密着六日目・七日目
西さんが粗末田さんに弟子入りしてから三ヶ月が経過。その間もスパルタ授業が続きました。そして月末になると、粗末田さんは西さんからもらった月謝で高級お寿司を食べに行く。その繰り返しです。
西さんは月謝を払うために、アルバイトを二つ掛け持ちするようになっていました。これまでとは比べ物にならないほど忙しい日々を送っています。それでも小説を書くことは忘れません。毎日仕事が終わったら原稿に向かい、週に一度の授業にも欠かさず出席しました。
そんなある日、西さんに大きな変化が訪れます。
西「前に、『小説家になろう』に僕の小説を投稿したじゃないですか。あれを読んだ有名なホラー作家さんが昨日、Xで紹介してくれて。今めちゃくちゃバズってるんですよ。今日だけでアクセス数が三百万を超えてます。読者からのコメントも二千件以上もらってて、内容は賞賛してくれてるものばかりですね」
西さんの小説が脚光を浴び始めたのです。彼の作品、それを生み出した才能が世間の人たちに評価されたと言るでしょう。これには、西さんも笑顔を隠せません。
早速西さんは、粗末田さんの自宅へ報告しに向かいました。タブレットで『小説家になろう』の管理画面にあるアクセス数のグラフを表示させ、粗末田さんに見せます。
粗末田「ああ、そう。……へえ、すごいじゃん」
西「ありがとうござます! けど、僕だけの力だとは思ってません。先生のアドバイスがあったからこそです」
粗末田「それは当然なんだけどさ、まさかここまでバズるとは思わなかったわ……。Xで紹介してくれた作家って誰?」
西「酢乃物たべ郎先生です」
粗末田「めちゃくちゃ大御所じゃん! あの人、『なろう』までチェックしてるのか」
西「僕もびっくりしてます。でもそれより、やっぱり粗末田先生はすごいなって。的確なご指導をしてくれてたんだなって思いました。今後もよろしくお願いします!」
喜びの感情を我慢できないような声音で話す西さん。そんな彼と対照的に、粗末田さんの表情は曇っています。西さんの小説が駄作になるよう仕向けていた彼女にとって、現状は西さんと逆の意味で信じられないのでしょう。
この日の授業を終えて西さんが帰宅した後、粗末田さんにお話を伺いました。
粗末田「おかしいです。本当におかしい。西の小説が評価されるわけがないんですよ。私がゴミみたいな駄作にしたんだから」
『小説家になろう』に小説を投稿させることで西さんの自信を失わせるはずが、逆効果になってしまいました。粗末田さんの言葉には、動揺が窺えます。
粗末田「これだけバズってると、間違いなくどこかの出版社が書籍化の打診をしてくる……まずい。これはまずいかもしれない」
西さんの小説の書籍化が決まれば、晴れてプロ作家デビューとなります。同時に彼が粗末田さんに弟子入りした目的も達成され、弟子をやめてしまうかもしれません。そうなると、粗末田さんの月収が大幅に下がります。少なくとも、もう高級お寿司をたらふく食べることはできなくなるでしょう。
粗末田「どうしよう……いや、まだ大丈夫か。新人作家のうちは弟子をやめないか。書籍化しても売れるとは限らないし、あいつ、『今後もよろしくお願いします』って言ってたし。またあいつの作品に難癖をつけて、二作品目以降を発表させなければ大丈夫か……」
自分に言い聞かせる粗末田さん。彼女の言うとおり、西さんはプロ作家デビュー後も弟子を続けてくれるのでしょうか。
さらに五ヶ月が経ちました。西さんの小説『ザ・ダークマンティス』は、『小説家になろう』で更新されるたびに大バズり。完結後すぐに書籍が販売されました。小説を紹介しているテレビ番組やYouTubeチャンネルなどで取り上げられ、その売れ行きは飛ぶ鳥を落とす勢い。
新進気鋭のホラー作家として、各種メディアからインタビューを受ける西さん。これからのホラー小説界を牽引する存在になるだろうと、多くの業界人、そしてファンから期待を寄せられています。
西「ありがたいことですね、本当に。まさかここまで注目していただけるなんて思ってもみませんでした。二作目もすでに執筆中です。他にもいろんなお仕事の依頼をもらっていて、五年くらい先までスケジュールが埋まっちゃいました」
数ヶ月前まで西さんは、「自分が何者でもないように感じる」と悩んでいました。しかし、その悩みはもう彼の中からすっかり消え去っているように見えます。
西「手前味噌ですが、これだけのヒット作を世に出せたのなら『小説家・西透馬』と、自信を持って名乗れます。僕はこれから先、死んだ後も小説家です」
西さんの願いは、本人が想像していたよりもはるかに大きな形で叶いました。そんな彼の成功を、素直に喜べない人がいます。粗末田エリーさんです。
粗末田さんは西さんがプロ作家になれないよう、彼の小説にテコ入れするフリをして駄作になるよう裏工作していました。ですが、粗末田さんの目論見に反して西さんの小説は、世間から「過去かつてない挑戦的なホラー小説」と高く評価されてしまったのです。一つの小説について、何をもって良作とし、何をもって駄作とするか、その基準は人それぞれ異なります。彼女の価値観が絶対ではありません。
そして、粗末田さんは西さんがプロ作家としてデビューした後、弟子をやめてしまうのではないかと心配していました。その心配が現実になってしまったのです。『ザ・ダークマンティス』の発売後、西さんから「弟子をやめたい」と言われてしまった粗末田さん。必死に引き留めましたが、彼の決心は変わらなかったそう。
もう西さんから月謝を受け取れなくなってしまった粗末田さんですが、この日彼女は、お馴染みの高級お寿司屋さんに来ていました。いつにもましてお酒を飲み、お寿司を食べています。支払いは大丈夫なのでしょうか。すっかり酔っ払ってしまった粗末田さんに聞いてみます。
粗末田「西の『ザ・ダークマンティス』とかいうキモいタイトルの小説、五十万部も売れてるんですって。デビュー作で五十万部ですよ? 信じられます? 私だって半分の二十五万部が限界だったのに。しかも、もう映画化が決まってるらしいです。私には映画の話なんて、一切ありませんでしたよ……くそが!」
手にしたビールジョッキを、大きな音を立てながらカウンターに置く粗末田さん。西さんの成功に対して、強い怒りと嫉妬を抱いていることは明らかです。
粗末田「そんなに売れられちゃ、弟子にしとく理由も思いつきませんよ……あのブタ野郎! 弟子が師匠を超えるな! いつまでも師匠の養分であり続けろ! くそ……」
粗末田さんは、サバの握り寿司を二貫一気に口に入れ、ビールで胃の中まで流し込みました。その目には涙が浮かんでいます。お寿司が喉に詰まったわけではありません。弟子だった西さんに自分の記録を超えられて悔しいという気持ちでいっぱいなのです。
何とか西さんを弟子としてつなぎ止めておこうと、粗末田さんは恥を捨てて彼に交渉を持ちかけたそう。けれど、失敗に終わりました。
粗末田「正直に言ったんですよ、西に……デビュー作以降、私の小説が売れてないこととか、西の月謝で寿司を食べてたこととか。で、今の生活水準を下げられそうにないから、ずっと弟子でいてくれって、お願いしました。でも断られて……。あいつ、私に何て言ったと思います? 『向こう一年分の授業料を払うので、手切れ金とさせてください。それから先は、先生が自分の作品で稼いでください』だって。……あいつの小説は私がアドバイスしたからこれだけ評価されたってのに、我が物顔で、生意気なことを……。しかも西のやつ、私が師匠だっていまだに公言してないんですよ。全部自分の手柄にするつもりなんだ」
そう言うと粗末田さんは、板前さんに中トロを注文しました。そしてお寿司が来るまでの間、自分に言い聞かせるように言葉を口にします。
粗末田「……そうだ、『ザ・ダークマンティス』は私がアドバイスしたから売れたんだ。なら私にも金をもらう権利がある。西から謝礼金をもらって当然だ……。だから良いんだ。これで良いんだよ。これからも私は寿司を食べて良いんだ! むしろこの先一年分の授業料だけで勘弁してあげた私って、なんてお人好しなんだろう! こんなに出来た人間、他にいないよ!」
板前さんが中トロの握りを、粗末田さんの目の前に置きました。それをひったくるようにして取り、口に放り込みます。数回咀嚼すると、右手で両目を覆いました。彼女の目に浮かんでいた涙が、頬を伝って流れ落ちます。
粗末田「味がしない……この寿司……いつも美味しいのに、今日は醤油とワサビの味しかしない……弟子が同情で渡してきた金で寿司を食べるなんて……惨めすぎる……」
弟子だった西さんの急成長。それゆえに生まれた経済格差。そして共依存的な関係性の崩壊……。これらが重なったことで、粗末田さんのプライドはずたずたに引き裂かれてしまったようです。
それから閉店時間になるまで、彼女はお酒もお寿司も注文することなく、ただテーブルに顔を伏せて泣き続けました。




