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前編

実話をベースとした恐怖物語です。淡々と進みながら、いつの間にか怖くなってまいりますので、耐性のない方はそのままスルーしてください。

長野県の中信地方に位置する城下町に母の在家はあった。

名古屋に嫁いだ母は、慣れない都会生活と子育てに、生まれ育った故郷への思いを拠り所として向かい合い、また、足腰が弱いおばあちゃんの様子を常に気に掛けていた。

母の郷愁の念がそうさせたのだろう。僕が小学生になると、毎年、夏休みには決まって、母は僕と妹を連れ、特急信濃に2時間揺られながらそこに向かい、3週間程度、長いときは丸々1ヶ月間、泊まるのが我が家の恒例行事になっていた。

小さかった僕らも、夏の一大イベントとしてなによりの楽しみにしていたのだ


昔、城下にその名を知られた和菓子屋だった広大な屋敷には、埃を被った大竈や攪拌機などが置いてあり、かつてたくさんの丁稚を抱え、職人や奉公人が働いていた名残りがそこかしこにあるものの、僕のおばあちゃんが一人で住んでいた。

母は5人兄弟の末っ子で、その上の3姉妹は、それぞれ嫁いでいってしまい、唯一の嫡男たる伯父さんは、東京で議員になってしまっているためだ。母を含め、5人の子宝に恵まれたおばあちゃんだったが、戦争が始まり、職人さん達も次々応召され、旦那さん、つまりおじいちゃんも戦争で亡くしたことで、和菓子屋を閉め、家財を切り売りしながら、子育てをしたのだと言う。

おじいちゃんの忘れ形見として、戦後すぐ生まれた母は、一番貧乏な時を過ごしたと僕らに良く話して聞かせてくれた。


夏休みになると、遠方のいとこ達も、この家に集まってくるのが子供心に嬉しかった。

多い時には3家族、11人が集ったが、それでもこの家は広過ぎたのだ。

築80年の木造母屋のわずか1区画だけが、おばあちゃんの生活スペースだ。

地下室はナメクジが、2階は雨戸を締め切ったきり、クモの巣やら、気持ちの悪い虫たちの巣窟になっている。

何度か、いとこ達と2階へと上がったことがあったが、かび臭い、冷たい空気が充満した薄暗い廊下を進んでいるうちに背筋がゾッと寒くなり、大広間の襖を開けたところで、いとこの誰かが、「ギャッ!」と声をあげた途端、全員が一目散に逃げ出して、転げるように階段を下りたことがあった。それ以来、2階には誰も行っていない。

風呂は五右衛門風呂をガスにしたもので、トイレは長い廊下の突き当たりにある汲み取り式。

歴史ある家らしく怪奇談も豊富で、長槍がかけてある欄間の染みは人魂がぶつかった跡だとか聞かせられたりするなど、いとこ連中含め、昼夜問わず、そのトイレに行くのもおっかなくてしょうがなかったのだ。

古い木造ならではのことだが、しょっちゅう、どこかかしこでギシギシと家鳴りがしていて、夜中目が覚めた僕は、おしっこに行きたくても布団から出られなくなり、母を起こすことが度々あった。


今回ご紹介するのは、そこから程近いところに嫁いでいった、母の2つ上の姉である、おばちゃんとのお話。

城下町だけあって割りと賑やかな界隈の母の在家から、更に山奥へと進み、険しい峠を上った中腹辺りにおばちゃんの家はあった。広大なぶどう園とリンゴ園を経営し、おじちゃんは農協に勤める、いわゆる兼業農家だ。

ゆっくりとした信州弁が特徴で、独特のイントネーションと語尾にくっついてくる『ずら』がおかしくて、僕と妹は、いつも笑ってしまうのだった。

高校生になるお兄ちゃんと中学生のお姉ちゃんがいて、どちらもとびきりに優しく、いとこ達の中でも僕の一番のお気に入りだ。

価値観も話題も全然違う、小学生の遊びたい盛りの僕と妹の相手を根気よくしてくれ、虫捕りや花火、盆踊りに川遊びととにかく色々なところに連れて行ったくれたのだ。

夜は夜で、零れ落ちてくるほどの大パノラマが広がる満点の星空を、農道に寝転がって見るのがなにより楽しかった。


さて、そのおばちゃんだが、いつも底抜けに陽気ながら、時々、おそろしいことを口走ることでも親戚の間では有名だった。

この前は、「瘡蓋だらけの半裸のおばあさんが、戸口に味噌をつけて回っていてさ、味噌がついていた家では、必ず不幸が来るんだとよ。」とか、

突然、ガラス戸のところを指差し、「あそこを今、おっかないもんが横切ってるから、お前ら見たらなんねぇぞ。」とか、そんなことを食事中に何の気なしに話し出すもんだから、僕と妹はおろか、いとこのお兄ちゃんたちも

「ちょっと、お母さん、ほら、皆、怖がってるから止めてよ。」と身震いしてしまうのだ。


そして、忘れ得ぬ恐怖の一夜は、僕が小学5年生の時、東京から来ていた別のいとこ達と、母の在家に集合した後、このおばちゃんの家に泊まりに行ったときに起きたのだった。


(続く)



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