古代史のことだったら何なりと聞いてくれよ(知ったか)
「今日は何時ごろ迎えに行こうか」
「1時間後ぐらいでどう?」
「よっしゃ、分かった。車で行くから」
小林一郎は、小菅に電話して待ち合わせの時間を決めた。
小林はさっきまで地下室で、古代日本の「柵」について考えていた。例えば主人公が大和朝廷から密命を受けた人間で、蝦夷側にスパイとして送り込まれ、いろいろな策謀をめぐらすとしたらどうだろう。
主人公は大和朝廷から追放された流れ人として、この柵を越え蝦夷側の土地にたどり着く。最初、蝦夷側は主人公について疑念を抱き、容易に社会へ受け入れない。しかしながら主人公が身に付けている灌漑や製鉄技術の知識がものを言い要人として受け入れられていく。
長い時を経て主人公は蝦夷の族長の押しも押されぬ参謀となる。主人公は族長の娘と契りを結び3男2女をもうける。
そのころまでには柵は設置当初の軍事的意味を失い、中央王権と土着のあいまいな境界を示すシンボルとしての役割しか担っていない。人々は易々として柵を越え、文化的融合や物流の結びつきを強めている。
そんなとき、中央王権に大きな地殻変動が起きる。その政治的影響は静かながら確実に辺境にも伝播し…
なーんちゃって。
小林一郎は物語の凡庸さに辟易となる。目新しいストーリーを組み立てることはかなわなかった。
暗闇の中で浮かんだアイデアを残すためにオリンパスのボイストレックV-85のスイッチを入れたり、しゃべりだしたりもしたのであるが、結句、支離滅裂な言葉しか吐き出せなかった。
実際のところ、日本古代なんてどうでもいいのだ。小林にとって。
そんな結論に達してしまい、手持ち無沙汰になった。小林一郎は地下室の黒電話で小菅に連絡を取り、彼もたまたま仕事が休みだというので「光の家」に一緒に行くことにした。
「光の家」は宗教団体だ。小林一郎は母の熱心な薦めで入信した。
小菅と知り合ったのはこの団体を通じてだ。小菅は先輩信者なのだが、年が同じですぐに仲良くなった。だから頻繁につるんで行動している。
玄関の呼び鈴が鳴った。小菅がもう来た。