エロス神殿で罰当たりなお願い
「オレ今いろいろ書いてるんだ」
「書いてるって何を」
「いや、小説っていうかさ、そんな感じのヤツ」
「えっ、すっげえ。コバちゃん、なんか頭よさそうだと思ってたけど、小説書くなんてすげえな」
「いや、小説じゃなくて思い付きをダラダラ書いてる感じかな」
「光の家」支部に向かう小菅の中古のダイハツのなかで、小林は小菅雅彦と会話した。
「スーパーの仕事忙しいか?」地元のスーパーで4月からマネージャーを任されている小菅に、調子を尋ねてみる。
「いや、まだ駆け出しだからな。パートのおばちゃんの方が仕事分かってるよ。オレはいかにおばちゃんたちのご機嫌を損ねないかに専念だよ。大勢いるから、いろいろややこしいよ」
「そうだなあ、世界、じゃなくてスーパーはおおむね、おばちゃんを中心に回ってるものなあ。おばちゃん敵に回したら勝ち目ねえなあ。絶対、滅ぼされるよなあ」
「食品管理というよりおばちゃんのご機嫌管理かなあ。おばちゃんの中心で愛を叫ぶってか。面白くねえなあ」
小林一郎は、しゃくれ顎で色白の小菅が、スーパーのブランドカラーの変なパステル色のエプロンを着用して、レジのパートおばちゃんたち相手に朝の訓示を垂れているところを想像した。
なんか非常に大変そうだ。小林が文章を書くことなどよりも少なくとも30倍は大変そうだ。
そうこうしているうちに「光の家」についた。郊外にある2階建ての建物を丸ごと借りている。屋上には「光の家」というでかい看板が立っている。
玄関に入ると、ちょうど帰りがけの馬主の轡田が「いよっ。2人そろって参拝だな。感心、感心」と声を掛けてきた。
馬主の轡田は、中古車販売店とかスナックとかを手広く経営している。バブルなんか大昔の話だってのに、今でもバブル臭をまき散らしている。実際なかなか羽振りが良くて競走馬を所有している。だから「馬主の轡田」と陰で呼んでいる。
今日も仕立てのいいスリーピースをぎっちり着こんで、脂ぎったエロオヤジを演じ切っていて好感が持てる。受け付けの脇に立っている平林という若い女性の尻をあいさつ代わりに撫でている。平林はうれしそうに「いやーん」と鼻を鳴らしている。やっぱ神様を信じている馬主の轡田には早速ご利益があったわけだ。
小林には、いまのところご利益はない。
信仰ってのは煎じ詰めると現世利益、生きてるうちが花なのよ、という身もふたもない結論に達する。例えば、飯田健作という男は、信仰に体よく名を借りて実のところは結婚相手を見つけたいというのが、本当の目的なのである。そのためには教義を勉強し、模範的な信者になることによって教団内の信頼を高める必要がある。飯田は、如才のない男だったので教団幹部に可愛がられた。ほどなくして、教団支部でもトップレベルの可愛い女と付き合うお墨付きをもらった。女性信者はみんなしとやかで、まるで聖母のようだ。なーんて信じている堅物男性信者も少なからずいる。アイドルはウンコしない的な崇拝プレーを楽しむ範疇で。だが、飯田と女性信者は全く悪魔に取りつかれたような邪悪なセックスを連日連夜ただひたすらにやり続けた。わたしたち選ばれた信者、いわば現代のアダムとイブは性の抑圧を棄て欲望の赴くままに交接し続けるのです。2人は3日3晩、やり続け、最後は幻覚をみたそうだ。「アイコだー」「アイコがくるー」と絶叫して飯田は果て、気を失った。
小林は、身もふたもない諦観を胸に、建物の2階にある神殿へ向かった。