川の流れのように
歩き出してら3日目の昼ごろ、小林一郎は「虻川洞窟まで2キロ」の看板の下へ辿り着いた。
振り返れば、波乱万丈の道のり。野菜畑で勝手に収穫してキュウリを食べたり、エサ皿のドッグフードを少々失敬したりと、緊張の連続。
川の流れをたどってひたすら歩くことは、何故かこの上もない徒労感を抱かせてくれる。どうして川って蛇行するんだろう。真っ直ぐ流れりゃいいじゃねえか、と無意味な怒りがこみ上げる。
小学5年の時、担任が異常な熱心さをもって、川の形成について原理を説明してくれた気がする。川は浸食の作用で蛇行と直行の2つの形にへんげを繰り返すのだった。川の流れがあるうちは。
小林はところどころで大きな橋にぶつかった。川沿いの道は橋のせいで行き止まりになった。大きな橋をしばらく見上げた。仕方ない。引き返して側道に下り回り道をしなければ。
道路網は川沿いを遡って歩き続ける存在を考慮に入れて設計されていない。
小林一郎は「川の流れのように」を口ずさみながら川の流れに沿って歩き続けた。
かんかん照りの陽の下で「あと2キロ」の看板が出たわけだ。川は切り立った崖の下を流れている。「虻川」という渓流になった。
川についた名前の通り、虻が多い。さっきは小林一郎の顔に直撃しそうな勢いで飛んできた。
「あと2キロ」
渓谷を遡る道は、いきなりバリケード封鎖されている。
放射能汚染による立ち入り禁止区域を示す柵だ。
小林一郎は尿意を催したので、バリケードに立ちしょんべんをかけた。鉄条網に衣服や体をひっかけて破いたり怪我をしたりしないよう注意しながら乗り越えた。
「あと2キロ」
「虻川洞窟」は国指定の史跡。縄文時代初期の遺物がもりもりと発掘される洞窟だ。なんでこんな辺鄙な山奥のあなぐらに好きこのんで生活したのだろう、と現代っ子の小林は思う。
ウィキペデアで調べたら、女性の完全人骨と平鉢土器とカモシカの骨とツキノワグマの骨と黒曜石の矢じりなんかが掘り出されたんだってさ。