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密着八日目

 元弟子への嫉妬心(しっとしん)(おのれ)(みじ)めさから、お寿司屋さんでこれでもかと号泣した粗末田(そまつだ)さん。その翌日から、彼女と連絡が取れなくなってしまいました。自宅のインターホンを押しても出てきません。一週間ほど毎日訪問してみましたが、ずっと留守にしているようです。どこで何をしているのか、全くわかりません。


 そこで粗末田さんへの密着は一時中断し、また西(にし)さんの取材に戻ることにしました。小説家としての仕事で忙しくなった西さん。それでも、取材を快諾(かいだく)してくれました。


 西さんは現在、アルバイトを辞め、実家を出て都内のタワーマンションで一人暮らしをしています。東京の街並みを窓から一望できる高層階。リビングだけで、西さんの実家にある自室の三倍近い広さなのだそう。


 大きな四人掛けのテーブルでホットコーヒーを飲む西さんには、「成功者」というような風格があります。『ザ・ダークマンティス』の発売をきっかけに、相当(もう)かっているのでしょう。


西「確かに、どかっとお金が入ってきました。けど、だいぶ無理してタワマンに引越しましたよ。入居に必要な初期費用は友達に借金して用意しましたし、毎月の家賃を払うのもギリギリです。でも、こうすれば自分を追い込めるじゃないですか。もっと売れないと借金は返せないし、この暮らしも維持できない。自分に(かつ)を入れるために、あえてタワマンに住むことにしました」


 デビュー作が大ヒットしている西さん。それを一時的なもので終わらせないよう、自分のモチベーションを保つためにあえて生活費を高めたのでした。まだ二十歳という若さの彼にとって、かなりハイリスクな行動に思えますが、ご両親の賛同は得られたのでしょうか。


西「最初は反対してましたけど、納得してくれました。僕、学生の頃から何をやってもダメだったんです。勉強も、スポーツも、芸術も。ずっと本を読んで、そういう現実から目を(そむ)けて生きてきました。そんなだったから、大学受験にも失敗しちゃって、就職も上手くいかなくて、高卒でフリーターになって……。父親も母親も、僕に期待するのは無駄だと思ってたんじゃないですかね。でも、小説が売れたことを話したらすごく喜んでくれて。事情を説明したら、最終的には『お前がやりたいことを全力でやればいい』って後押ししてくれました。そんな両親の想いに応えるためにも、頑張らなくちゃって思います」


 西さんはずっと、ご両親に対して「申し訳ない」という気持ちを抱えていたのだそう。学業に打ち込まず、高校卒業後も不安定な働き方をしていた彼を、文句一つ言わず実家に置き続けてくれたお父様とお母様。これ以上の負担をかけまいと、西さんは実家を出る決断をしました。


西「今の暮らしを維持することだけじゃなくて、自分で稼いだお金で両親に恩返しをすることも目標ですね。もう少し頑張って、貯金ができるようになったら、両親を焼肉にでも連れて行こうと思います」


 西さんの人生が、大きく変わりつつあります。この変化は、彼が自分の手で生み出したものではありますが、師匠である粗末田さんの力もあってのことでしょう。しかし、西さんは粗末田さんとの師弟関係を解消してしまいました。その経緯(いきさつ)についても聞いてみます。


西「粗末田先生に弟子入りしなければ、『ザ・ダークマンティス』は出来上がらなかったと思います。それについては、感謝しきれません。それでも弟子をやめたのは、先生より僕のほうが売れたからとか、そういうわけじゃないんです。僕が弟子として月謝を払い続けることが、先生のためにならないだろうなと思って」


 粗末田さんに師事(しじ)することというより、月謝を払い続けることに疑問を感じていた西さん。粗末田さんに金銭的な余裕が生まれることで、彼女の創作意欲が失われてしまうのではないかと懸念(けねん)していたのです。


西「僕が弟子になってから、先生はご自身の小説を全く書かなくなりました。月謝が入る分、お金に余裕ができたから執筆しなくても良くなったんだと思います。もしこれが何年も続いたら、先生のファンは新作が読めなくて、応援する気力を失ってしまうかもしれません。僕もファンの一人ですから、先生の作品をこれからもたくさん読みたいと思ってます。それを僕自身の手で(さまた)げてしまうのは……やっぱり心苦しかったですね」


 粗末田さんに弟子入りし、プロの小説家になったことで西さんは、中途半端にお金を得ている状況が時として小説を書くモチベーションを奪う可能性に気づいたのだそう。タワーマンションに住み経済的に自分を追い込むという彼の行動も、粗末田さんを見ていたからこそ「やる」と決めたことなのかもしれません。


西「僕はプロ作家デビューして、当初の目的を果たしました。ならばこれ以上、先生との関係は続けないほうがお互いのためなのかなって思います」


 師弟関係の解消。それは西さんが弟子として、師匠を思い()ってのことだったのです。


 取材を終えようとしたとき、西さんの部屋のインターホンが鳴りました。誰かが訪ねてきたようです。しかし、西さんは対応しようとしません。取材スタッフにも「気にしなくて大丈夫です。来客の予定はありませんから」と言います。


西「ここ数日、今くらいの時間になると鳴るんですよ。集合玄関のオートロックの外からインターホンを鳴らされるんですけど、応答しても誰もいなくて。心霊現象……とかではないと思います。けど、ピンポンダッシュのような、誰でもいいからやるイタズラでもないみたいで。ウチの郵便ポストに、差出人がわからない手紙が入ってるんです。インターホンを押した誰かが入れてるんだと思います。確実に僕を狙ってやってるんですよね」


 そう言うと西さんは、これまでにポストに入れられていたという手紙を見せてくれました。全部で七通。すべて別々の日に、一通ずつ入れられていたそう。新聞や雑誌の文字を切り貼りし、それを印刷した脅迫文のような手紙で、内容はどれも一言一句同じです。


“たイせつ名モのを守リタ意なラ、居魔スぐしョウ説ヲ書くノを矢め露。”


 このような、西さんが小説を書くことをやめさせようとする手紙が入れられているとのこと。誰かが嫌がらせでやっているのでしょう。


 他にも、西さんの身の回りで異様なことが起きていました。


西「四日くらい前ですかね。僕が使ってる自転車のかごの中に、歯が三、四十本入ってたんですよ。入ってたというか、かごの網目に一本ずつねじ込まれてるような感じで。たぶん人間の歯だと思います。作り物かもしれないですけど……触った感じは、すごく本物っぽかったんですよね。気持ち悪いので、全部捨てちゃいました」


 作家として有名になった西さん。ペンネームは使わず本名で活動し、さまざまなメディアに顔出しもしています。それだけ目立てば、誰かから嫌がらせを受けても不思議ではありません。有名人の多くが、このような嫌がらせに悩まされていると聞きます。


 しかし西さんは、これらが誰の仕業なのか、見当がついているそうです。


西「前に、粗末田先生の作業机に置いてあったメモ用紙みたいなのをこっそり覗き見たことがあるんです。そこに、手紙と同じ文章も、人間の歯を自転車のかごに入れることも書いてありました。たぶん、先生が次の小説で使う予定のアイデアだったんだと思うんです。それを僕にやってるんじゃないかなって」


 西さんが予想する、嫌がらせをしている犯人は粗末田さんでした。まだ確証はありませんが、粗末田さんが西さんの成功を(ねた)んでいることや、彼女が書いたと思われるメモの内容などから考えるに、可能性は高いでしょう。


 翌日、西さんは粗末田さんの自宅マンションへ向かいました。

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