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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆1章

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4/13

桜と焔 (4)


 兄たちは贋作を生み出して商売を、姉たちは人間の町で働きながら幻術で色仕掛けをすることで、日々人間たちから精気を奪おうと目論んでいる。

 一方で環は18歳になって一人で妖狐の里の外に出るようになっても、変化する以外はまともに妖術を使っていないかった。


 物を売りたいなら兄たちのように妖術で作り出せばいいのかもしれない。それが手っ取り早いと環だって思っている。だけどあえてそうせず、環は毎朝山を駆け回って人間も食べられる植物をかき集め、人間の村で地道に手売りしていた。

 兄さまや姉さまに比べたら妖力も少なくて、たくさん妖術を使えないっていうのもあるけれど……。


 ――できるだけ、人間を騙すようなことしたくない。



 ガサッと後方で草を踏み分ける音がした。

 考え込んできのこを摘む手が止まっていた環がはっと振り返ると、霧で満たされた木々の合間に三つの人影があった。


 咄嗟に木の影に隠れて動向を窺うと、こちらに近付いてきたのか朧気だった輪郭をはっきりと捉えられるようになった。

 全員、詰襟の黒い軍服に紅色のケープコートを羽織った男だった。


 あやかし祓いの人たちだ……!

 人間の中でも最も出会いたくない人間との遭遇に、環は息を飲んで身を固くした。


 あやかし祓い――人間の中にも稀に妖力のような特別な異能を持った者がいて、それらの人間は唯一あやかしと対抗できるとされている。あれはそんな人間で構成された和輪国軍の中の特別な組織の格好だ。


 見つかったらまずいと思って思わず隠れちゃったけど、今は人間の姿だっけ。

 耳と尻尾がちゃんと隠れているか確認するために頭と尾骨を触る。……よし、何も出ていない。


「この辺だろ? 最近朝方に狐がよく目撃されてるのって」


 聞こえてきた言葉に心臓が跳ねた。きのこが入った竹籠を抱き締めながらそろりと屈み、できるだけ気配を消してみる。背筋が冷えるのを感じて息がしにくい。


「そうだな。でもどうせ、ただの狐だろ。妖狐がこんな何もないところで一匹でうろついてるとは思えんが……」

「それは同意だ。しかし見回って確認せんと隊長が煩いからな」


 先を進む一人の後ろを二人がつくように歩いている。獣道を辿っているようなので、このままでは環が隠れている方に来てしまう。


 人間の姿なら少々見られても大丈夫だが、相手があやかし祓いだとそうもいかない。対面すれば変化の術を見破られる可能性が高い。

 どうか気付かずに過ぎてくれることを願いながら、環は自分の体内に満ちる妖力の焔が小さくか細くなるように集中した。


「仮に妖狐だったとしたら、捕まえて拷問すれば他の妖狐が潜伏しているところを吐かせることもできる。だから狐があやかしかどうか確認する必要があるんだとさ」


 先頭の男が環にとっては物騒な内容を話しながら、環が隠れている木のわずかに先の獣道を登った。後ろに続く男たちも環の気配に反応する様子もなく、一度も立ち止まらずに通り過ぎる。やがてあやかし祓いたちの後ろ姿は霞が濃い山の奥へ消えていった。


 声とあやかし祓いの気配が遠ざかるのを確認した環は、妖力の気配を隠すことに意識を向けすぎて止めていた息を思いっきり吐き、それ以上に吸い込んだ。竹籠を抱えながらぎゅっと握っていた手はまだ震えていた。


 もう、この辺りをうろつくのも危ないかもしれない……。

 目撃されている狐が自分である確証はない。今まで人間に見られている自覚もなかった。だけどここ最近この山に出入りしているの確かだから、ほぼそうだろうなと環は諦め気味に思った。


 普通の人間じゃなくてあやかし祓いが見回りをするなら一気に捕まる危険姓が高まる。さすがにそれは避けたい。

 ため息をつくと先ほどまでの緊張が緩み、一気に疲労となって環の身体にのし掛かるようだった。




 昨日訪れたのと同じ人間の村。商店街の一角のうどん屋の裏口で、環は感謝を示すために何度も頭を下げていた。


「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございました……!」

「こちらこそありがとうねぇ。いいきのこを買えて助かったよ。山菜も新鮮で嬉しいねぇ」


 環からきのこと山菜を受け取った白髪混じりの初老の男性はにこにこと笑う。本日環のお客さんになってくれたのはこのうどん屋の店主だ。

 きのこと山菜を採って飲食店に売り込みに回った結果、たまたま材料を仕入れられずに困っていたこの店主と運よく巡り会えた。


 未だに頭をぺこぺこと上下させる環に店主は眉をハの字に下げる。


「お嬢さん、もう頭を上げておくれ。そんなに高値で買ってやれなくてこっちが申し訳ないくらいなんだから」

「あっ、すみません! やっとお客さんに買ってもらえたのが嬉しくて……。それに値段のことはいいんです。買ってもらえるだけで十分ですので……」

「お嬢さん……。身なりは良さそうなのにこんな手売りをしているなんて……ま、まさか家が没落でもしたばかりなのかい?」

「あっ、いやそういうわけでも……いや、そうともいうか……」


 環の慎ましい姿に店主が痛ましいものを見るような眼差しを向けてくる。勘違いで同情されている気がした。だけど咄嗟に取り繕うこともできずに言葉がつっかえる。

 とりあえずへらっと笑ってその場をやり過ごそうとしたが、店主の眉は下がったままだ。


 その瞬間、店主の身体から滲み出るようように光の粒が浮かび始めた。やがて店主の身体を覆って淡く発光し続ける。

 環にだけ見えている光の粒は、この男性の精気だ。妖狐に騙されていたり、心を許していたり、何かしらの妖狐の術にかかっているときなど、隙ができた人間から精気が滲み出てくる。

 男性が今精気をまとっているのは、環に憐憫の情を抱いているからだろう。


 燦然と輝く精気を前にしてごくりと喉を鳴らす。

 おいしそう――思わず浮かんだ思いを打ち払うかのように環は頭を振ると、もう一度だけ頭を下げて精気を吸わずにその場を去った。




 うどん屋を離れたあとも、環は商店街を回って手売りに励んだ。通りすがりの人間ではなく飲食店に目星をつけたおかげが、昨日までより遥かに売れ行きがよかった。

 どうやら、どの人間が何を欲しがっているかをきちんと把握するのが大事だったらしい。


 下町を端から端まで渡り歩いた頃には日が沈んでいた。


 環は休憩がてら下町の外れの神社に立ち寄り、社の裏手に座って人間たちから貰った小銭の一枚を天にかざす。銅貨の中心の穴に夜空の星が覗き見えて、環の口元が綻んだ。

 環の脳裏には、小銭をくれながら精気を滲ませ笑ってくれていた人間たちの顔が浮かんでくる。


「今日はいい人たちに出会えてよかった」


 そばに置いた竹籠の中は嬉しいことに空っぽだ。環はもう不要なそれに触れて妖術を解き、竹籠を片付ける。ついでに小銭も妖術で収納しようと握るが、さっきまでとは打って変わって表情に影が差す。

 小銭の固く冷たい感触が、環の手のひらに食い込んだ。


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