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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆1章

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3/12

桜と焔 (3)


 妖狐は、人間に紛れて商売する者が多い。

 妖狐の里の中だけで生活や商いを営む者たちもいるが、環の家系の九条家は妖力が強く大きいこともあり、人里に下りて人間たちを騙して金儲けするのが主流だ。――真の目的は金儲けではなく、()()()()()()()だけど。


 兄たちは古美術商に化けて人間の町を渡り歩いている。もちろん売っているのは、幻術で作った本当は在りもしない壺や絵画だ。信頼関係を結んで虚空を掴ませる、それが兄たちの商売。

 ひと月前に帰省した際には大きな取引にありつけそうだと話していたので、先ほど父に渡していたのはその成功報酬だろう。


 父から褒美の言葉を貰いながら注いでもらった酒を堂々と飲む二人の尾は、本数は以前と変わっていないものの太くたくましくなっているように見える。

 妖力が満ちているのを感じて、環は思わず眉間にしわを刻んだ。


「お父様、聞いて~! あたしも今日、報告したいことがあるの!」


 ずっと機会を窺っていたのだろう。何かとそわそわしていた珠里が興を削がない程度に甘えた声を出しながら父のそばに行く。


「おお、どうした珠里。言ってみろ」


 兄たちの活躍ぶりと大量のお酒ですっかり機嫌をよくしている父は、珠里の頭を撫でながら微笑む。


「えへへー、実はね……尻尾が3本になったの!」


 立ち上がった珠里の尾骨にはふさふさな3本の尻尾があった。今まで2本しかなかったのにいつの間にか増えている。今こうしてお披露目するためにわざと顕現させずに隠していたのかもしれない。


 父親を筆頭に環以外の家族が揃って「おおっ!」感嘆の声を上げた。それだけで珠里の頬が上気する。

 食事を終えて手を合わせた美和がその姿を愛おしそうに見つめて口を開いた。


「珠里、よく頑張ったわ。私ね、近くで見守ってたの。付き添わなくても一人で見事にあの男を虜にしていたわ」

「まあ! 前から狙っていた商家の長男?」


 母が目を見開いて珠里を見る。照れくさそうにしながらも珠里は得意気に鼻を鳴らす。


「そうよ! なかなか逢い引きにも誘ってこなかったけど、ようやく……! おかげで精気も吸えて、見事に妖力が大きくなったおかげで尻尾もこのとおりなの~!」


 3本の尾をゆらゆらと個別に揺らしながら、珠里は夢見心地な表情でその場でくるくると回って見せる。


「立派な尻尾が生えたな」

「偉いぞ!」

「でかしたな。さすが我が娘だ!」


 そんな珠里を、複雑な心境の環を除いた皆が褒め称えていた。

 ゆらりゆらりと動く尾の動きに合わせて、環の心中には穏やかでない波が立つ。


 珠里姉さま、あんなに立派な尻尾が……。その商家の長男という方は大丈夫なのかしら。

 盛り上がる家族を見ながら環は懸念の表情を浮かべた。


 人を欺き騙すほど、妖狐は相手から精気を吸うことができる。それを己の妖力の肥やしにして、より強固で増大な力にさせる。尻尾の数やその毛並みの質や太さはすべて、妖狐としての強さの証なのだ。


 美和も珠里も、人間の村に紛れて働きながら接触した人間に幻術を駆使して媚びる――いわゆる色仕掛けで欺き精気を得ていると言っていた。珠里には前から狙っている人間がいたらしいので、今回その人間を上手く引っ掛けることができたのだろう。

 尻尾が増えたってことは、それなりに精気を吸っているはず……。命まで脅かしていないといいけれど。


 あやかしの妖狐とは違い、妖力がなくて精気も豊富ではない人間。そんな人間から精気を吸い続けたら――。


「環、おまえはどうなのだ」

「……え」


 突然呼ばれた名前にはっとする。考え込んでいた意識を取り戻すと、全員の刺すような視線が環に集中していた。父と目が合うと、狙われた獲物の気分になって今まで以上に居心地が悪くなる。


「おまえも里の外に一人で出るようになってひと月が経つだろう。そろそろ尻尾は増えたのか」

「あ、あの、私は……」


 環は身動ぎして尻尾を隠そうとする。しかししゅんと下がっている1本だけの太い尻尾は背中に隠しきれず、全員から丸見え状態だった。


「なんだ、まだ増えとらんのか」

「……はい。申し訳ありません」


 反射的に項垂れながら謝罪の言葉を述べる。しかし父の機嫌が明らかに下がったとわかるほどに、盛大なため息をつかれた。


「なぜ謝る。そう思うなら人間の一人や二人ぐらい簡単に騙して見せろ。それでも九条家の妖狐か? 未だに尻尾が1本であることを恥と知れ!」


 どれだけ父に怒鳴られようと言い返す言葉がない。箸を置き、反省を示すように膝に手を置いて頭を下げることしかできなかった。

 兄姉(けいし)たちのくすくすと笑う声が嫌でも耳に入ってくる。


「我が妹ながら、なかなかの落ちこぼれよねぇ」

「昔から鈍臭いからな」


 蔑むように吐き出された美和の言葉に弥助が乗っかる。珠里を褒めていたときとは正反対な声色に、思わず環は拳を強く握った。


「あたしなんて里の外に出て10日で2本になってたわよ~」


 珠里自身も環と同様に感じ取ったのか、自分のことを鼻高々にそう言う。


「俺なんて初日に3本だ。もはやあいつにとっては、変化の術を保って人間に紛れられてるだけで奇跡なんじゃないか?」


 零の淡々とした言葉に珠里が「確かにそうかも」と頷く。弥助と美和も同調するようにくつくつと笑い声を漏らす。


「うっかり化けの皮が剥がれて人間に捕まるかもな、そのうち」

「やだ~、惨めねぇ。自分だけ捕まるなら自業自得だけど、里や九条家には迷惑かけないでほしいわ」

「まさしく九条家の恥だな」

「大丈夫よ。そうなったら旦那さまが、あなたたちには害が及ばないようにあの子を切り捨てるだけだから」


 吐き捨てられた兄姉たちの言葉を肯定するかのように母がそう言いきった。環にとってはとどめの一撃で、胃を絞られているみたいな痛みに耐えようと俯く。


 わかってるよ、自分が落ちこぼれとして見られていることくらい。

 だけど環の胸の内が妖力主義の家族に理解してもらえるとは到底思えない。だから、何かを言い返し反論する気も起きなかった。




 早朝の山は霞が出て視界があまりよくない。だけど環にとっては少しでも人間に見つかる可能性が低い方が好ましく最高の状態だ。


 迷い岳の外れ、ときには怖いもの知らずや物好きな人間も出入りする山々の一帯に環は朝早くから出向いていた。下手すると人間に遭遇する可能性はあるが、妖狐の里から一番向かいやすくて山の恵みが豊富なのはこの辺なのだ。


 獣道の脇の鬱蒼とした茂みから、ぴょこんと狐が顔を出す。辺りを見渡して木の根元にきのこを見つけると目を輝かせた。

 ポンッと煙が立ち、狐から人間の姿の環に変化する。


「よかった。いいもの見つけたわ」


 安堵の表情で丁寧にきのこを摘んで竹籠に入れていくが、次第に思い詰めた顔になって手が止まってしまった。

 きっとこんな姿を父上たちが見たら、盛大に呆れるのでしょうね。妖術で作った偽物を売るわけでもなく、わざわざ本物を探し集めているだなんて……。


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