしっかりと理解しておくのが大切になりそうだよな。でも、僕はそもそも大学に物理をやりたいから入ったわけで、やっぱり量子力学とか素粒子とか場の理論とかにも興味あるなぁ」


 そんな益体もない事を呟きながら、書架の間を彷徨って嗜好に合った本を見繕っていく。主に魔法を使う面で役に立ちそうな本を何冊かと、純粋に物理を学ぶ目的として量子力学の本を一冊選ぶことにした。

 会計を済ませると、早く本を開いて読んでみたいという衝動に駆られるが、美和さんとの待ち合わせの時間があるので待ち合わせ場所までいそいそと移動した。



 待ち合わせ場所になっていたのは、デパートの正面入口から入ってすぐの場所。上の階まで吹き抜けになっている広場のような場所だ。そこには、屋内なのにもかかわらず椰子の木が植えられていて、その周りには幾つかの木製ベンチが設置されていた。そろそろ夕食時ということもあり多くの人が行き交い、足が疲れた人はベンチでその疲れを癒していた。

 壁はガラス張りになっているので、外の様子がよく見える。デパートの外の街並みは夕日色に染まり、空は赤と青の美麗なグラデーションを描き出していた。

 僕は美和さんがいるかあたりを見渡す。ベンチに目を向けるとに黒いローブに身を包む人が足をぶらぶらと所在なげに揺らしている。僕は駆け寄って声を掛ける。


「美和さんだよね? ごめん待たせた?」


 くるりと振り向くと、ローブのフードが外れ銀髪がふわりと舞う。美和さんは、少し悲しげな顔を浮かべながら、


「そんなこと無いわ。いま来たところ」


と答える。僕は美和さんの隣に座りながら、悲しそうな表情が気になって、つい尋ねてしまう。


「どうしたの、そんな悲しそうな顔して」


 美和さんは、はっと驚きの表情を浮かべた後、しばらく難しい顔でタイルの床を見つめる。そして、意を決したかのようにその口を開く。


「今日、ちょっと色々と暴走しちゃったでしょ。それで、詠太くんに嫌われちゃったんじゃないかって……」


 消え入る様な声で、それでも最後まで言葉を絞り出す美和さん。

 僕は思わずパチパチと目を瞬かせてしまう。普段から底なしの元気で僕を引っ張りっ回す美和さんが、まさかそんな事で悩んでいるとは思っていなかったのだ。そんな事というと、美和さんに失礼かもしれないが、それでも……


「そんな事で嫌うわけ無いよ。久しぶりの買い物だったら、興奮するのもしょうがないよ」

「えっと、そういう訳じゃなかったんだけど……でも本当?」

「うん、別に嫌いになったわけじゃないよ」

「そっか……」


 そう言うと、安心したのか頭を僕の肩に預けてきた。ふわりと彼女のシャンプーの香りがしたけど、今の僕の気持ちはとても落ち着いていた。

 今までは強い美和さんを見ることが多かったけど、弱っている今しばらくは僕が受け入れてあげようと思う。この変わり様だと、もしかしたら何か嫌な事に巻き込まれていたのかもしれないし、過去の悪い記憶が蘇ったのかもしれない。

 しばらくの間、僕と美和さんは体を寄り添わせながら時間が過ぎるのを感じていた。

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