あやかし祓いの目的 (8)
「私と……?」
「君だって、人間を助けただろう?」
「あれは、あの女性が泣いて助けを求めてたから……」
「僕も同じだよ。相手があやかしだろうと、困っていたら手を差し出す。寧々子さんも環さんも、助けるべきだと思った。ただそれだけ」
そこまで言った颯が口角を上げる。笑ったようなのに、目に生気が宿っていないように感じるひどく冷めた表情だった。
「逆に人間でも、非道なやつらは容赦なくいたぶるよ。それが僕のやり方だ」
昨晩、あの男たちを蒼い炎で燃やしていた颯の姿を思い出して環の眉根が寄る。
「あなたはあやかし祓いってことは……あやかしを祓ったこともあるんですよね? あやかしを全員逃がしてくれてるわけではないですよね?」
自分や寧々子を助けようと思う慈悲を持ち合わせているなら、あやかしに敵対心を持っていないと信じたい。だけど環は訊ねながら、それは望みが薄いだろうなと心のどこかで諦めていた。
颯には、いつ気が変わるかわからない危うい雰囲気があった。状況次第ではいくらでもあやかしを祓ってきたに違いない。
懇願するように見つめる環の視線をまともに受け止めた颯の口角がぴくりと動く。生気を感じなかった瞳が一瞬揺らいだようにも見える。
それでも冷静な様子で環から一度も目を逸らさない颯は、一拍置いてから答えた。
「正直に言うと、あるよ。人間を襲い、命を脅かそうとするあやかしは厄災戦以降そこかしこに現れているからね」
「でもっ、厄災戦で住処を奪われたのはあやかしたちの方です! きっと足りない食料や資金や調達するために仕方なく人里に現れてるはずで……」
「うん、そうだろうね。でもどんな理由があったとしても、人間をあやかしから守るのが僕らあやかし祓いの役目だから」
「……っ」
颯は真っ直ぐ環の目を見ていた。信念が宿る黒曜石のように艶やか瞳の力強さに環の方が気圧されてしまい、悔しさを隠しきれずに唇を噛む。鼻の奥がつんと痛んだ。
「所詮、あなたはやっぱり人間………なんですね」
期待を裏切られたような気分だ。
自分だって昨日のような人間には平気で妖術を使ったくせに、颯があやかしを祓ったことがある事実を聞かされると胸が痛んだ。助けてくれたからと勝手に期待した自分が嫌になる。
環が人間の中でも許せない者がいるように、颯にも見逃せないと判断するあやかしがいた。……ただ、それだけのこと。
たぶん、根本的なところで颯とはわかり合えない。
「人間……か。環さんからすれば、僕はそちら側だろうね」
自嘲するように颯は息を吐くと、ソファーの背もたれに背中を預けた。遠くを見るような目はどこか虚ろだった。
そういえば、と環は抱えていた疑問を思い出す。
「そりゃあ、あなたは人間でしょう? 朝食の前にあやかしじゃないって、自分で言ってたじゃないですか」
颯自身があやかしではないと、環が導き出した可能性を否定してきたのだ。大火の厄災戦の頃から生きているなら寿命が長い点については謎に感じていたけど、よく考えると彼は自ら膨大な精気を出せたり常時の結界を一人で張れるぐらいの力の持ち主だ。寿命が長い特殊な異能の人間であってもおかしくはないのかもしれない。
「そうだよ。あやかしじゃない。だけど――人間でもない」
しかし颯の口から飛び出してきた言葉はまたもや環の予想を覆してくる。さすがに真意を探りたくて前のめりに問いただした。
「どういうこと? 嘘ついて何を誤魔化してるんですか?」
「嘘じゃないよ。……いや、正しくはどちらも半分嘘で本当でもある」
「意味がわからないんですけど」
はぐらかされてばかりで頭の中にたくさんの疑問符が浮かぶ。
颯は姿勢を正すと、環をじっと見つめた。つられて環も見つめ返す。
「環さん」
「はい」
「ここから話すことは君に持ちかけたい取引にも関わる内容だ。最初にも言ったが取引に関しては断ってくれてもかまわない。ただし、引き受けたとしても断ったとしても今から話すことは誰にも秘密にすると約束してほしい」
「秘密、ですか」
「そうだ。僕が信用している人しか知らない事実が含まれるからね」
信用に値すると言われたことを思い出した。
昨日今日で出会ったばかりのあやかしを信用するなど、あやかし祓いにしては随分無用心だ。だけど環を見つめる颯の瞳が真摯に満ち溢れていて、本気でそう思っているのが窺える。
向けられた真っ直ぐな眼差しに、悪い気はしなかった。
「わかりました。今から聞くことは一切他言しないと約束します」
「ありがとう……では話そうか。まずは環さん、君って年齢的に厄災戦後に産まれてる?」
「そうですけど……」
「……そっか。でも、ある程度は厄災戦の知識はあるよね?」
「それはまあ、聞き伝え程度ではありますけど……」
父に嫌になるほど聞かされてきた話だ。
妖力が強い妖狐はいち早く厄災戦の前線に赴き大活躍したとか、おかげで妖狐の里の避難も素早くてあやかしの中でも生き残りが多いとか。
九条家の英雄譚など、妖狐の誇りというか自慢話ならたくさん聞いている。
「なら、こう言えば伝わるだろ。――厄災の子、それが僕だ」
衝撃的な打ち明けに、驚きすぎて声も出せなかった。それは絶滅したとされる化け猫が生きていた事実すら凌ぐ、重大で禁断の話題ともいえる。
目を見開いたまま固まっていた環は、自分の胸が早鐘を打つのを感じながらふるふると首を横に振った。
「嘘よ……そんなわけない。厄災の子はあやかし側が処分したって聞かされてるわよ」
環が知っている厄災の子に関してかすれた声で告げると、瞠目した颯が身を乗り出してきた。
「あやかし側ではそう伝えられているのか! それ、最初にそう言ったのは誰かわかってるのか? 処分したされているあやかしのこととかは?」
「いえ、私もそこまでは知らなくて……。厄災戦のことは親から聞いていることがすべてなので」
「そうか……」
颯はソファーの背もたれに身体を預けて残念そうにため息をつく。
この人が、厄災の子――?
言われた言葉を信じられないまま、思い詰めた表情の颯を見つめる。颯の口から飛び出したそれがあまりにも予想外すぎて、頭の中がこんがらがってきた。
しかし、あやかしでも人間でもないと言った颯の言葉がそれなら確実に当てはまってしまう。
――厄災の子。
大火の厄災戦の引き金とも言われる、あやかしと人間の間に産まれた禁忌の半妖。
長年共生はしていたものの、種族の血筋を守るためにも生命としては交わってはいけないと一線を引いていたあやかしと人間。だがその存在が明るみに出たことで関係に亀裂が生じ、厄災戦を経て完全に道を分かつことになった。
そして、忌まわしい混血の問題因子を残すわけにはいかないからと厄災の子を……。その事実を聞かされたときに、いくら禁忌の子でもわざわざ殺してまで拒絶する必要はないのにと思っていたから、生きているのは嬉しいことではあるけれど……。




