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「なんという事だ……」
「そんな……私達の町が……城が……」
「こりゃ酷いな……」
無傷で鬼を倒す事に成功した和也は、頼まれた事もあって黒羽城に戻るという夏樹達に同行し黒羽城を訪れていた。
黒羽城は小高い山の上に築かれ、本丸となる領主の館を中心に柵や塀が巡り要所には物見櫓や城門などが設置されていた。
また麓の平地に広がる小さな城下町を堀と土塁で囲い、更に土塁の上に仮設の塀や櫓を建てる事で城下町を黒羽城の防御力を高める支城として使うなど、万が一の事態に備える様々な工夫が見受けられた。
しかし、そんな黒羽城も数多の妖怪や鬼の兄弟の襲撃を受けた事で見るも無惨な姿になっていた。
外敵を防ぐ為に設置された堀や土塁、城門、柵、櫓、塀はその殆どが破壊され原型を留めておらず、また妖怪に食い散らかされた人肉の肉片がそこかしこに散乱している有り様だった。
「っ!?若様!!姫様!!ご無事でしたか!!」
だが、そんな有り様であっても少なからず生き残った者達がいた。
「爺やか!?よく無事で!!」
「爺や!!生きていたのですね、良かった」
和也達が荒れ果てた城下町から黒羽城の本丸へと向かっている途中、夏樹や冬華の姿を見るなり血相を変えて駆け寄って来た小柄な老人も生存者の1人であった。
「私の事などどうでもいいのです!!お2人とも怪我は、怪我はしてはおりませんでしょうな!?」
「あぁ、私達は無傷だ」
「兄様も私も大丈夫ですから、安心して下さい。爺や」
「ならば良かったです……喜助達も無事で何よりだ」
「ハッ、ありがとうございまする。……しかしながら、このようにおめおめと生き残ってしまっては先に散った者達への顔向けが」
「何を言うか、貴様達は立派に若様と姫様を守り抜いた上で生き残ったのであろうが。それを誉めこそすれ咎める者などおるものか」
老人は夏樹や冬華の体に怪我が無い事を確めると安堵の息を漏らし、喜助達に労いの声を掛けた。
「いえ、その事なのですが――」
「っと、こうしては居られませぬぞ!!若様、姫様!!お2人を城外へ逃がす為に鬼と戦った康隆様が深手を負ってしまい、今も危険な状態にあるのです!!ですから、お2人共早く康隆様の元へ!!」
だが、その直後にハッとして重大な事を思い出した老人は喜助の言葉を遮りながら声を上げ、夏樹と冬華に残酷な現実を告げた。
「父上が!?」
「そんな父様が……」
父親の命が危ういと教えられた夏樹と冬華の表情が一瞬で青くなる。
「さ、お急ぎを!!」
「分かった。冬華、行こう!!」
「はい、兄様」
そして、老人に急かされた夏樹と冬華は城内に向かって走り出す。
「あーっと……俺は2人に付いて行った方がいいんですか?」
「そうして頂けるとありがたいです。貴殿があの鬼共を倒して下さったお陰で尻馬に乗っていただけの他の魑魅魍魎は逃げ散って行った様ですが、姫様の霊力に釣られてまた集まってこないとも限りませぬ故」
「分かりました」
目まぐるしく移り変わる状況に1人取り残された和也は喜助に相談を持ち掛けてから、先に行ってしまった夏樹や冬華を守るため城内に入った。
「そこのお主、少しよいか?」
「えぇ、大丈夫ですけど」
夏樹と冬華が黒羽城の一室で父親と言葉を交わしている間、和也が妖怪の襲来を警戒していると妖怪ではなく2人の男がやって来た。
「ワシは黒羽康隆様に仕える家臣の1人。家老の紫藤厳斎じゃ。こっちは――」
「なにぶん名を口に出す暇も無かったもので……自己紹介が遅れた事をお許し下され。拙者は黒羽康隆様が家臣にして、若様と姫様の世話役を任されている青原喜助と申します」
「長門和也です。どうぞ、よろしく。それで……何か?」
厳斎や喜助との自己紹介を終えた和也は2人を視線と声で促す。
「ハハハッ、そんな風に警戒なされるな。ワシはただ喜助から聞いた話が本当かどうか確認したいだけなんじゃ」
「話?」
「そうじゃ、この辺り一帯で名を覇せていた赤青兄弟――鬼の兄弟をお主が滅したのかどうなのかを」
「えっと、赤い肌のでかい鬼と青い肌の小さい鬼の事を言っているのであれば、確かに俺が倒しましたが」
「……そうか、であるならば――」
和也の返答を聞いた厳斎は意味ありげに言葉を区切りつつ、ゆっくりと膝を折り地面に手をつくとそのまま頭を下げた。
相手に対し限りない謝意を伝える、その姿は俗にいう土下座であった。
「お主にこれ以上無い感謝を。あの鬼共を滅してくれてありがとうッ!!」
「えっ!?」
土下座したまま体を震わせ万感の想いが込められた言葉を吐き出した厳斎に、和也は目を剥いて驚いた。
「いや、あの!?頭を――」
「……強大な力を持つが故に討伐する事すら叶わなかったあの鬼共にはこれまで幾人もの領民が犠牲になり、常に我らの悩みの種となっておりました。そして、此度の一件で我が息子や孫までもが奴等の腹の底へと消え失せたのです」
「……」
頭を上げるよう言いかけた和也は、語調を変えて静かに語り出した厳斎の話に口をつぐんだ。
「この老いぼれた身では仇を討つどころか一矢報いる事すら夢のまた夢。その叶えるべくもない夢を他ならぬ長門殿に叶えて頂いたのです。ですから、どうか……どうか、礼を言わせて頂きたい」
「……分かりました。でももう十分ですから頭を上げて下さい」
「そうですか……お主がそう言うのであれば、そういたそう」
「良かったですな、厳斎殿」
和也の言葉を切っ掛けに立ち上がった厳斎は晴れ晴れとした顔で笑みを溢した。
そんな厳斎の表情を見て、隣にいた喜助も思わず笑みを溢していた。
全く、いきなり土下座されたから何が起きたのかと驚いたぞ。
しかし……あの鬼共、そんなに恐ろしい奴等だったのか。
噛ませ犬みたいにあっさり殺してしまったけど。
笑みを溢す2人を前に和也は胸の内で、そんな事を考えていた。
「あっ、そう言えば俺も聞きたい事があったんですけど、いいですか?」
「おぉ、構わんよ。ワシに答えられる事ならば何でも答えよう」
「拙者も及ばずながら、答えさせて頂こう」
和也の言葉に厳斎と喜助はドンと来いとばかりに頷いた。
……定款15年か……聞いたことのない年号だな。
この世界、戦国時代のパラレルワールドっていう話だが……俺の知る歴史とは流れが全く違うみたいだな。
まぁ、妖怪が実在している時点で根本的に違っているのは確定しているけどさ。
だけど有名どころの戦国武将はちゃんといるみたいなんだよな……みんな女らしいけど……。
「すみません、あと――」
常識的な事ばかりを確認するように聞かれ訝しむような表情を浮かばせ始めた厳斎と喜助に更なる質問をぶつけようとした時だった。
「グズッ……和也殿」
「うん?夏樹?」
「父上が和也殿と言葉を交わしたいと仰られています」
夏樹が堪えきれない涙を流しながら和也の事を呼びにやって来た。
「俺と?」
「はい。グズッ……是非にと」
「……分かった。すぐに行く」
「ワシも同席させてもらってよいか?」
「拙者も」
「えぇ、是非ともお願いします」
戸惑いながら夏樹に返事を返した和也は厳斎と喜助の同行の申し出を一も二も無く受け入れ夏樹の案内の元、黒羽城の領主、黒羽康隆の所へ向かった。
「失礼します。父上、和也殿をお連れいたしました」
「……ゲホッ、通せ」
「ハッ。どうぞ、和也殿」
「失礼しま……す」
許可を得て障子を開いた夏樹に促され、待ち人がいる部屋に入った和也は言葉を失った。
そこに居たのは流れ出た自身の血の海に沈み、くっきりと死相を浮かばせた壮年の男――黒羽城の領主、黒羽康隆。
しかし、瀕死の状態であってもヤクザのような強面の顔にプロレスラーのような筋肉隆々の肉体を持つ康隆との面会は和也にとって色々な意味で怖かった。
これが夏樹と冬華の父親だと?まるで別人じゃないか……遺伝子、仕事しろ。
緊張と恐怖で思わず変な突っ込みを脳内で入れながら、和也は康隆の側に正座で座り込む。
「お初にお目にかかります。長門和也と申します」
「う…む。ワシが黒羽城の領主である黒羽康隆だ。こんなナリですまんな、ゲホッ」
「いえ、そんな……」
目上の相手との会話の仕方など、どうすれば良いのか分からない和也は下手な返答だけはしないよう言葉を濁しながら相手の出方を伺っていた。
「それで――ゲホッゲホッ!!」
だが、そんな間にも康隆の容態は悪くなる一方で、話をしようとする康隆は血が混じった咳を繰り返していた。
「ハァハァ……は、話――ゴプッ!!」
「父様!?無理はお辞め下さい!!」
ついには吐血までした康隆を側に付き添っていた冬華が押し止める。
「よい、よいのだ。冬華」
「しかし……」
「ゲフッ……よいから下がっておれ。――待たせたな」
涙を流す冬華を手で制し、康隆は和也との話を再開した。
「夏樹や冬華から粗方の話は聞かせてもらった。お主、あのにっくき赤青兄弟をたった1人で倒したそうだな」
「はい。その通りです」
「それに……冬華の事を恐れなかったとか」
「……? お姫様の事を恐れる理由がありませんが」
「……くははははははっ!!ゲホッゲフッ!!ゲハッ!!」
「父上!!」
「父様!!」
和也の答えを聞いた康隆は一瞬呆けた後、怪我の事も忘れて大声で笑い出した。
最も、そのツケはすぐに支払う羽目になっていたが。
「ハァハァ……確かに夏樹と冬華が言っていた通りの面白い人物だな、お主」
「はぁ……」
「ハハッ、気に入った……お主、和也と言ったな」
「はい」
「どうだろう……我が家に仕えてはくれぬか?」
「えっ?仕える?」
突然の話に和也は目を白黒させて康隆に聞き返した。
「そうだ……いや、もちろん。赤青兄弟を倒す実力があるお主ならもっと高名な家に仕える事が出来るのは分かっている。だが……そこをどうにか頼む」
「いや、あの……いきなり仕えないか言われても」
「ワシはもう死ぬ。色々と心残りはあるが……赤青兄弟の問題が無くなった今、最大の心残りは夏樹と冬華の事なのだ。だから……我が家に仕え、お主がワシの代わりに夏樹と冬華を側で支えてやってはくれぬか?」
「……」
黒羽家に仕え夏樹や冬華を支えて欲しいと言われた和也は瞑目し、考えを巡らせる。
そんな和也の姿を康隆達がじっと見詰めていた。
「頼む……死に行く者の最後の頼みだ。どうか、夏樹と冬華を守って……やって……く…れ……」
しかし、和也の考えが纏まる前に康隆の呼吸が徐々に浅くなり、瞳から光が消えていく。
「……………………分かりました」
「そうか……よかっ……た……」
最後の最後に和也の承諾を聞き康隆はこの世を去った。
……つい、OKしてしまった。
どうしよう。
安らかな死に顔で息を引き取った康隆に冬華が泣きわめきながら縋り付き、夏樹や厳斎、喜助が静かに涙を流す中、場の空気に流され黒羽家に仕える事を思わず承諾してしまった和也は1人焦っていたのだった。