橋
小林一郎は、レクサスの後部座席に身を横たえたまま、運転席の轡田に声を掛けた。
「すみません。迷惑を掛けしてしまって」
「人騒がせな奴だな、おまえ。でも、いいよ。どうせ通り道だ」
「後を付けるみたいな真似をした上に送ってもらうなんて申し訳ないです」
「だから、いいって。同じ信者のよしみだから、気にスンナ。またぶり返すと大変だから休んでろ」
轡田は対向車のハイビームを目を細めてやり過ごしながら、ハンドルを握りなおした。
「一応聞いとくけど、なんでオレの後つけたわけ?」
まさか「轡田を悪の権化とにらんで」とは言えないし。
「ちょっとお話ししたいことがあって」
「なんだ話って」
「轡田さんが事業を手広くやっておられるというのを『光の家』で知って、できれば、その、なんていうか」
「はっきり言えよ」
「ボク、大学休学中で差し当たりやることがなくて、アルバイトでもなんでもいいから、使ってもらえないかな、と」
「ああ、そういうこと」
「はい、すいません」
レクサスは大型ダンプとすれ違う。グワーン、とサイドウインドーが振動する。
「考えとくよ」轡田は答えを返した。
レクサスが、停まった。小林一郎は少し意識がもうろうとはしていたが、轡田に礼を言って、ドアの外にまろび出た。
満月が出ている。小林一郎は大河の土手沿いでレクサスから降ろされたことに気が付いた。
土手沿いの草むらに腰を下ろし、ダークグレーの川面を眺めた。
満月がグニャグニャと踊っている。大河を遡っていけば、太古の洞窟にたどり着けることを思い出し、小林は土手沿いの道を大河の流れと逆行して歩き始めた。
8時間ほど歩くと、空が白み始めたので、最初に行き当たった橋の下で寝た。