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密着九日目

 粗末田(そまつだ)さんの自宅マンションに到着した西(にし)さん。エントランスにあるインターホンの集合機に彼女の部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押します。がさっという、音声がつながった音がしました。粗末田さんは部屋にいるようです。しかし、彼女の声は聞こえてきません。


西「西です。粗末田先生、お話があって来ました。先生も僕に言いたいことがあるんですよね? 入れてもらえませんか?」


 西さんがそう伝えると、やはり無言のまま。およそ一分後、オートロックの扉が開きました。「入って来い」という、粗末田さんからの合図でしょう。扉をくぐってエレベーターに乗り、彼女の部屋を目指します。


 部屋前のインターホンを鳴らす西さん。すぐに玄関扉が開き、粗末田さんが顔を出しました。メイクはしておらず、髪には寝癖(ねぐせ)がついたまま。上下灰色のスウェット姿で、ついさっきまで寝ていたようです。


粗末田「何の用だよ」


 酒焼けしているのか、粗末田さんの声はがさがさ。彼女の(すさ)んだ心境が表れているように思えます。対照的に西さんは、はきはきとした声で、粗末田さんと話し始めました。


西「先生、僕に嫌がらせしてますよね? 僕の家に来て変な手紙を入れたり、自転車のかごに歯みたいなのを差し込んだり」

粗末田「してねーよ」

西「嘘つかないでください。どれも、先生の机のメモに書いてあったことです。……先生がやってるとしか思えません」

粗末田「……知ってたのか?」

西「勝手に見たことは謝ります。でも、こんなことをやられるのは、正直気分が良くありません。先生には手切れ金を渡しましたよね? それだけじゃ不満ですか?」


 西さんの問いかけに答えず、数秒黙った粗末田さん。次に発せられた声は、空気を揺らすような怒声(どせい)でした。


粗末田「不満だよ! 何でお前は売れて私は売れないんだよ! お前の小説には私のアイデアを入れまくったのに! 何でお前だけえ!」

西「それは……先生のだけではなく僕のアイデアも含まれていたからじゃないでしょうか?」

粗末田「じゃあ何か!? 今度は私がお前の弟子になれとでも言うのか!?」

西「そんなことは言いません。先生は僕の力なんてなくても良い小説を書ける方だと思ってます。現にデビュー作はベストセラーになってますし」

粗末田「それでもお前に負けた! お前のほうが売れた! ……何でこんなことに……」


 お寿司屋さんにいたときのように、粗末田さんは涙を流し始めます。彼女の無念が伝わってきたのか、西さんも今にも泣き出しそうな表情です。数ヶ月という短い間でしたが、彼は粗末田さんのそばで小説を書き続けました。師弟関係がなくなったとしても、西さんにとって粗末田さんが師匠であるという認識は、今でも変わっていないのかもしれません。師匠の気持ちを痛いほど理解できるのは、彼が正真正銘、弟子だったからこそでしょう。


 西さんは苦しそうに、言葉を(しぼ)り出します。


西「僕が憧れた先生は、その発想力をこんな嫌がらせに使う人じゃありませんでした。これが小説になっていたら、僕はもっと怖がっていたと思います。どうか、アイデアを無駄遣いしないでください」

粗末田「お前もやってたことだろうが! 私の小説を真似して! 私に嫌がらせしてただろ! 何が違うんだよ! なんでお前と私でこんなに差がついたんだよ! 教えてくれよ!」


 粗末田さんの言うように、二人の出会いは西さんが彼女の小説のワンシーンを真似て弟子入り志願をしたことでした。粗末田さんにとっては、非常に迷惑な嫌がらせだったことでしょう。当時とは立場が逆転しています。その事実も、粗末田さんを深く傷つけていました。


 激しく動揺している今の彼女に対しては、かける言葉を慎重に選ぶ必要がありそうです。西さんはどう答えるのでしょうか。


西「僕にもはっきりとはわかりません……けど……先生の慢心(まんしん)が原因じゃないでしょうか?」


 まだ若く、人生経験の浅い西さん。素直に自分の考えを口にしたのであろう「慢心」という答えは正論です。けれど、傷ついた粗末田さんにかける言葉としては不正解。粗末田さんは全身を震わせ、(くちびる)を血が出るほど強く噛み締めます。今にも爆発しそうなほどの怒りを感じているのは明らかです。


 殴り合いのケンカが起きてしまうのではないか。そう思いましたが、粗末田さんはふっと冷静さを取り戻します。表情から怒りが消え、微笑(ほほえ)み始めました。年上の大人として、元師匠として、この場を穏便(おんびん)に済ますことにしたのでしょうか。


粗末田「……そうだな。お前の言うとおりだな。私は慢心してたよ。お前のことを甘く見てた。私の負けだ。利用しようとして、その上、嫌がらせまでして……すまなかった」

西「いえ……僕のほうこそすみません。生意気なことを言って」

粗末田「気にしなくていいよ。より怖くて面白いホラー小説を書くという点で、私はお前に負けた。お前は師匠を超えたんだよ。……師匠としても、弟子が自分を超えたことは、むしろ喜ぶべきだよな」

西「すみません」

粗末田「だから気にするなって。……でもさあ、私も、負けっぱなしってのは、やっぱ我慢ならないんだよ。お前に一矢報(いっしむく)いてやりたいって気持ちは、確かにあるんだ。だからそれだけは、果たさせてほしい」

西「……どういうこと、ですか?」

粗末田「お前のチャリのかごに入れた歯、誰のだと思う?」

西「え……」

粗末田「てめえの父親と母親のだよ」

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