表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/19

あやかし祓いの目的 (6)


 大火の厄災戦があったのはあやかし歴では20年前だが、人間歴で100年前の出来事だ。

 あやかし側で戦の当事者は環の両親も含めてほとんどが生きているが、人間側の戦争経験者はもう寿命が尽きている。戦後間もない頃なら生き残りは大勢いただろうけど、当時赤ん坊だった子ですら今は100歳になっているはずだ。

 でもさっき、寧々子は確かに言っていた。大火の厄災戦で颯様に助けられたって――。


 颯を見つめる環の表情に混乱が滲み出る。

 そんな環の内心を見透かしているのだろう。混乱して戸惑う環をからかうように、颯は胡散臭い笑みを向けてきた。

 急速に目の前の男性が得体の知れない存在に感じられて身の毛がよだつ。


 当時に寧々子を助けられるような年齢の人間が、100年を経た今も生きていられるわけがない。仮に寿命が長いのだとすれば――。

 ある仮定に辿り着きハッとする。


「まさか、あなた――あやかしなの?」


 一度もそんな気配を感じていなかったけど、そうとしか思えなくなって思わず問いかけていた。

 何かと気配を感じさせない身のこなしだったのは、あやかしであることを隠すため? でも、そうだとしたらどうして身分を偽ってあやかし祓いなんかに……。

 胡散臭い笑みを浮かべたままの颯が沈黙を破る。


「――惜しいね。さすがに、簡単に見破れるようでは僕も都合が悪いからそれでいいんだけど」

「えっ、あやかしじゃないなら一体……」

「失礼いたします」


 予想が外れてますます訳がわからなくなったところで、配膳ワゴンを引いてきた寧々子が声をかけてきた。


「颯様、環様、お食事の用意ができました」

「ありがとう、寧々子さん。先に環さんに置いてあげて」

「かしこまりました。環様、前を失礼しますね」

「あ、ありがとうございます」


 環の前にお盆が置かれる。颯にはまだ問いただしたいことはあったが、平然を装って寧々子にお礼を告げた。

 寧々子が颯の前にもお盆を置いている間に献立を眺める。半身の鯖の味噌煮、焦げ目がほぼない綺麗な黄色の卵焼き、ひじきと枝豆と人参の煮物、油揚げがたっぷり入った味噌汁、お茶碗に盛られた粒が立った艶々のご飯……環の好みな和風な朝食の香りにつられて、思わずお腹が鳴ってしまった。

 しっかりそれを聞き取った颯がくすっと笑うので、環は熱くなった頬を誤魔化すように少し膨れっ面になった。


「君はお腹まで正直だ」

「……どうせ私は、妖狐のくせに嘘が下手ですよ」

「あー、ごめんごめん。正直って言ってるのは、妖狐の君を馬鹿にして言ってるんじゃないよ」

「正直とか言われすぎると、そうとしか思えませんけどね」

「むしろ褒めてるんだよ。人間でもあやかしでも、出し抜いて自分の立場をよくするためなら簡単に嘘をつく。だけど君は違う。偽って自分をよく見せようとしない君は、僕にとっては十分信用に値するよ」


 颯の胡散臭い笑みがはらりと(ほど)けて、親の腕の中で安堵する幼子のような柔らかな笑みに変わる。それがあまりにも優しさに溢れていて面食らってしまった。


「好きだよ、正直者は」


 真っ直ぐ環を見て伝えられる言葉に驚く。さらに信じられないことに、颯の身体から精気の光が滲み始めたのが目に映った。

 人間は騙されたりして心の隙にできているときか、もしくは相手に心を許しているときに精気が出る。今は環が颯を騙しているわけではないし、颯が自ら精気を出している様子でもなかった。むしろ、自分の周りに溢れている精気の光に気付いていないように見える。

 つまり颯は今、無自覚に心を許しているわけで、それは環を本当に信用していることを意味していた。


 呆れてため息が出る。本当に正直というか素直なのは颯の方ではないだろうか。

 つくづく変わった人だ。いくら嘘をつけないからって、妖狐と知っている相手にそんなこと言うなんて。それに……。


 胸の奥がとくんと温かくなるのを感じて唇を結ぶ。思わずといった感じで俯いた環の顔は照れくささを隠しきれずにいた。むず痒い感覚が引いてくれない。

 今まで人間を騙せないことは妖狐としては落ちこぼれ扱いだったから、逆に嘘をつかないところを褒められるのは不馴れでこそばゆかった。


「さて、冷める前にいただこうか。食事のあとでならいくらでもさっき君が知りたがっていたことを話してあげるよ」


 にこにこと楽しそうな颯にそう促されたら、環はさっさと朝食を食べざるを得ない。


「取引とやらの話もちゃんとしてくださるのですね?」

「もちろん。それも含めて全部話すよ」

「だったら……いただきます」


 手を合わせて箸と味噌汁のお碗を持つ。環が油揚げを口に入れて目を輝かせたのを見届けて、颯も箸を持った。



 寧々子が用意してくれた朝食を食べ終わると、颯にリビングの方へと案内された。こちらの方が寛いで話しやすいから、と。


 大きな暖炉があるリビングだった。庭に面した南側にサンルームがあり、そちらから入り込む陽光で室内は明るさに満ちている。柱時計の振り子の規則的な音が落ち着いた心地よい空気を生み出していた。

 茶革の3人掛けのソファーがガラスのローテーブルを挟んで対面していて、環と颯はローテーブル越しに向かい合うように腰を下ろす。


 着席するとすぐに寧々子がクッキーと紅茶を用意してくれた。花の型を模した可愛らしいクッキーが洒落た蔓模様の絵皿に乗っていて、環は身を乗り出すように見つめてしまう。紅茶を淹れてくれたティーカップも白鳩と淡い桃色の花の綺麗な柄で、環の心はずっと踊りっぱなしだ。


「可愛らしいですね。もしかしてこれも、寧々子さんが作ってるんですか?」

「ええ。お口に合うといいのですが」


 紅茶の残りが入ったティーポットを抱えている寧々子は遠慮がちに言うが、環の顔はそれを聞いて華やいだ。


「絶対おいしいと思います! さっきいただいた朝食も、どれもとってもおいしかったです!」


 目の前のお菓子も寧々子の手作りだと聞いたら期待が高まる。それぐらい、さっきの朝食がおいしかったのだ。

 おかずがそもそも環の好みだったのもあるが、味付けは出汁をふんだんに使い、素材も丁寧に下処理されているのがわかる繊細な旨味に溢れていた。

 朝食の誘いを渋っていた身で図々しいかなと遠慮の心が働いて留まったのだが、本当はご飯をおかわりしたかったぐらいだ。


 豊富なおかずを贅沢に食したあとだというのに、環の手はさっそくクッキーに伸びる。花びらの型のクッキーの中央には赤いジャムが乗っていた。齧るとサクッと音が鳴る軽い口触りに甘酸っぱい果実由来の瑞々しさがとてもよく合っていた。


「ん! これ、とってもおいしいです! 寧々子さん、本当にお料理が上手ですね!」

「ふふっ、喜んでいただけたなら嬉しいです。そちらの紅茶はそのジャムにも使われている苺という果実の香りがついているので、よければ合わせてお楽しみくださいね」


 環の褒め言葉に寧々子も満更でもなさそうで、環には馴染みのない種類の紅茶の説明を意気揚々としてくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ