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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆2章

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18/19

あやかし祓いの目的 (7)


 妖狐の中には人間の町の流行に敏感な者たちがそれなりにいて、そのような妖狐が里で商う店では人間が生活に取り入れている外来品もたびたび仕入れられている。環はそこでクッキーやジャムや紅茶などの嗜好品の存在を一応知ってはいたが、苺という果実やその香りがついた紅茶というのは初めて目にした。

 確かに覗き込んだティーカップの中の液体は琥珀色というより赤い。クッキーに乗っていたジャムと同じような赤さだ。


「苺っていうんだ……味と色的に野苺の仲間かな? 初めて食べたけどおいしいですね。紅茶もいただきます」


 そっとカップに口を寄せる。湯気とともに茶葉の芳醇な香りを爽やかに仕立てる新鮮な香りが立った。舌の上で味わったあとにこくりと飲み込む。ジャムよりは控えめな甘酸っぱさが飲みやすく、後味も鼻から抜ける香りもすっきりしていた。

 あまりのおいしさに環の瞳が生き生きと輝く。


「わあ、これもとってもおいしいです! 香りも新鮮さがあってすごくいい」


 寧々子にそう伝えたそばからもう一口飲む。するとまたクッキーを食べたい欲が出てきてお皿に手を伸ばした。この組み合わせ、ずっと繰り返せそうで手が止まらないかもしれない。


「おかわりもあるので遠慮なく申し付けてくださいね。ごゆっくりどうぞ」


 寧々子は環の興奮ぶりに微笑むと、一礼してリビングから出ていった。すでに3枚目のクッキーを口に入れた環はその後ろ姿を見送ったところで、我に返ったように正面に目を向ける。

 ティーカップを片手に、颯がにこにこと笑っていた。舞い上がっていた心がしゅるしゅると落ちてくる。


「……すみません、お菓子に夢中になってしまいました」

「いや、全然いいよ。寧々子さんも喜んでくれていたしね。来客があるときしかお菓子は用意しないから、君みたいに喜んでくれる人に食べてもらったら寧々子さんも作った甲斐があったんじゃないかな」


 つまりこのクッキーは、環がこの邸宅に泊まることになったからわざわざ焼いてくれたわけか。朝食といい、随分もてなしてもらったように感じる。颯の指示でもあるのかもしれないが、あとで改めて寧々子にお礼を伝えようと環は思った。


「さて、何から話そうかな」


 颯が場の流れを切り替えるようにティーカップを置いたので、環も慌ててそれに倣った。膝の上で作った拳がわずかに緊張で硬くなる。


「名前しか伝えてなかったから、軽く身の上の紹介もしておこうかな。改めて――僕は櫻井颯。家族が住む櫻井家の本邸は首都にあるんだけど、僕はこの町のあやかし祓い隊に所属しているから今はこの別邸の当主になっているよ」


 一人で暮らすには大きい邸宅だと思っていたが、まさかの別邸と知って度肝を抜かれた。ならば櫻井家の本邸とやらはもっと立派なのだろうか。環が暮らす九条家も里の中では最大級の屋敷なので広さに慣れていると思っていたが、櫻井家の本邸の規模は想像もつかなかった。

 颯は異能の手練れっぽいし、もしかして颯はあやかし祓いの由緒ある家の出身だったりするのだろうか。ふと、そんな考えが浮かんできた。妖狐として格上な九条家の屋敷が大きいから、人間も同じように実力者の暮らしぶりが優れている可能性はある。

 今更ながら厄介な人に関わってしまった予感がして環の心はたちまち曇った。とりあえず、さっさと話を聞き終えて帰る流れにしよう。


「私は九条環です。……妖狐、です」

「住処は? ずっと人間側に紛れて暮らしてるの? それとも、厄災戦後にあやかしたちはどこかに住処を作った?」

「それは……」


 矢継ぎ早に投げられる質問にたじろぐ。いくら環が正直者だったとしても、さすがにこれは易々とあやかし祓いの彼には教えられない。

 里は人間に見つからないように隠れて暮らすための拠点であり、多くの妖狐が暮らしている。そんな場所を知られてしまうのは死活問題だからこそ、結界まで張っているのだ。

 難しい顔になる環に颯がハッとする。


「あ、ごめんね。無理に答えなくていい。妖狐が暮らす場所を特定したくて聞いてるわけじゃないよ。最近近くの山で狐の目撃情報が何度かあったから、もしかして居場所を追われた妖狐が彷徨ってるんじゃないかと気になってたんだ」

「……あ、たぶんそれは私だと思います。昨日山できのこを集めているときに、狐を探しているらしいあやかし祓いたちを見かけたので」


 山での狐の目撃情報がすっかりあやかし祓いたちに把握されていることを思い知らされて、もはや苦笑しか出てこない。今まではたまたま見つからずに済んでいただけで、山を彷徨くのは結構危険な行動だったのかもしれない。

 環の口から出た話に颯がきょとんとする。


「きのこを集めてた?」

「はい、売るために」

「つまり……それぐらい生活が苦しいってこと?」


 憂うような切実な眼差しを向けられてしまったので、環は苦笑するしかなかった。確かに妖術を使わずに最低限の人間との関わりだけで資金を集めるのは一筋縄ではいかないが、環自身の暮らしは今のところ九条家が扶養してくれているので困ってはいない。むしろ、妖力が乏しい妖狐にしては贅沢すぎる環境だ。

 それをすべて説明すると妖狐の里の情報を流してしまいそうで、環は曖昧に言葉を濁す。


「そうとも言えるような、言えないような……。あ、あの別にですね! 居場所に困ってるとかそういうことは全然ないです! 人間の町にも来てますけど、私は決して人間に害を与えようとしているわけではなくて……あっ! 昨日の男たちにはちょっとお灸を据えただけですから! 普段はあんなことしていませんので……!」


 誤魔化すための説明だったはずなのに自ら墓穴を掘るような話題に持ち込んでしまい、慌てて両手をぶんぶんと振って弁明する。

 必死に訴える環の慌てように、颯はくすっと笑みをこぼした。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。別に君をあやかし祓い隊に引き渡すために尋問してるわけでもないしね。昨夜のことも自分の目で見ていたから、君が妖術をかけていた経緯もちゃんと知ってるよ」

「そ、そうでした……」

「居場所に困っていないのなら、君にはちゃんと帰る場所があるってことなんだね?」

「はい、あります」

「そう。それを聞けて安心したよ」


 はっきりと答えた環の嘘偽りない言葉に、颯は安堵したように息を吐いた。紅茶を飲んで一息つくその顔は、まるで懸念が晴れたみたいにすっきりして見える。


「……どうして、そんなにあやかしのことを気にかけてくれるんですか? 昨日助けてくれた理由を聞いたときには気まぐれとか言ってたけど、同じあやかしの寧々子さんのことも過去に助けてくれたらしいし、狐の目撃情報で捕まえようと思うんじゃなくて心配してくれていますよね? 今だって私の所在を気にしてくれてて……」

「そんなに、不思議なことかな? ――環さん、君と同じだよ」


 さぞ当たり前といった感じのあっさりとした返答に驚く。至って真剣な顔の颯と目が合った。


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